乙女隊大集合
私が館の玄関ドアを開けた途端に、猫のような軽い足音が階段をトトトトトと駆けおりてくる音が聞こえた。
「お帰り!アルバートルがどうしたの?また笑ってやれる情報?」
「ええ、すっごく笑ってやれる情報。頭にシラミが付いたのですって!」
「ええ!」
人形の様に整った綺麗な顔の鼻の頭に皺をぎゅっと寄せたアリッサは綺麗とは言えなくなったが、物凄く幼い少女のようで可愛らしかった。
「どうして!」
「うーん。フェールの話だと、フェールを襲おうとした魔女を切り倒したそうよ。それで魔女の衣服を飾っていた宝石の破片を浴びてしまったって事みたい。呪いです、姐さん。なんて、芝居がかった調子で説明してくれたけどね、本当かどうか。いえ、本当ね。私達が知らなかった情報だもの、それを教える事になったのだから、冗談めかしたのは怖がらせないようにとのフェールの思いやりね。」
「うーん。フェールは馬鹿なのかやさしいのか、あるいは単に我儘なだけなのか、よくわからない男よね。トンボ柄ってシェーラに言い張った時は、ダグド様の真似でもしているのかなって思ったけど。」
「何よ、それ。」
「あ?知らない?フェールはトンボ柄が欲しいのですって。シェーラの選んだ布でね、金色の田んぼが見えるって言い出してね。うん、とてもきれいに染まっていたのよ。薄い水色に黄色に赤が奇麗に混ざり合った綺麗な布だったの。フェールはその布を一目見て気に入ってね、ここにトンボが飛んだら俺の子供の時の風景だって言い出したらしくって。ええ、あのシェーラがそれで私に頼み事よ。お願い、アリッサ様、あなたの技量でトンボを飛ばしてくださいって。」
私とアリッサは着物の裁ち方と縫い方にルールがあることをダグドに教わった事で、布地に模様を筆で書いてパズルのように組み合わせたらどうなるかと実験し、それが面白いと嵌っているのだ。
また、丹前は温かい事から領民にも好評で、ダグドには着物はミシンで縫うものではないと言われているが、ミシンで縫っては領民に配り歩いている。
そして、トンボを欲しいとシェーラがアリッサにお願いしたのは、私に頼みごとをしたくないという意地ではなく、純粋にアリッサが布に模様をつけるための色々なスタンプを作れる天才だったからであろう。
「でね、トンボは飛ばせるように頑張るけど、失敗したら可哀想な丹前になっちゃうでしょう。フェールにもう一枚選ばせて、それを先に縫ってあげなさいよってシェーラに言ったの。ほんと、私が失敗したら私がいたたまれない状態になるのは目に見えているもの。卑怯な回避方法よ。」
「いいんじゃない?フェールは二枚もらえるって事、すごーく喜んでいたもの。もしかしたら、その二枚もアルバートルに奪われるかもしれないけれど。」
「それは無いでしょう。シェーラ作のエランの丹前は奪われていないでしょう。」
「アリッサ。エランは優しいようで、自分が嫌な事は絶対に嫌な男よ。人の話は聞くけれど、自分がこうだと思ったら、絶対に頷かないの。理論武装もしちゃえる頭の良い人どころか、あの笑顔で、何をお考えなのですか?なんて真面目に聞き返してくる男よ。彼からはアルバートルだって奪えないでしょうよ。」
アリッサはぶふっと噴き出した。
「確かに。ティターヌが言っていたけど、エランはシェーラから贈られた丹前をそれはもう大事にしているらしいわ。」
深い緑色の地に黒の差し色がある生地は確かに素晴らしく、私はあれを染めたシェーラのセンスの良さにただただ感動したものだ。
そして、アリッサが茶飲み友達風に口にしたティターヌは、ダグドが着物には女物も男物も無いのだから好きなものを着ればいいと言った事で、アリッサと大柄な花模様の派手な生地を作りあげたという経緯がある。
真冬で白一色の殺風景な領地において、幸せそうな艶やかな花となった彼は領民の目を喜ばせている。
「ねえ、あなた方は何の内緒話をしているのかしら?」
階段の上にはリリアナがにこやかに立っており、とっても耳が良い彼女は全てを聞いていたはずだ。
いつもは勝手に混ざってくるはずの彼女が混ぜてとも言わないのは、アルバートルの事があって自発的に参加できないからこそ誘ってもらいたいのだろうか。
「アルバートルの頭にエンプーサの卵が付いていたのですって。それを取ってあげようかなって、話。リリアナはどう?」
リリアナは見るからに吃驚した顔をした。
「どうしたの?」
彼女は訝し気な顔つきのまま階段を下りてきた。
「いいえ。ついていたの?卵が?あら、私は気が付かなかった。」
「うん。フェールの話だとアルバートルが倒した魔女がつけていた宝石の破片ですって。それがどうしてエンプーサの卵に化けたのかわからないけど、普通に洗っても宝石の破片が落ちないらしいわ。」
「まあ、嫌だ、彼がキラキラ見えておかしいって私は自分も彼に恋心を抱いていたのかと思っていたのだけど、あら、そう、卵が光っていたの?」
確かに光ってそうな男だが、私はリリアナの勘違いがおかしくて大笑いをしており、その笑い声に部屋に閉じこもっていたモニークまで出てきたようだ。
「モニークも行くでしょう?いいえ、私の舅へのご機嫌取りに親友のあなたこそ付き合ってもらうわよ。」
薔薇の刺繍は上手なのに服が縫えないモニークはここ最近は落ち込む暗い顔だけだったのだが、久しぶりに嬉しそうなほほ笑みを私に見せた。
「よし、シェーラも呼ぼう。」
「それは止めなさい。ノーラ、あなたは少しどころか意地が悪くない?」
アルバートルを散々に揶揄って遊んでいた人に言われてしまった。
「そうよ。シェーラはせっかく落ち着いてきているのに、敢えてカイユーとの結婚間近な雰囲気を見せつけるなんて。それどころか、アルバートルをカイユーと結婚するから舅なのよって彼女に自慢するの?鬼よね、あなたは。」
リリアナとアルバートルの噂でアリッサは一時は泣いて大変だったが、落ち着いた今となっては失恋したシェーラの気持ちがわかりすぎる程わかるようだ。
「ノーラが人の気持ちがわからないのはいつもの事じゃ無いの。でも、ノーラは一生懸命だし、落ち込んだ人の気持ちがわからないからこそ一番いい方法を考え出すことが出来るんじゃないのかしら。」
恋人の気持ちがわからない人に、私こそ人の気持ちがわからない人だと思われていたらしい。
さらに言わせてもらえば、親友は私を褒めてくれているのだろうが、褒められていると感じるよりも、私が知らずに傷つけていたかもしれなくてごめんねという罪悪感を抱かされただけだった。
ああ!誰も誘うんじゃなかった!




