生きていればこその幸せ
リリアナはシロロを私に手渡すためだけに迎賓館に寄ったようだった。
「私が台無しにした第二工場をもう少し見回りたいの。」
「今まであのままだったのだもの。明日からでもいいんじゃない?」
「ふふ、ほんとうはね、シグの痕跡を全部自分のものにしたいのよ。」
幸せそうに笑うリリアナに私は少しぞくりとした。
私もカイユーを失ったら、彼のよすがを彼女のように求め続けるのだろうかって、一人で彷徨い続けるのかって怖くなったのだ。
――俺を守ってくれるか。
そうか、アルバートルが求めたのはそういう事なのか。
カイユーを求める私達は絶望に彷徨うだろうが、互いがいるから完全な孤独では無くなるもの。
けれど今は彼は生きている。
カイユーは私のベッドでぐっすりだ。
シャワーを浴びた彼は髪が濡れているそのまま寒いからとベッドに潜り込み、私は風邪をひくからと服を着せるために彼をベッドから引っ張り出そうとしたが、彼は私の膝に頭を乗せて布団からは絶対に出ないと言い張った。
私は仕方が無いと彼の頭をタオルで覆い、彼の髪の毛が乾くようにと拭いてあげることにした。
いや、こんな状況になった自分を幸せだと思いながら、積極的に彼の髪の毛を拭いてあげていたのだ。
「ああ、幸せだ。どこもかしこもノーラの匂いがする。」
「え?」
布団にも私の匂いがするから落ち着くと彼は笑い、私はそんなに体臭があるのかと自分の匂いを思わず嗅いだが、カイユーは私の行動に吹き出した。
「ノーラが俺の服を洗ってくれた時の香りだよ。ふわっと花の香りがするんだ。」
「ああ、それはきっと仕上げに使ったラベンダーオイルの香りね。私は大好きなの。この花の香りが。」
「俺も好きだよ。君の香りだ。」
カイユーはうっとりとしてるように目を瞑り、私はそんな彼の額にキスをしてしまった。
「ふふ、そんなお母さんみたいなキスじゃ無くて、俺に恋人のキスをして。」
「この体勢だとあなたの唇に辿り着けないわ。」
彼は笑いながらごろっと私の膝から転がり、私は彼に引っ張られるようにして上半身をベッドに転がして、そして、私達は唇を合わせた。
私達は恋人同士として幸せなキスをし合い、そして、カイユーは数日間しっかり眠っていなかったのか私に抱きしめられて口づけをしたままで眠りこけてしまった。
私はこのまま彼と抱き合っていたかったのだが、がやがやと男達の騒々しい声が聞こえたのだから彼から離れるしかなかった。
彼をベッドにそのまま寝かしつけた後は、彼が目を覚ました時に空腹を満たせるようにと大鍋でシチューを作っている。
大鍋なのは、大柄な男達の分もあるからだ。
彼等は勝手に私の使っている部屋を覗き、カイユーの寝顔を見て卑猥な言葉をつぶやいてから居間に戻っていったのだ。
今後の揶揄いを考えれば、彼等に食事を与えて誤魔化したいという気持ちだ。
でも、恥ずかしいと赤面できるだけいいだろう。
彼はベッドの中にいて、私が抱きしめたいときにそこにいてくれるのだ。
リリアナの愛する人は、もうこの世にはいない。
「あ、そうだ。カイユーはどうして服を着ていないの?しちゃったの?」
しんみりとしながらリリアナを見送る私の背に、アリッサの軽い口調でありながらシロロの耳を塞ぎたくなることを言い出した。
「え、あなたは布団を剥いだの?」
「え、普通に掛布団を蹴とばしているわよ。」
「いやだ、風邪をひいちゃうじゃ無いの!」
私は慌てて台所を飛び出してカイユーのいる部屋へと飛び込んだ。
ドアを開けてまず目に入ったのは、白いシーツに横たわる乳白色の彫像。
空から落ちてしまった天使みたいに、両腕を広げているどころか両足をしどけなく投げ出して眠り込んでいる私の美しい彼。
しかし、部屋には無防備なカイユーを見下ろす魔女もいた。




