最初の城門にて
「転生先が中ボスという微妙な立ち位置だった」の乙女隊の一人の話です。
私はもう泣いてはいなかった。
生贄として選ばれた時、私が妹と違って美しくも無くどうでもいい子だからだと、心が張り裂けながらも諦めていたのである。
大きな人食い竜が眠っているという城の最初の城壁となる門の前、その門が開いた途端に私は背中を押されて中へと転ばされた。
地面に打ち付けた掌とすりむいた膝の痛みよりも、どうして父がここまで私にできるのだろうと振り向いた。
その時!
物凄い勢いで門扉が閉まり、なんと、私を押し倒した父は扉に押しのけられたどころか、私を押し倒した時に突き出した手を挟まれて、彼の指が二本も潰されたのである。
「ぎゃあああ。」
「お父様!」
「ちくしょう!この疫病神が!全部、ぜんぶ、お前のせいだ!」
父は柵越しに私に罵声を浴びせるとくるりと背を向け、私が何か言う間もなく私達が乗ってきた馬車へと駆け戻っていった。
怪我をした手を庇いながらだから、体を丸めて逃げる様に、が正確な描写だ。
「とう、さま?」
今まで優しかった父親は本当に優しかっただろうか。
彼は私にいつも微笑んでいたが、妹に示すような愛情行為を一つも私に与えてはくれなかったのではないのか?
たった十二年しか生きていない私だったが、物心ついてからの記憶が頭の中で一気に蘇ると、私は誰からも欲しがられてはいなかったのだと気が付いた。
両親が村の顔役ともいえる名士でもあったからか、住んでいた屋敷では華やかな催し物が度々行われていたが、そこで両親と肩を並べるのが金色の髪の毛と青い瞳の妹であり、私はいつも妹の影で微笑んでいるだけだったのではないか。
村の干ばつと疫病が黒龍ダグドの呪いだと誰かが言って、呪いの回避のために生贄を捧げるという話になった時、村で一番美しい娘である妹ではなく、私が生贄として選ばれるのは当たり前だったのだ。
私はいらない子だったのだから。
でも、私は生贄となったことで、皮肉にも「村に必要な子」となった。
「そう、私が生贄になれば村は助かる。そうよ、私は村の英雄となるのよ。茶色の影のノーラじゃ無いわ。これからは、功労者のノーラ様よ。」
ごくりと唾を飲み込むと、私は足に力を込めて立ち上がった。
そして、立ち上がった時、合格、と声がした。
驚いて声がした方へ顔を上げて、見えた風景に私は再び驚いていた。
烏のような真っ黒な髪に、夜空のような真っ暗闇色の瞳をした大柄な男が、漆黒のマントを体に巻き付けた姿で目の前に立っていたのだ。
顔などは見たことも無いほどに整っている、神様のような神々しさだ。
いや、悪魔のように魅力的だと言うべきなのか。
「あの。」
「怪我は大丈夫かな。」
彼は三歩ぐらいでぐらいで私の元へと近づくと、そのまま屈みこみ、なんと、私の泥のついた手の平を、彼が持っていた柔らかい、初めて目にした光沢のある素晴らしい布で拭きだしたのである。
「あ、ハンカチが汚れる。」
「ハンカチはそのためのものでしょう。うん、手の平には穴は開いてなかったね。膝は拭うよりも綺麗な水で洗った方が良いかな。手当てをしに行こう。君はもう少し歩けるかな?えぇと、ノーラ、かな?」
「あ、はい。はい!あの。大丈夫です。」
名前を呼ばれただけで私の胸はさざ波立ち、そんな私の返答が悪かったのか、彼ははぁっと大きく溜息を吐き出した。
「あの。」
「酷いね。自分の娘じゃないからって、酷いことをする。」
「あの?」
「君は正当な遺産相続人で、君をここに捨てた男は君のお父さんの弟だね。どうする?家に戻って奪われた家を取り戻す?」
私は首を振っていた。
空っぽの居場所のない家を取り戻してどうするのだ。
そして、この目の前の男の人ともう少しだけ一緒にいたいと、私は思ってしまっていたのである。
初めて自分を気にかけてくれたこの人から、私は離れたくなかったのだ。