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短編

婚約破棄の舞台

作者: みど里

 これからどうなるのだろう。

 私は食い入るようにその光景を少し離れたところから見ていた。


「アレーデ。君との婚約は破棄させてもらう」

 王太子殿下が少し哀愁を滲ませながらしかしはっきりと告げたのは、彼の幼い頃からの婚約者。

「……何故ですの、アレク様。理由をお聞かせ下さいませ」

 名指しで注目を浴びた公爵令嬢はこちらも哀愁を滲ませながら、落ち着いていた。まるでこうなる事があらかじめ分かっていたかのように。

 口を開きかけた王太子殿下を、令嬢は片手を少しあげる事で制した。

「いけませんわアレク様。このような衆人環視の前で話す事ではありません。別室でお聞かせくださいませ」

 もちろん、二人きりで。

 そう少し怒気を含んだ声は、王太子殿下の周りにいる数人に向けてのものだろう。

「んな事言って嘘を並べ立て殿下を惑わす気だろう!」

「そうはさせません。逃れられないよう、貴女の悪行を皆に知らしめるための舞台なのですから」

 王太子殿下の護衛騎士と、宰相子息がそれぞれ敵意をむき出して、公爵令嬢を物理的に見下す。


「信じられない……」

 私の周りの観衆たちも、ぼそりと呟く。思わず自分の声が漏れたのかと思って焦った。


 護衛騎士と宰相子息が、王太子殿下の婚約者・未来の王妃様である公爵家の娘に対してあんな態度を取るなんて。王太子殿下の意思とは無関係で、何かしらの処罰が与えられてしかるべきなのに。

 勘違いしているのだ。

 王太子殿下と思想を同じくして同じ壇上に立っている事で、自分たちも同じように偉いのだと。端から見てこんなに滑稽な事はない。


 公爵令嬢が溜め息と共に首を横に振ったのを見て、更に取り巻きたちの失態は続く。

「前から思ってたけどほんっと性悪だよねー。いっつも僕らを見下してさ」

「姉さん。あんたは自分の地位に胡坐をかいて努力と思慮を怠った……このアレイシャと違って」

 令嬢の弟・公爵子息が、まるで庇われる様にして立っている小柄な令嬢を見る。実姉に向ける敵意が信じられないくらいに、甘い蕩けるような目で。

 魔術団長の子息である少年も同じように、深く被ったローブの下から覗く軽蔑の目を柔らかくさせる。

「そんな……あたしはそんなに言って貰えるほど凄い人じゃないわ」

 小柄な令嬢は謙遜しているような口ぶりでありながら、胸の前で両手を組み、満面の笑顔で、自身を庇い囲い込む男達を小首を傾げて見上げる。


「うわあ……馬鹿っぽい……」

 とうとう私の心の声が呟きとなって漏れた。前後両隣の衆人が頷く気配を感じる。


 媚びに媚びた令嬢を愛おしそうに見下ろしていた王太子殿下は、その目を鋭くして婚約者に向き直る。

「君は私と懇意にしているこのアレイシャに様々な嫌がらせをしてきた」

「嫌がらせも何も、わたくしはその方と初めてお会いしたのですが」

 男達からは見えない位置でほくそ笑む小柄令嬢。


 ああ、これはもしや。

 私と同じように、成り行きを見守っていた周りの何人かも、内情が見えたようだ。公爵令嬢は、嵌められたのだ。


「そもそも婚約者がいる身でありながら、他の女性に現を抜かすあなたたちが……わたくしをどうこう言えるのですか?」

 その公爵令嬢の呆れた言葉に、対峙している男達は待っていたとばかりに嫌な笑みを浮かべた。

「語るに落ちたな。アレイシャを知らないと言いながら私とアレイシャの間柄を知っているのは何故だ?」

「あら、まさかご存知ありませんの?」

 公爵令嬢は本格的に呆れたようだ。

「王太子殿下とその取り巻きたちは自分の責務を放棄して分不相応な男爵令嬢を囲っている」

 まるで踊るように華麗に振り向き、周りを見回す公爵令嬢は美しかった。

 自分に非などあろうはずがない。自分は潔白だ。そんな心境が、胸を張って堂々としたその態度に表れていた。

「な、何だそれは!」

 ぎょっと驚く王太子殿下に、再度ゆっくり向き直った公爵令嬢。

「あなたたちの学院内での……いえ、世間での評判ですわ。普段王宮に篭りっきりなわたくしにでさえ聞こえてくる程の悪評だと言うのに……」

 それに。と続けるのを、私たちは息を呑んで見守った。

「わたくし、初めてお会いした。とは言いましたが『知らない』とは言っていませんわよ」

「そんなのは詭弁です。往生際の悪い女だ……」

 宰相子息は、今、自分が周りからどう見られているのか理解できずに、呆れている。


「では伺いますが、お妃教育のために王宮に缶詰めで学院に通えないわたくしが、どうやって、どのような嫌がらせを行ったと言うのですか?」

 男達に一歩、近づいた公爵令嬢の言葉は彼らにとどめを与えるに充分だった。

「学院に……通っていないだと?」

「そ、そんな! 嘘よ! あたしはこの女に突き飛ばされて、悪口を言われて、持ち物を壊されて!」

 青い顔で取り乱す男爵令嬢を見る男達の間にも、温度差が生まれてきているように見える。心配そうに彼女を落ち着かせる宰相子息を、少し引いて見る王太子殿下。

「まさか……わたくしの虚言だと仰りませんわよね?」

 声を低くした公爵令嬢を睨むどころか直視出来なくなったのか、王太子殿下は俯いて震え出した。真っ青な顔から察するに怒りではない事は一目瞭然。

「お前の言う事なんか信じられる訳ねえだろ! 殿下、拘束の命を!」

 王太子殿下ははじけるように顔を上げて、化け物でも見るかのような顔で護衛騎士を見た。

 殿下はどうやら正気に戻ったようで、何となくほっとした。しかし彼の発言は、一言一句衆人環視に聞かれてしまっているから、もう遅いのだけど。


「お、おい……。よせ! お前分からないのか!?」

「殿下……」

 公爵子息と魔術士は、現状と自分の立ち位置をしっかりと把握したようだ。両者とも青ざめて殿下と公爵令嬢を交互に見る。

「まだ理解できていない方がいるようなので、はっきりと言ってあげましょうか。この国の王様から命じられ、この国の王妃様から直接お妃教育を受け、この国の最高機関である王宮から許可無く外出する事のできなかったわたくしの言い分が、虚言だと断じるという事がどういう事か」

 王宮が、国そのものが虚言だと言っているようなものだ。

「もしかして、わたくしが望んで王太子殿下の婚約者に収まったと、思っているのですか?」

 哀れみや呆れが混じっていた声も、すっかり冷え切ってしまっている。


「わけわかんない事言ってみんなを惑わそうとしても無駄よ!アレク様ぁ。この女を処刑して、あたしを王妃にしてくださるんですよね?」

 もはや呆然と魂が抜けたように脱力した男達。彼らを見回した男爵令嬢は、すっかり化けの皮が剥がれた。

 それを無視して公爵令嬢は、膝から崩れ落ちた元、婚約者に近づく。

「幼い頃から今までのわたくしの……人ひとりの自由と時間を無駄にした挙句、期待を寄せてくださっていた両陛下、ひいては国民をも裏切るなんて……残念ですわ、『殿下』」

 陛下直属の部下がその場に現れ、暴れる令嬢と項垂れる彼らを連行していった――。



『王太子や上流貴族の婚約など、本人やその相手が任意で決められるものではない。

家同士、果ては国そのものが定めた契約であり義務であるそれを、個人で勝手に破棄する事がどのような結末を迎えるか。

『創作』と『現実』は違うのだ。

これを見ている諸君はしっかりと心に留めておく事を勧める。

自滅願望でもない限り』



 締めのモノローグが流れ終え、人々の拍手喝采が飛び交う中、一度降りた幕が再度上がり登場人物たちが舞台の裏から現れ礼をする。

 私もどこか感慨深くなりながら拍手を贈る。

 学院の新入生歓迎パーティーの余興として、今巷で流行っている婚約破棄物の演劇をする。と婚約者から教えて貰った時は、まさか彼があんな役をするなんて聞いてなかったし、思わなかった。

 悪役令嬢を断じるそれとは少し違っていたのも、新鮮で中々引き込まれた。

 舞台の上で私に向かって手を振る彼を見て、複雑な心境になりながらも手を振り返した。


       *           *           *


「どうだった? 僕の熱演」

 仮装を解いて、控え室の外で待っていてくれていた僕の可愛い婚約者と共に、出店をまわる。

「あなたにあんな才能があったなんて知らなかった」

「うん、僕も知らなかった」

 この役を宛がわれて演技するまで、自分でもここまでやれるとは想定外だった。

 まあ、やるからにはちゃんとやるのが僕の信念だ。

「これで少しでもわけわかんない茶番劇が減るといいんだけどな」

「そうね……まさか創作が流行ってるからって、本当に実行する人が結構いるなんて思わないもの」

 彼女はうんざりと溜め息をつく。

 僕がこんなわけわかんない役を引き受けたのも、ひとえに迷惑を被っている愛しい人の負担を少しでも減らす為なんだけど、あえて言わない。

「私の小説の内容を借りたいって言うからそのまま脚本にするのかと思ったのに」


 婚約破棄を題材にした新進気鋭の小説家。その正体を知る者は少ない。

 面白い話を考えた、と彼女が小さい頃から書き溜めていたのを僕は見ていた。やっと念願かなって小説家になれたのに、わけわかんない風評被害に晒されて――。

 安易な馬鹿は死ねばいいのに。

 なんて思っていた矢先、警告のため劇をやろう。という話が出たのは僥倖だった。


「裏方ならともかく演技なんて……本当は嫌だったでしょ。……ありがとう」

 可愛くて愛しい婚約者が、こんなにも自分の事を分かってくれる事に高揚する。


 繰り上がりで王太子になった僕を支えてくれて。

 散々な目にあいながらも、まだ『王太子』の婚約者を続けてくれるこの人のためなら。

 人前で演技どころか、女役で、しかも馬鹿の役をやりきった甲斐があったというものだ。

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