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ストラトス・シーク  作者: 宇城 紫
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/8 偽物

 俺に見据えられ、女は動じることなくあっさりと正体を明かした。


「――残念ですわ。完全に騙せていると思っていましたのに。一体どこでお気づきになられたのか、お教えくださる? 次があるとは思えませんが、芸を身につけていても損はしないでしょうし」


 鼻につく高慢な態度と、わざとらしい演技がかった高飛車な口調。顎を上げ、人を小ばかにした腹立たしい表情。ミッシェルの声とは違う、僅かに上擦ったような高い声。


 この声に聞き覚えがある。


 充満する煙の中、薄暗い視界の中で対峙した、()()()――!


「お前、セバスィクプの親衛隊か……っ」


「ご名答ですわ、ミスター・ソルヤノフ。それとも、気付くのが遅いと言うべきかしら」


 女が怪しく嗤う。それは妙に歪んだ表情だった。人間の――ミッシェルの顔をしている筈なのに、まるで化物を見ているような気持ち悪さ。背筋に悪寒が走り、耐えがたい吐き気が込み上げてくる。


「ミッシェルは」


 絞り出すように、俺は聞いた。


「知りませんわ」


 女は鼻で笑いながら答える。


 確かに、愚問だったかもしれない。こうしてミッシェルの姿で俺の前に現れるのだから、本物は始末するに決まっている。その方が合理的だ。


――恐ろしい連中だ。人の命を何だと思っているのやら。


 俺は女を真っ直ぐに見据える。


 セバスィクプの親衛隊――金髪の青年を捕らえていた、女のみの集団。あの時は十一人いて、一人だけ倒しそこねた。……あれを倒しそこねたと表現していいのかは大いに疑問が残るが、ともかく、この女はあの時の最後の一人に違いないだろう。


 記憶の中にあるセバスィクプの親衛隊と、顔も姿も違うような気がするが、変装しているのか? 他人に成りすますレベルの変装とは、見事なものだ。思わず感嘆の吐息を零してしまう。


 女は値踏みするように俺を見て、薄い笑みを浮かべた。


「貴方、ここに来る途中で人にお会いになられたでしょう? 馬鹿が二人。まぁ、それはよろしいのですけれど……一応、わたくしの仕事もその二人と同じく、貴方の監視でございますの」


「あの二人は見逃してくれたが?」


「でしょうね。馬鹿ですから。さて、貴方が大人しく部屋に戻るならば、手荒な真似は致しませんわ」


 言葉を途切り、女は一層唇を歪める。


「と、申したい所でごさいますが……ここで貴方を始末して、貴方が勝手に自殺した事にでもすれば、万事解決しそうですわね。そういたしましょう」


「傷一つつけてはいけないんじゃなかったのか」


「小賢しい小細工ですわ、ミスター・ソルヤノフ。わたくしが殺せば問題ですが、貴方が勝手に死ぬ分には何の問題もありませんの」


 素晴らしい教育が施された部下だこと。

 俺はナイフを握る手に力を込める。味方だと断定して、ナイフを机に置かなくて良かった。女は丸腰だった。だが、どう足掻いても勝てるビジョンは見えてこない。ナイフ一本でどうにか出来るとは思えなかった。


 ……いっそ逃げるか?


「逃げるだなんて、無様な真似はなさらないで下さいましね。せめてもの餞に、妹たちを屠ったような無謀な姿を見せてくださいませ」


 お見通しか。辛いものだな。

 ここが俺の人生の終着点になるのか?


――悪くはない。


 俺はひそかに笑う。


「いいだろう。ならば、続きといこうか」


「続きですって?」


「そう続きだ。あの時、あの男が現れなければ続いていたであろう、あの続きだ。――このぐらいの距離で、こんな立ち位置だっただろう?」


 俺と女の距離はおよそ七メートル。

 飛び掛かってナイフを突き刺すには、十分すぎる間合い。


「成程……面白い趣向ですわね。いいでしょう。貴方の浅知恵に乗って差し上げますわ」


 先に動いた方が勝ちと言わんばかりに、女は殴りかかってくる。本当に、女が武器を持っていないのが幸いだった。間一髪、飛び退いて躱すと、俺は手近にあった椅子を掴む。女が体勢を立て直すよりも早く、全体重を乗せて、顔面へと振り抜いた。


「ガッ!」


 椅子が壊れる。ぶっ飛ばすつもりで振り抜いたが、椅子の強度が足りなかったらしい。相当鈍い音がしたから、鼻血ぐらいは出ているだろう。


 女はよろめきながら、俺を睨みつける。


「椅子を使うなんて、卑怯な……っ」


「使えるものは使う主義なんだ。悪いな」


 首――ひいては顔を狙って、俺はナイフを振り回した。流石にそう簡単には当たらない。ナイフを軽々とあしらわれ、思わず後退る。背後を取られる事だけは、避けなければならない。女から目を離したら最後、一瞬で死にそうだ。


 意趣返しのつもりなのか、女は円形テーブルを力任せに投げつけてくる。四人掛けのテーブルを片手にぶん投げるあたり、女とは思えない。――という感想に近い事を、青年を助けようとした時も思ったような気がする。


 大きく横に飛び退いて避ければ、すかさず二つ目が飛んできた。

 やはり、正攻法では分が悪すぎる。せめて一瞬でも、女の気を逸らす事が出来ればいいのだが。


「……っ」


 飛んできたテーブルを何とか避ける。

 目に付いたのは、シャンデリアだった。豪奢なシャンデリアは直径三メートルはあるだろう。()()()()()()()()()()()()()……!


 ナイフで落とせるか? ……いや、無理だ。シャンデリアを支えているのは細い鎖一本だが、ナイフを投げた程度で切れるほど脆い鎖ではない。それにナイフは唯一の武器だ。手放したくはない。


 ならば、下からの衝撃はどうだろう。


 女はいくつ目か分からないテーブルを投げつけてくる。我ながら無理をするなと思いつつ、俺は飛んできたテーブルを真上へと()()()()()


「は……?」


 女が目を丸くする。


 正直、自分でも人間離れした技だと思わなくもないが、実際に出来てしまったのだから仕方がない。足首がわずかに痛むのはご愛嬌だ。


 足首の痛みと引き換えに、テーブルはシャンデリアへと直撃してくれた。


 割れたガラス片が辺りに降り注ぐ。テーブルと共に落下したシャンデリアを呆然と見つめる女に、俺はナイフを突き出した。

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