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ストラトス・シーク  作者: 宇城 紫
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/4 前進

 次に目を覚ましたのは、薄暗い闇の中だった。


 そう――あの不気味なリビングルームの隣の寝室だ。


 俺を気絶させ、あの寝室に運び入れたのは、あの時の男なのだろう。詳しい話、と言っていた。それに、傷一つつけるな、とも。初めから、俺を殺す気は無かったという事か?


 ()()()()


「あ」


「な、なんだ……?」


 作務衣の男が怪訝そうな目で俺を見上げる。


 だが、そんな事はどうでもいい。それよりも、ふと思ったのだが、ここは敵の拠点なのではないか? 作務衣の男と迷彩服の男から見れば、俺は捕虜なのでは? そう考えれば、この二人が俺を部屋に連れ戻そうとするのも分かる。ついでに、友好的な態度ではない理由も。部屋や廊下に見覚えがないのも当然だ。


 俺はかねてよりの疑問を作務衣の男にぶつけてみる。


「おい」


「だから、なんだっつってんだろ!」


「なんで俺をここに連れてきた?」


「……は?」


 作務衣の男は、心の底から当惑した態度で眉をひそめた。


「何を、言ってるんだお前は……」


 そして短い沈黙ののち、気の進まない様子で口を開いた。


()()()()()()()()()()()()?」


 今度は俺が驚く番だった。


 俺の推測とは真っ向から相反する答え。一体どういう意味だ? ここは敵の拠点ではないのか? ではどこなんだ。事の真相に一つ近づけたかと思えば、新しい疑問が一つ増える。訳が分からない。


「お、おい……そろそろ腕を離して貰えねぇか……? ナイフをお前に取られたその一本だけだからよ……」


 おずおずと申し出てきた作務衣の男の声に、俺は意識を引き戻された。

 圧倒的に情報が足りない。これでは悩み続けた所で満足のいく推測など出来ないだろう。そう割り切り、俺は思考を打ち切った。


「――あぁ、悪かった」


 作務衣の男の腕を離す。すんなりと解放されるとは思っていなかったのか、作務衣の男は愕然としている。だがすぐに立ち上がり、逃げるように俺から離れた。迷彩服の男もそれに倣って、後退りながら俺から離れて、作務衣の男の横に並ぶ。


「お前、このまま歩き回るつもりか?」


 肩を摩りながら、作務衣の男が言う。


「そうなるな」


 とにかく情報が欲しい。


 自分自身について。この場所について。そして、あの男について。

 俺は何故戦っていたのか。相手は正体は何だったのか。どうして戦いになったのか。


 疑問は尽きない。


「だったら……出来るだけ早く離れたほうがいいぞ。総統はともかく、セバスィクプの親衛隊はあんたを目の敵にしてる。俺らと一緒で監視を任されてたから、今頃目の色変えてお前を探し回ってるだろうよ」


「お、おい!」


 迷彩服の男が声を荒らげるが、作務衣の男は気にも留めずに言葉を続ける。


「あいつらは荒事のスペシャリストだ。その上総統の狂信者ときた。顔を合わせると面倒だぞ」


 諦めたように迷彩服の男が溜め息を吐き出した。俺としてはありがたい申し出ではあるが、どういう心境の変化だ?


「いいのか?」


「俺の気が変わらないうちに早く行け。何度も腕を捻り上げられるのは御免被る」


 しっしっ、と追い払うように手を振る作務衣の男。


 理由はどうあれ、ここは好意に甘えさせて貰うとしよう。


 入ってきたドアとは反対方向のドアの取っ手に手を掛ける。最早お約束通り、鍵はかかっていない。遠くまで続く廊下は、蛍光灯の明るい光に照らされていた。俺は、ふと頭をよぎった疑問を口にする。


「なぁ、総統というのは人の事を《そなた》と呼ぶ奴か?」


「――あぁ、そうだよ」


 あの時、俺の背後に立っていたのが、総統。

 敵である俺を殺さなかった、酔狂な男か。



  ◇    ◇    ◇



 男の背を見送り、俺は肩を摩るのを止めた。


 やろうと思えば脱臼させる事も出来ただろうに、そうしなかった男の甘さに反吐が出る。だが所詮人間なんてそんなものなのだろう。腱を限界まで引っ張られた所為で、思ったよりも痛みが長く残っていたが、()()()()()()()()


「な、なぁ、本当に行かせちまって良かったのか?」


「総統からの命令は、目を離すな、不自由させるな、の二つだ。どうせ監視をサボったのもバレてる。だったら、二つ目の命令を遂行するしかないだろ」


「だけどなぁ……」


 尚もくどくどと文句を零す相方に、俺は溜め息を零す。


「大体、あの男、様子がおかしくなかったか?」


「は?」


「なんつーか……記憶を失ってるような感じだ」


「まさか!」


 驚くのは分かる。だが俺は確信していた。


 あの男、間違いなく記憶を失ってる。セバスィクプの親衛隊との戦いの所為か? 少なくとも、あの戦いより後の記憶は失っているし、あの様子だと戦いの前の記憶もある程度失っているだろう。


 それでいて俺と相方をいなす辺り、憎いほど腕の立つ男だ。


「それは……総統に報告するのか?」


「しない訳にはいかないだろう」


「セバスィクプの親衛隊はどうする?」


 不安そうな目で相方は俺を見る。でかい図体でそんな顔をしないでくれ不気味だから、というのが正直な本音だ。


 俺たちは名前もない下っ端。セバスィクプの親衛隊は総統の直近の部下。怖いに決まっている。だが、俺たちが仕えているのは、総統であってセバスィクプの親衛隊ではない。顔色を窺う相手は、総統だけでいいはずだ。


「あの男がセバスィクプの親衛隊に見つかる前に、総統に報告する。セバスィクプの親衛隊は、総統が何とかされるだろう」


「それもそうか」


 俺はドアの開ける。靄がかかったような暗い廊下が奥まで続いている。総統に報告する為にも、まずは部屋に戻って――


 腹部に衝撃が走る。

 鋭い痛みが広がっていく。


 あの男が戻ってきたのか? ……まさか。それなら気配で気付く。


 じゃあ、これは……


「残念ですわ。至極無念でなりませんわ。わたくしの手を煩わせるなんて、なんて役立たずなのでしょう。ですが結構。あとはわたくしにお任せなさい。手足をもいでも連れて戻り、手足がなくとも不自由なく過ごさせてご覧にいれましょう」

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