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ストラトス・シーク  作者: 宇城 紫
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/3 記憶の欠片

「恨むんなら理不尽な総統と、冷血な相棒を恨んでくれよ!」


「誰が冷血だ、脳筋」


 作務衣の男の小言を合図に、迷彩服の男は真っ直ぐ俺に向かってナイフを突き出してきた。俺はそれを躱すと、迷彩服の男の背後へと回り、その背中を思い切り蹴飛ばす。運悪く死体が横たわっているソファーの方へと倒れてしまった為、皮の剥がれた死体と対面した迷彩服の男は「ぎゃあ!」と短く悲鳴を上げた。


 隙をついて切りかかってきた作務衣の男の腕を掴み、俺は容赦なく捻り上げる。


「いっだだだだ!?」


「そこまで力は入れてないぞ。痛がるならこれからにしてくれ」


 そう宣言し、俺は更に強く捻る。激痛に声も出せない様子の作務衣の男の手からナイフを奪うと、俺は振り返って、背後から切りかかろうとしていた迷彩服の男へと突き出した。当然、作務衣の男の腕は掴んだままだ。


「くっ……!」


「動くなよ。殺す気はないんだ」


 悔しそうに唇を噛む迷彩服の男に、俺は強い声で言う。

 殺す気はないのは本心だ。俺は殺人鬼じゃない。已むに已まれずならともかく、進んで人殺しなどしたくない。


「何なんだ、お前は……っ。あの時も、今も……!」


 作務衣の男が呻く。俺は少しだけ腕を力を弱めた。


「あの時?」


「あの時だ! 奴らに……セバスィクプの親衛隊に囲まれた時だ! なんでお前はそこまで冷静なんだよ!」


 セバスィクプの親衛隊。

 どこかで聞いた事があるような気がする。どこでだ?


「なんで怯えねぇんだよ! なんで怖がらねぇんだよ! 人間の癖に人間味がなくて、気持ち悪いんだよ! お前は!」


 作務衣の男の言葉に、俺は瞠目する。

 そうだ……思い出した。自分でも、驚くほど鮮明に。まるで失くした筈のテレビのリモコンを、冷蔵庫の中から見つけたような、不思議な感覚だった。



  ◇    ◇    ◇



 けたたましく鳴り響く警告音。

 飽和する雑踏に紛れる、耳を劈く銃声。

 きっかけは覚えていない。しかし、そこは間違いなく戦場だった。


「無線、繋がんねぇっす!」


 そばにいた金髪の青年が言う。少年と呼んでも違和感を覚えないぐらいに、幼い顔立ちの青年だった。今にも卒倒してしまいそうなほど怯え切った表情で、手に持った簡易無線機を必死に弄くり回している。


「諦めろ。一度試して無理だったなら、それが答えだ」


 青年が一緒にいた経緯は分からないが、それほど仲の良い相手ではない。互いに、顔を知っている程度だ。俺の言葉を本当に信用してもいいのか、判断しかねているのだろう。青年は未練がましい様子で、渋々簡易無線機を床に置いた。


「ど、どうしたらいいんすか? 助けを待つっすか? 直接会いに行くべきっすか?」


「お前の好きにするといい」


 青年は打ちひしがれた表情で俺を見る。暫くそばで立ち尽くしていたが、最終的に目に涙を浮かべながら俺の側を離れていった。


 彼は俺に何て言って欲しかったのだろう、と離れて行く青年の背中を見送りながら思う。俺は彼に、なんて言ってあげれば良かったのだろうか。()()()()()()()()。迫りくる敵の気配が休息を許してはくれず、考えるのを止め、俺は当てもなく歩き出す。


 青年との再会は、俺の予想よりも遥かに早かった。 


 大勢の女に囲まれて号泣している青年を見つけてしまったのだ。女は数えて十一人。一人として武器を持っていなかった。女たちの顔は皆どこかで見覚えがあるような気がするが、思い出せない。気のせいだろうと、思考を打ち切る。


「お前は、そんなところで何をしているんだ?」


 女たちが一斉に振り向く。

 俺は何も言わない。青年を見据え続ける。


「あ、あ、あの……たす、助けて……」


「努力はしよう」


 女たちの殺気を一身に受けながら、俺は銃を構える。助けるつもりはなかった。女たちが確実に敵だと判断出来なかったからだ。しかし、助けを乞われて見捨てるほど、青年を嫌悪してはいない。


 秩序だって襲い掛かってくる女たちを、俺は次々にいなしていく。


 辺りに充満する煙と、いつの間にか壊されていた照明の影響で視界は極めて悪く、その上どこからか漂ってくる熟した果物が腐ったような悪臭に俺は辟易していた。相手が女とはいえ――相手が女だからこそ――十一人を同時に相手するのは骨の折れる作業で、最後の一人まで追い詰めるのに随分と時間を要した。


「アナタ……貴方は、何者?」


 唐突に女は口を開いた。追い詰められてなお、凛とした態度で俺を見据えている。


「貴方から、人間味を感じない。あの子供のような、人間らしさを感じない。貴方は本当に人間なの?」


 頓狂な女だと思った。

 だが嫌いではない。


「――勿論、俺は人間だ」


 俺は弾丸の切れた銃を放り捨てると、代わりにナイフを取り出した。


 これが最後の武器だった。


「そう。よろしい、結構です」


 女は素っ気なく言い放ち、俺を睨みつける。


 間合いはおよそ七メートル。飛び掛かってナイフを突き刺すには、十分すぎる間合いだった。互いに相手をけん制し、動けない。動けば勝負は一瞬で決まる気がした。


 しかし、突然女の表情が一変する。


 視線は俺から微妙にずれ、俺の後ろを見ていた。頬を引き攣らせながら、女は掠れた声で言う。


「何故、貴方様、が……」


「――傷一つつけてはならぬと、申し付けたではないか」


 背後から聞こえた低く穏やかな男の声に、心臓が波打つ。

 奇襲の警戒は怠らなかった。気配なんて全く感じなかった。


 背中に感じる死の気配に指先が震える。


「お、畏れながら申し上げます! わたくしはセバスィクプの親衛隊として……っ」


「くどい」


「っ!」


 女が唇を噛み締め、男に跪いた。この男が敵にとって重要な人物であるのは間違いない。振り返って、男を刺すんだ。ナイフを握る手に力がこもる。敵だろう? 倒さなければ、俺が殺される。


 なのに、なぜ振り返れない?


 刺し違えても、倒さなければ。


 ……本当に、そうする必要はあるのか……?


「今はその程度で良い。詳しい話は……そなたの傷が癒えてからとしよう」


 そこで、俺の意識は途切れる。

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