/19 部下
船長室は、整頓されたというよりも物自体が少なく、生活感のない部屋だった。そのくせ相反するように散らかった印象を受ける。一人暮らしにはよくある光景だ。
蛍光灯で照らされたリビングルームに、特筆すべきものは何もない。船長の姿はなく、室内は静まり返っている。
だが同時に、人の気配を感じた。息を殺し、俺の様子を窺っている。
敵――総統の部下か? だとしたら、隠れずに出てきて頂ければありがたいのだが。戦いたくはないが、避けられないのであれば仕方がない。その点、優男は良かった。あそこまで堂々と開き直られたら気も楽だ。それとも、俺としては最も避けたいタイプ――総統に内緒で勝手に動いている敵か? 偽ミッシェルの再来は御免だ。
俺はドアを睨みつけ、低い声で問いかける。
「……そこにいるのは誰だ?」
気配が揺れる。明らかに動揺し、もがくような物音が聞こえる。ヴヴ……と唸るようなくぐもった声が、まるで俺を呼ぶかのように訴えかけていた。
隠れているのではなく、動けない……のか?
俺はわざと足音を殺さずに、ズケズケとドアに近付いた。――ドアの向こう側、恐らくは寝室であろう部屋に、何かが居るのは間違いない。俺は意を決してドアを蹴り上げる。
ナツメ球すら点いていない真っ暗闇の中に、男が転がっていた。
一瞬死体かと身構えたが、男は身じろぎし、俺を見上げる。俺とまったく同じ服を着た、体格のいい男。
「お前……ジェイクか……! 随分なありさまだな」
「ヴヴゥ!」
ジェイクは目を見開き、多分俺を呼んだ。
両腕は後ろ手で縛られ、両足も束ねるように縛り付けられている。中々に見事な捕縛技術だ。ジェイクはほとんど動かせない手足を必死にばたつかせている。俺は一先ず、ジェイクの縄と猿ぐつわを外してやった。ようやく楽になった呼吸に、ジェイクは大きく深呼吸すると、安心した様子で口を開いた。
「助かりました、隊長! ご無事で何より。ついでに水を持っていません? 喉がカラカラなんですよ」
俺は思わずジェイクの頭を張り倒した。
結局水は船長室の冷蔵庫から勝手に拝借した。備え付けの小型冷蔵庫の電源は切れておらず、飲料も未開封だったため飲めるだろうと判断したらしい。得体の知れない水を一気飲みするジェイクの豪胆さに度肝を抜かれる。
体格の良い、こげ茶色の髪の男――ジェイク・ヒューイット軍曹。同じ災害特殊対策部隊に所属する軍人で、俺の部下だった男だ。裏表のない豪気な性格で、同僚からの人気が高かった。
さて、目の前にいるジェイクははたして本物か? それとも敵か?
見るかぎり本物のように思えるが、偽ミッシェルの一件がある。早合点は禁物だ。
「何であんな無様な恰好をしていたんだ? お前ともあろう男が情けない」
「うっぐ……痛い事グサッと言ってくれますね、隊長は」
飲みかけの飲料をテーブルに置き、ジェイクは肩を落としながら話し始める。
「武器の補充に行く途中でジョンとローランドを見かけましてね。隠れるようにこそこそと動いていましたから、どこに行くのかと後を追ったら偽物だったんですよ。ジョンもローランドも。咄嗟にローランドの方は始末出来たんですがね、ジョンには逃げられまして。で、ローランドの死体を観察していると背後からガツンって訳です」
「じゃあ敵の顔は」
「見てません」
ふうん、と俺は鼻を鳴らす。
総統は俺以外にはそういう対応を取っていたのか。問答無用で殺さないだけ優しいのかもしれないが、やはり敵は敵のようだ。それにしても、ジェイクの軍服の袖が少し焦げているのは何故だ? よく見れば袖だけではない。裾や襟元も焦げていた。
「……ここに放り込まれて、どれほどだ」
「それほど立ってないと思いますよ。大体三十分ぐらいですかね」
ならば、ジェイクを襲ったのは偽物のジョン――優男ではない。
三十分前には、クリストファーと俺と共に医務室にいた。もっとも、偽物のジョンが二人いるのなら話は別だが。
「その偽物、どこであった?」
「第一船倉です。行ってないんですか?」
「行ってないな。先に上に来た」
「……やはり、船長が怪しいと?」
「そこまでは言わないがな」
第一船倉……俺が目を覚ました客室の、二つ下の階だ。
船倉はいわば荷室のような場所だ。そんな場所で、優男と偽ポールは何をしていたのだろうか。何かを探していた? ――何を? 艦橋が散らかっていた事と関係はあるのか?
そしてジェイクが船長を疑う理由も、よく分からなかった。船長はそんなに不審な人物だったのか? 出来るならば問い質したい所だが、正面から何故だと問いかけても俺が怪しまれるだけで、何も解決しないだろう。
「隊長?」
唐突に黙り込んだ俺に、ジェイクは怪訝そうな視線を向ける。
このジェイクは偽物ならば、演技力に満点をつけてやりたい気分だ。初めから演じる気のなかった優男と違い、偽ミッシェルの演技は微妙に外れていた。天然を計算で演じるのは難しいのと同じで、あの砂糖に蜂蜜をかけたような甘ったるい思考は、そうやすやすと真似出来るものではないと思う。
しかし、ジェイクがもし本物だった場合疑われると動きずらい。それは不便だ。
「何でもない。それより、ここにいるついでだ。あれを探すのを手伝え」
「はい。戦闘の混乱で船長が見つからない以上、それを探すのが一番ですよね。ま、船長が見つからないってだけで十二分に怪しいんですけども」
「確かに、それはそうだな」
生体か死体かの差はあれど、見つからないというのは変だ。隠されたのか、隠れているのか。……作務衣の男と迷彩服の男に会った、あの視聴覚室にあった皮の剥がれた死体――思いたくはないが、あれが船長の可能性もある。考えたくはないが、死体はすでに消失している可能性だってある。総統たちが食人族という仮説だ。なんせ敵は宇宙人、どのような生態を持っていても変ではない。
そんな俺の思考を否定するように、砂塵の匂いが鼻先をかすめた。
戻ってきた、と思うほどに懐かしさが込み上げてくる。船内で砂の匂いなど、ありえないのに。ふ、と俺はジェイクに訊ねた。
「ジェイク、土の臭いがしなかったか?」
「へ? 土ですか?」
「荒野というか……砂漠に近い乾燥した土の匂いだ」
ジェイクは困惑した様子で首を振る。
本心かどうかは知らないが、偽ミッシェルも分からないと言っていた。この匂い、俺にしか分からないのかもしれない。
……もしや俺の鼻がいかれているのか……?
一身上の都合により明日より更新時間が変わります。




