ヒロインの中身は元男でした♂〜攻略対象に転生願います!〜
『本当に良いのか?』
「はい!ぜひ、男の子として生まれ変わらせてください!」
『うーむ、それがそなたの望みであれば……あいわかった。では、望み通り、丈夫で病気知らずのそれも男に、そなたを転生させよう』
「ありがとうございます!神様……!」
私は、病弱な女の子でした。
恋も知らぬまま、病院のベットの上で、短い生涯を終えたのです。
無になるだけだったはずの私は、優しい光に包まれ、気付けば目の前には神様が。
(これは……!お約束の――!!)
とすぐに思い至る程には、どっぷり携帯小説にハマっておりましたとも、ええ。
お約束通り、この目の前に現れた神様が、私を私の望む世界へ、転生させてくれるというのです。王道の魔法の使える世界へ、ヒロインが存在する乙女ゲームのような世界です。なんと、テンプレな!
神様の気まぐれなのでしょうか?なぜ、私を選んでくれたかは、特に理由はないのだそうです。使命も何もない、ただただ人生を楽しめるようにと。
私が転生ものに憧れている想いが、神様に届いたのです。
(やったぁーー!憧れの異世界!!)
本当に夢見ていたのです。生まれ変わったら、ちゃんと教会に感謝の想いを、この目の前の神様へ……教会へ毎日とはいかずとも、欠かさずお祈りを捧げよう。
(元気な男の子になって、異世界でヒロインを守る騎士に――!!信頼のおける忠実な部下に、なってみせます!)
そう、私はヒロインでも悪役令嬢でもなく、なんなら女性ですらない、攻略対象に憧れを拗らせ、私が攻略対象の一人になることを望んだのです。
あんな風に、ヒロインを救ってみたい。剣を、魔法を使って、ヒロインを守る騎士に――。
(絶対楽しい――!!待ってて私のヒロイン様!)
こうして、私の女としての生涯は幕を閉じ、転生されたのはテンプレの異世界でした。
「ノルン様――!!」
「グラリエ様……」
私は、代々王族の近衛騎士団長を務める家の長男ノルンとして生を受けました。
そして、メキメキと少し鍛えれば確かな手応えで体が作られていくのがわかる男の子の体は、とてもとても楽しいものでした。
(我ながら――イケメン!!)
男として生きていくのに、女としての前世の記憶があっても、特に羞恥心もなく、すっかり男として成長することができました。
グラリエ様という、婚約者までできました。どうやらこの方こそヒロインのようなのですが、どうも今もなのですが、ドレスだというのにお構いなしで、私の元へ駆けてくる姿は可愛らしくはありますが、些かお転婆ではないでしょうか?
「そんな走っては――」
「!!」
「グラ……!危な――!!」
危うくドレスでつんのめりそうになってるではないですか!!
「っと、危ねぇ」
「え?」
前につんのめり転けてしまうかと思われたグラリエ様は、そのまま可憐に私に倒れ込む――ではなく、私の肩をガシッと力強く掴んで、踏みとどまりました。
(今、危ねぇって、このヒロイン言わなかったか?)
えー、もしかしたら同じく転生者で、少々言葉遣いが荒いとか?と、くだらないことを考えつつ、それならそれで面白いので、とりあえず足首を捻ったりしていないか伺うことにしました。
「――お怪我は、ありませんか?」
肩をガシッと掴まれてる状態で、ちょっとカッコつかないなぁ〜と思いながらも、ここは攻略対象が心配そうに顔を覗き込むことでヒロインがドキリとする場面だろうと判断して、顔を至近距離で見た私が――悪かった。
(――――――!!)
やだ、凛々しい。思わずキュンとなるくらい、走った為に額から汗が流れ、危うく転けかけたからなのか、少し眉間に皺が寄り、キリリとした表情のグラリエ様が上目遣いで見つめ返してきた。
「ああ――いえ、大丈夫ですわ」
目が合ってすぐ心配させまいとニッ!と笑う顔は、ヒロインのはずなのに、どこか男っぽいそれは、思わず昔の乙女心を擽るような破壊力で、その後取って付けたようなニコリと微笑み直したそれは、ヒロインそのものだったけれど――どちらかというと前者の笑みにやられています――かっこよすぎだからヒロイン様!!
「肩をお借りしてしまい、申し訳ございません」
そっと、肩から手を退け詫びるグラリエ様は、それはもう完璧にヒロインなのだけれど。
「……思いっきり、掴んでしまいましたね。痛くはないですか?」
気遣わしげに、肩を掴まれた方の二の腕に手を添える仕草も、ヒロインの仕草のはずなのに――まるで、攻略対象がヒロインに話しかけているように錯覚するのはなぜなのか。中身が乙女心を持ったままの自分だからだろうか。
「――いえ、大丈夫、です……」
あー!ドキドキし過ぎて、むしろこちらがときめくヒロインのような反応を!つい、してしまったではありませんか――仕切り治さなくては。
「あなたを支えらぬ程、やわな鍛え方はしていませんよ」
ニコリと、爽やかに笑ってやった。さぁ、ときめけ――!
少し驚いた顔をした後、クスリと笑ったグラリエ様。やはり、ヒロイン様です。その姿は正しくヒロインで、とても絵になる美しさ。
「ええ、いい体をしているな――と思います」
ん??え、体付きの感想?
「二の腕とか凄い引き締まってますよね。剣の素振りだけでなく、基礎の体作りにも余念がない様子――うん、差もなくバランスいいですね。いい筋肉です」
(ちょっ……ボディタッチそんな気軽にするヒロインアリですか?!)
ぺたぺたと、二の腕を触り、何を思ったのかこのヒロイン様は、両腕をぐわしっと掴んで硬さや太さを確かめ、筋肉について感想を述べてきました。淑女はきっとそんなことしない。
「……!グラリエ様、は、体作りにご興味が?」
苦笑いになりかけた頬の筋肉を全力で爽やかな笑顔に持ち直す。
「ん?――ああ、ノルン様、耳が真っ赤ですよ」
フッとからかうような笑顔はまた、ヒロイン様の笑顔じゃなくて、どこか意地悪なからかうような、男の子のような笑み。
「……――――!!」
やだ、もう!恥ずかしいからやめて!
すっかり男として生きてはるはずなのに、この婚約者グラリエ様を前にすると、なぜだか乙女心が復活してくるのは、なぜなのだろう。
凛々しすぎやしないか、ヒロイン様!!
「やっぱり、腕立て腹筋背筋スクワット100回を3セット――欠かさず日課にしてるのが良いようですね」
「ええ、まぁ……。ん?なぜそれを――」
(というか、スクワットとか……)
もちろん、この世界に世界観を壊すような“スクワット”なんて単語はない。
(このヒロイン様――やっぱり転生者か!!)
実は少し前から薄々はそうじゃないかと思いながらも、攻略対象として行動すべく、素知らぬふりをし続けていたのだ。
だって、なんだかそうなるとやりにくくは、なるし。
同じ転生者同士仲良くもいいけど、中身元女であることがバレでもしたら――グラリエ様の中身の人からしたら、相当動揺することは目に見えている。
「いや、あー……ノルン様――先程、筋トレメニューを考えてたメモを落としてましたよ」
ほら、と走り書きした私の、確かに筋トレメニューが書かれた紙がグラリエ様の手中に。
でも、確かそのメモには他にも――
『目標:グラリエ様をお姫抱っこする!
グラリエ様は逆三角形の背中が好み
引き締まったお尻も重要度高め
グラリエ様は機敏な動きが――』
「うっ……わーー!!見ました?!中身全部読みましたか?!」
ひったくるようにして、メモを奪い返す。
もう、赤面どころじゃない。変態と思われてしまいそうで、なんなら顔面蒼白になるところだ。
(なんで、そんなメモ落としたよ自分!!)
いい感じにヒロイン様に夢見せられる騎士になるのが目標だった私は、当然この婚約者様グラリエ様を落としたくて体作りを頑張ってきた。
そう、メモに書いて努力目標に掲げながら。
「あー、ちょっとだけ……?」
悪いなぁって顔のグラリエ様。もう、死にたい。
あまりにも絶望した顔を私がしたせいだろう。グラリエ様がかなり焦ってフォローをせねばと、一生懸命なお顔で私に励ましを――
「いや、全部は読んでないですよ!前に野球部だった頃こんなメニューこなしてたなぁって、懐かしいなって思って、ついその……」
(え、野球部?)
「野球部だったんですか?」
(マネジャーですか??)
「あ、やっぱりノルン様も?やっぱりなー!薄々そうだとは思ってて、これ見て確信したもんだから急いで追いかけたのよ」
「はぁ、やっぱり、ということはグラリエ様もやはりですか――」
ニッと笑う顔は男の子のそれで、まぁ薄々お互いが勘づいてはいたことも、お互いが薄々お互い勘づかれていることもわかった上で、何も確かめないままこの数年婚約者として過ごしてはきていたものの。こんなに決定打でオープンに話すのは初めてのこと。
「で、ノルン様に聞きたかったのはさ?元は女の子――だよね?」
(な、な、なんですと――――!!)
速攻でバレてたのか、確信を持った様子で婚約者様に、グラリエ様に聞かれちゃいました。詰んだ。これ、お友達フラグですね?私、元女ではありますが、密かにこの凛々しいヒロイン様には、今世で男として生まれ、男としてときめいていたのに――。恋、初恋が散りました。
「……ええ、その通りです。すみません――あなたを騙すような真似を」
嘘をつくのは、紳士ではないでしょう。確信を持って聞いてきた相手に、下手な言い訳をする気もありません。素直に即認めましたよ、ええ。そして、即座に謝罪をと思い口にしているのに――
「やっぱり!ノルン様可愛いもんなぁ」
「へ?」
なぜか、とても嬉しそうなグラリエ様。願っていましたとばかりに、口元の前で両手を祈りのポーズにし、それはそれは可愛らしく笑っています。
「ふふふ。私は元男だから、これからもよろしくね」
そして、なんとも予想外のカミングアウトからの、ちゅっと、口付けをされました。ずっと、清らかな付き合いをしてきた為に、初めてのキスです。
「――――?!!」
もう、頭が回りません。これは、攻略したのでしょうか?攻略されたのでしょうか?私にはわかりません。
「いやー、主人公になりたいって願ったらまさかの乙女ゲーム?のしかもヒロインとかなってて、バトルものの王道の方と思ったらまさかのこっちでさ?まぁいっかで楽しんではいたんだけど、男を恋人にできるかが心配でさー?」
なるほど、バトルもの想像してたらこっちでした、と。それより顔近いまんまなんですが?!
「他の攻略対象者は鳥肌立っちゃって無理!いやこんな男共に口説かれても、男が男に言い寄られてうへー、としか思えなかったのがさ?ノルン様だけはこう、なんかキュンとなるもんが毎度あってさ」
「え、あ――」
下から、それはもう楽しげに顔を覗き込むグラリエ様。またキスでもしてきそうな距離に、私は思わず拳を作り、口元をガードきてしまいます。乙女か!!
「一生懸命、女の子がかっこいい男演じて周りにちょろちょろ来る感じ?癒しだったね――」
拳をそっと手で退かされてしまえば、赤面した私の顔に近づくグラリエ様のお顔。近いって――!
「あ、全然ノルン様だったら、平気かも。むしろ、抱かれても嬉しいかも。って、女としての部分が反応したみたいでね?それで婚約者にもなった。だから――次は、お嫁さんにしてくれますか?」
元男だけど――ちゅうっと、今度はさっきより長く押し当てられる唇の柔らかさに、蕩けそうになる。
「元男だったとしても、ノルン様ならいいかなぁってくらい、もう好きだから。でも、元女で、私は元男。遠慮なく男として可愛がったりしても、それはそれでいいよね?」
(やだぁもう!凛々しい――可愛がられちゃうの?!いやそれも悪くないかも……)
「はい――」
クラクラしてしまって、ただただ目の前の可愛い人が好きで仕方なくなり、ぎゅうっと思わず抱き締めて、プロポーズ?を受け入れたみたいになってしまいました。
「私も、グラリエ様のことが好きです。これからも、ずっと――よろしくお願いします」
こうして、無事?ヒロインを攻略(された?)し、私達は恋愛結婚したのでした。
『おお、よかった。間違えてヒロインに転生させてしまったあの男が、のう。幸せになるのじゃよ』
神様のそんな声が、結婚式に聞こえたような聞こえなかったような――。
今日も、神様に頂いた新たな人生に感謝し、祈りを捧げます。
「間違えてくれてありがとう!神様!!」
「やっぱり間違えたんじゃねぇか!まぁいいけど……ノルンに逢えたし」
「グラリエ――好き」
グラリエ様は、聖女に選ばれ、近衛騎士団長となったノルン様と共に、魔王と夫婦で戦うことになるのは、また別のお話――。
『幸せに、ただただ人生を楽しみなさい』
~完~