1-9 桃色フードの少女
次の日。
激しい雷雨の音で目を覚ました秋人は、大きなあくびをした。
「ふあぁ……今日は昼まで寝倒そうと思ってたのに……」
週に一度しかない休日。誰だってのんびりしたいはずである。秋人もその例に漏れないが、無理やり起こされたせいか若干不機嫌気味だ。
ぼさぼさの頭をかきつつ寝ぼけ眼で携帯を確認すると、竜人から着信がはいっていた。
電話をかけ直すと、まるで待ち構えていたかのように1コールででた。
『おう、秋人ー起きたか』
「ああ。何か用か?」
『いや、暇なら遊べないかなと思ってさ』
秋人はカーテンを開け、外の様子を確認した。シトシトと大粒の雨が降っており、時折雷鳴が轟いているため、とてもじゃないが外出に向いた天気とは言えない。
「こんな雷雨の中どこに遊び行くんだよ」
軽くげんなりした様子で秋人が言うと、
『暁モールがあるじゃん! ちょっと色々買い物しないといけなくてさ』
「ほう……それはつまり、俺に荷物持ちをしろということか」
『いや、そういうわけじゃ……あるけど』
「あるんかい。じゃあな、俺は今から寝る」
何が楽しくて男の荷物持ちなどしなければならんのだ。いや、女の荷物持ちだとしても楽しめるわけがないのだが。
そうして電話を切ろうとすると、電話口の向こうから慌てた声が聞こえて来た。
『ちょ、待て待て切ろうとするなっ!』
「ちっ……それで、いくらだ?」
『え?』
「金の話だよ」
『じゃあ昼飯奢るぜ』
「クソが。じゃあな」
『うそうそ! じゃあ3日間昼飯奢る』
「血祭りにあげていいか?」
『じゃあ1週間!』
「よし、のった」
これで少し食費が浮いただろう。……とはいえ流石に買い物に付き合ったぐらいで1週間も昼飯を奢らせるのはかわいそうなので、今日だけ奢ってもらう事にしよう。
「それで、何時にどこ集合だ?」
『じゃあ、10時に暁モール入り口前で』
「わかった」
こうして秋人は竜人の買い物に付き合わされることになるのだった……。
◇◇◇◇◇
寮から徒歩10分の距離にある最寄り駅から、電車で2駅。
暁市都座区街に建てられた最大のショッピングモールである暁モールは、敷地面積が15万㎡で10階建てという超巨大な建造物だ。中にスーパーは勿論、ファッション、雑貨、化粧品、飲食店といった施設や、映画館、ゲームセンター、カラオケ、ボウリングといったアミューズメントパークも兼ね備えている。その為とりあえず何をするか迷ったらここに来る人が多いのだ。
とはいえ秋人がここに来るのは、日用品をそろえる時かゲーセンぐらいだ。スーパーに関しては、寮の近くにある場所の方が安いためほとんど利用していない。
「ちょっと騒がしいな」
休日という事もあってかたくさんの人で賑わっていた。家族連れで来ている人や学生も多いが、カップルが特に見受けられる。何かイベントでもやっているのだろうか。
「カップル……か」
秋人には異性の友達はいない。いや、いないと言えば少々語弊があるかもしれない。小、中学校時代に女と遊んだことはあるものの、PECに入ってからは疎遠になり全く連絡も取っていないのだ。
なので仲のいい幼馴染とキャッキャウフフみたいな展開になることもなく、部活にも入っていなかったため、自身を慕う後輩がいるわけでもない。ゆえに今まで彼女ができたことはない。
PECに女性はいるものの、お近づきになろうものなら即両斬! といった人達ばかりなので、仲良くなることも難しい。
秋人も思春期の男子。可愛い女性がいれば目を奪われるし、彼女がほしいと思った事がないわけではない。しかし、今はそれよりも優先するべきことがあるため解決するまでは自制しているのだ。
「よっす」
振り返ると、竜人がいた。片手が荷物で塞がっていることから、既にいくつか買い物してきたようだ。髪をワックスで固め、V字ネックにはサングラスをさげている。まるでどこかのホストのようだ。
「よう、相変わらずキメてんな」
「買い物だろうとなんだろうと、出かける時に身だしなみは整えるもんだろ?」
「そういうもんか」
見映えがいいに越したことはないが、こいつの場合突然道行く女性をナンパしようとするから中々面倒くさい。今日もしそんなことをしたら締め上げるが。
「吾郎は誘わなかったのか?」
「あいつが休日に買い物に来ると思うか?」
「…………来ないだろうな」
休日になると貯めてたアニメや新作のギャルゲーを一気に消化するため吾郎はほとんど誘いにのってこない。俺が強く誘えば来るだろうが、竜人だけじゃ連れてくるのは到底無理だろう。
人の波に流されないようにしながら、前方から歩いていく人を避けていると竜人が言った。
「今日は特に人が多いなぁ」
「雨だから皆、室内で遊べる場所を求めてここに来るんだろ。大体何でも揃ってるしな」
「うわ、見ろよPECだぜ」
「ほんとだ」
これだけ人が多い場所となれば、何か起きた際に被害をうける人達の数ははかりしれない。だから、暁モールには警備員の数も多く、その中にはPECも含まれるのだ。
どうして見ただけでPECだとわかるかといえば、やはり特徴的な服装が1つにあげられる。軍服ともとれるレザー素材の黒いジャケット、肩に取り付けられた銀色に輝く紋章、そして何よりも腰に差した刀。
唯一帯刀を許されているPECは、警備の際には堂々と刀をもっていくのである。秋人達は今日は非番なので帯刀していないが、有事の際にはいつでも刀を召喚できるので持ち歩いていない。
いくつか店を回った後、昼食を済ませ、午後もまた竜人の買い物に付き合わされくうちにいつの間にか日が暮れようとしていた。
大量の荷物を持たされた秋人。そのほとんどは衣類だが中にはコスメなどもあり、女にプレゼントする気なのが丸わかりだ。
「ふう……秋人、今日はサンキューな!」
「ああ。帰りはどうするんだ?」
外を見れば、未だに雨は降り続けていた。雷はもうおさまったようだが、雨足は依然として強い。
「親父が車で送ってくれるそうだから、荷物積んで帰ろうと思ってる。秋人も一緒に乗ってくか?」
「いや、いいや。少しゲーセン寄って帰る」
「わかった。じゃあ、また明日な」
駐車場まで荷物を運んだあと、竜人と分かれた秋人はゲームセンターの中へと入っていった。
普段あまり娯楽をしない秋人がはまっているもの、それがゲーセンである。使えるお金が限られているため長時間居座ることはしないものの、たまに来ては気分転換に遊んでいくのが秋人の数少ない楽しみの一つである。
朝から歩き回ったせいか足が棒になっているので、一旦どこかに座りたいところだ。
何のゲームをするか秋人が決めあぐねていると、
「クソ~~! なんだよこいつら強すぎじゃん!」
突如大きな声が聞こえて来たため、そちらの方向へ顔を向ける。
そこには桃色のパーカーに身を包んだ人物が、機械の画面にむけて思い切りヤジを飛ばしていた。フードで頭を覆っているため、後方からだと顔が全く見えない。ミニスカートを履いており、声が高く身長も低いためか、まだ少女であるだと推定できる。
どうやらゲームがうまくいかないことに腹を立て、怒っているようだ。
「あの……お客様。申し訳ありませんがここは18時以降、保護者同伴でない子供は立ち入り禁止ですので……」
髪の薄い男性店員がお帰り願うよう言ったものの、少女は毅然とした態度で、
「はあ? うるさいな、別にいいじゃん。何で子供はいちゃいけねーんだよ」
「夜は犯罪に巻き込まれるリスクが上がるからです」
「それなら大丈夫ーあたし強いし」
「いや、そういう問題では……」
「あぁ!? ごちゃごちゃやかましーんだよこのハゲ!」
店員が少女をうまく説得しようとするものの、少女が動く気配はない。ゲームがうまくいかないこともあってか、その声色には苛立ちを滲ませていた。
このままではいずれ騒動になりかねない。
「…………」
素通りして放置することは簡単だ。
しかし、例え非番であろうと、揉め事になる火種を見つけたら燃え広がらないよう自ら対処しにいけというPECの規則を思い出す。
(……こっちは娯楽を求めてゲーセンに来たっつーのに)
秋人は軽くため息をついたのち、少女の元へと近付く。
そして店員の肩を叩くと、こう言った。
「おい、なんかあったのか」
「え? いや、この子が中々帰ってくれなくて……。あっ、もしかして保護者の方ですか?」
「ん……? あ、ああそんな感じだ」
保護者と言われ一瞬戸惑った秋人だったが、とりあえず一旦この場を収めるには一番適切だと判断し、演技をすることに。
「あ――? 誰だよてめ――」
少女が秋人を睨みつけて余計な事を言おうとしたため口を塞いだ。
「んー! んー!」
「すみません。ちょっと口の悪い妹で……」
「お兄さんでしたか。近頃は子供を狙った犯罪も多いのであまり夜遅くまで連れ歩かないようにしてあげてくださいね」
「わかった。気を付けるよ」
秋人謝ると、店員はあっさり奥へと引っ込んでいった。
他者から見れば、秋人が不審者に見えなくもないが、店員も全く疑いを見せなかったあたり、面倒ごとからさっさと切り上げたかったというところだろうか。
秋人は少女の口に当てた手を放す。
「いきなりなにすんだおまえ! ぶっころすぞ!?」
随分と口の悪い子供だな……と思いつつ秋人はこう言った。
「しょうがねえだろ。あのままだとお前、補導されて警察に連れていかれてたぞ。そうなったら、お前一人だけの問題じゃなくなる」
秋人がたしなめると、少女は舌打ちをしたのちこう言った。
「ちっ……うるせーな。そんなことあたしもわかってんだ。けど今いいとこなんだよ、だから邪魔すんな」
秋人の方には目もくれず、ゲーム画面に集中する少女。
一体何が少女を夢中にさせたのか気になった秋人はゲーム画面を覗き込んだ。
「あ、こらってめー勝手に見るんじゃ――」
「何に怒ってたのかと思えば……アルティメットナイツか」
ダンジョン攻略ゲーム、アルティメットナイツ。1ターンに1回行動することができ、様々な武器や防具を装備しつつアイテムを使いながら深層へと降り、宝を持ち帰ればミッション終了というシンプルなゲームだ。有名で人気があるが、後半のダンジョンになるにつれて突然モンスターの強さが跳ね上がるだけでなく数も増え、理不尽な罠も設置されているなど、非常に賛否が分かれるゲームでもある。
そして少女は最終ダンジョンである第15ダンジョンの深層で敵の大群に囲まれてピンチの状況なようだった。
「このままだと死ぬな」
「そうだよ……だから慎重に行動しないといけないんだ」
不機嫌そうな声色で、頬杖をつきながら言った少女。あぐらをかいている様子は完全におっさんだ。
少女のレベルは49。それに対し敵のレベルは60以上。それが何十体も周りに群がっている。1回でも何か行動した瞬間これら全員のモンスターが攻撃してくるためひとたまりもないだろう。
「ワープ系アイテムは?」
「さっき使った」
少女のアイテム欄には、食料と少しの回復アイテムしか残っていなかった。ここに来るまでにかなり使い果たしたのだろう。
「なら、全体攻撃魔法とか……」
「連戦で魔力を使いすぎてなくなった」
魔力があれば、敵を一網打尽にすることもできただろうがそれすらできないとなるともはや手の打ちようがない。
「うん、無理だな。諦めろ」
「そんなことできるか! ここに来るまでに一体どれほど時間を掛けて来たと思ってんだ。あたしは絶対にここを突破してみせるっ」
そう言うと、少女は逃げようと一歩踏み出した。
しかし、その瞬間敵の猛攻撃がはじまり、挙句の果てに落石の罠も踏んでしまった事であっけなく死んでしまう。
「あ……あたしの10時間の努力が……」
顔を青くし、がっくりとうなだれる少女。
画面上には時間制限付きで、救助を要請しますか?という文字がでかでかと表示されていた。
「救助要請しねえのか?」
「無理だ……最終ダンジョンの深層なんて、全国でまだ数えきれる程の人しか来れてないんだぞ? くるはずがないじゃん……」
努力を一瞬で無にされ、絶望感にうつひしがれる少女。
「…………」
……確かこのゲームは半年前に全部クリアしてから飽きてやめたんだったな。
ならいけるか?
「じゃあちょっと救助申請して待ってろ」
「え?」
「いいから」
そう言われ、少女は恐る恐る救助申請ボタンを押した。
秋人は少女の隣の台へと腰かけると、アルティメットナイツの会員カードを通す。すると、画面上に自分のキャラクターが現れた。
「なんだ、にいちゃんもやってたのか? どうりで色々知ってたわけ――ってはぁ!? レベル85!?」
少女が目を見開いて驚いた。それも無理はないだろう。このゲーム、MAXレベルが99なのだが、30レベルを超えたあたりから突然必要経験値が跳ね上がるのだ。
そのため少女が使ってる49レベルのキャラでさえも、全国ランキングには100位以内にはいるほど。ちなみに秋人は全国第4位である。一時期は1位だったものの、半年近くやっていなかったため、下がってしまったようだ。
「え、ちょっなんで――」
「お前、これをやり始めてどのぐらいだ?」
まだ状況が呑み込めていない様子の少女に秋人は問いかける。
「あ、あたしはまだ1年ぐらいだけど……」
「そうか。俺はもう3年近くこれをやってるんだ。まあ見てろ」
最終ダンジョンへと潜った秋人は、敵を蹴散らしていく。
そしてものの30分程度で、少女が死んだ深層へとやってきた。
「あたしがくるのに10時間かかったところをたった30分で……しかも、ほとんどアイテムも使ってないなんて」
いつの間にか少女が秋人の隣へと座ってきて、じっと画面を見ていた。
その様子に苦笑しつつも、秋人は少女が死んだポイントへと到着する。
そこには敵がうじゃうじゃいたが、魔法で一網打尽にすると、倒れていた少女に蘇生アイテムを使った。
「お、おお……!! すげぇーーーっ」
興奮した少女が感嘆の声をあげる。
「ついでだから、このまま連れていくぞ。友達登録いいか?」
「なにそれ?」
「知らねえのか? 登録したら一緒にダンジョン潜れるぞ」
「そんなのがあったのかよ!? ちょっと待って」
少女は自分の席へと戻ると、秋人が送った友達申請を受諾した。すると、キャラクター同士がハイタッチをする。
これで完了だ。
「じゃあ俺が先陣切っていくからついてこい」
「お、おう」
そうして秋人は適当にいくつか補助アイテムを少女に渡した後、階段を下りていく。途中罠に引っかかり危うい部分もあったものの、補助魔法で乗り切ったりしつつ、ついに最下層にまでたどりついた。
『ミッション完了……あなたは、28人目のダンジョン制覇者です。記念品を贈呈します』
秋人は既にクリアしているため貰えないが、少女はこれが初クリアなのでたくさんのアイテムを貰った。
「おお……これがミストルテイン」
「よかったな」
「ああ! にいちゃん、ほんとに助かったありがとう!」
さっきとはうってかわって上機嫌な少女。
秋人に抱いていた警戒心はもうほとんどみられない。
ゲーム画面にかかれた時刻を見れば、もう20時を越えていた。
秋人は席から立ち上がる。
「……さて、そろそろ俺は帰る。お前もあんまり遅くまでいるなよ」
「あ……ちょっと待て!」
そのまま歩き出そうとすると服を掴まれる。
「ん?」
「いや……その……にいちゃん名前は何て言うんだ?」
「俺か? 吉良 秋人だ」
「…………キラーあきひと?」
首をかしげる少女に秋人は突っ込んだ。
「違うっ! 吉・良・秋人だ。それだとただの殺人鬼だろ」
「きらあきひと……。ふむふむなるほど覚えておく」
そう言うと少女も立ち上がった。
「よし、ならにいちゃんには特別に私の名前も教えてやるよ。あたしが名乗るなんて滅多にない事だからな。ありがたく思えよ!」
と言って少女は被っていたフードを取った。
「え”っ……!?」
秋人は少女の素顔を見て思わず凍り付く。
「ん?どうした」
「い、いや……」
秋人が驚いたのも無理はない。
むしろ驚くなという方が無理だろう。
何故ならフードを被った少女の正体は、PECの1人――夢月亜理紗だったのだから。