1-8 助けた少女は××××
「ん~どうしましょ??」
自分でもどうして記憶がないのか不思議でたまらないしとね。
さっきは治療優先でまじまじと見ている余裕がなかったが、改めて見ると、彼女は抜群に可愛らしい顔とプロポーションをもっていた。燃えるように赤くさらさらした髪は後髪で一つくくりにされ、ぱっちりくっきりとした大きな目に、濁りなど一切感じさせない透き通った瞳。幼子のようにつやつやで張りのある肌は、同年代の女子ですら嫉妬してしまう程だろう。
そして何よりも、すこし動作をするたびに揺れるような大きな胸は、10人中10人の男子がその動きに目を奪われるに違いない。
「秋人さん、どうしました? 」
「い、いや……なんでもない」
危ない危ない。しとねの事をガン見しすぎたせいか、怪しまれてしまった。
話題を戻すべく俺は言った。
「なら、質問の仕方を変える。しとねの今現在知っていることを教えてくれ」
秋人がそう言ったのには、単に好奇心だからとかそういったことではない。彼女を襲った人物がもしも嵐の一員だった場合、見過ごすわけにはいかないからだ。仮にそうでなかったとしても、女性を血祭りにあげるような危険な人物を放置するのはまずい。
しとねは少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。
「そうですねー。じゃあ、まず最初なんですけど」
「ああ」
「実は私……普通の人間じゃないんですよ!」
「ああ知ってる」
「まあ最初は驚くのも無理は……えっ知ってる!?」
秋人の冷静な返しに、しとねが声を挙げて驚いた。
勿論、普通の人ならば何を言ってるんだ? と頭おかしい人扱いされておしまいだが、今現在、自身を普通の人間じゃないという事が示すのは一つしかないだろう。
「いや、そりゃあな……。あんだけ重症負ってた人間が、この短時間でここまで回復するとかありえねえし」
鎮痛薬を塗ったとはいっても、深手を負っていた場合には治癒するまでにそれなりに時間はかかる。しかし、しとねはもう既にご飯を食べれる程に回復しているのだ。いくらなんでも早すぎる。
「あはは……。まあたしかにそうですよね。なら話は早いです。私は後継者の1人なんですよー」
胸を逸らして言い張るしとね。その際に彼女の豊満な胸が大きく揺れた。
「だろうな。みたところPECの一員でもなさそうだし……。もしかして1人で活動してたのか?」
「ぴーいーしー?」
PECの事がわからないのか、頭にはてなマークを浮かべ首をかしげるしとね。
まさか誰でも知っているであろうPECを知らないとは……本当に大丈夫だろうか?
「ああ。PECっていうのはな……」
秋人は簡単にPECの事について説明してやった。
するとしとねはふんふんと頷き、納得したようで、
「へえ~そんな組織があるんですね。街の治安を守っているだなんてかっこいいです! もしかして秋人さんはそこに入っているんですか?」
「ん……まあな。だから、俺もしとねと同じ後継者の1人だ」
「おお、すごい偶然ですね!!」
「俺の事は別にいいんだよ。それよりも今はお前の事だ。結局犯人に関することは何も覚えていないのか?」
「はい。気が付いたら秋人さんの家で寝ていたので……」
「ふむ……なら覚えてなくて当然か。お前はこれからどうするつもりだ?」
「そうですね。とりあえず記憶が戻るまではどこかに出ていようかと思います」
「出ていくって、行くあてはあるのか?」
「あったかもしれないですけど、残念ながらその記憶すらないので……。でも大丈夫です! きっと、この周辺をぶらぶらしてたらそのうち思い出すと思います!」
「随分と楽観的だな」
「えへへ。お父さんには美点だけど欠点でもあるって言われました」
そう言うとしとねは立ちあがる。
「動いて大丈夫なのか?」
「いつつ……まだ多少痛みがありますけどこれぐらいなんてことはありません」
少しふらついた様子はあったものの、一旦背伸びをした後、体を動かしてみるしとね。
起きてからこの短時間でまた更に回復したようだが……。
「別に無理しなくても、傷が癒えるまでここにいてもいいぞ?」
この寮は関係者以外立ち入り禁止であるため、もしもしとねがここにいることがバレれば問題になるだろう。しかし、状況が状況だ。
彼女は記憶がなくなってあてがない上、また犯人に襲われるとも限らないのだ。
それならば傷が癒えるまではしばらくここにいた方がいいと思ったのだが……。
しとねはぶんぶんと首を横に振ると慌てて言った。
「いえいえとんでもない! 介抱していただいただけでなく、食事までご馳走していただいたのですから。それだけで十分です。それに、ここにいるといつ敵が来るとも限りませんから。そうなれば、秋人さんにも迷惑が掛かってしまいます」
「迷惑? 何を言ってるんだ。俺達PECの仕事はそいつのような危険な後継者を片付ける事だ。だから迷惑になんねえよ」
「優しいんですね。でも大丈夫です! 自分で蒔いた種ですから……。秋人さん、私の服はありますか?」
「ああ。一応血は落としておいたが……またこれを着るのか?」
しとねが寝ている間に、洗濯して乾かしておいた秋人は、彼女にカーディガンとTシャツを渡す。
「はい。他に着るものもありませんから」
そう言うとしとねはボロボロになった服を着用した。しかしところどころ斬れ込みがあるため、露出度が高く見えてしまう。
「本当にいいのか? 敵が誰かもわからないのに、怖くならねえのか?」
「ん~怖くないといえば嘘になりますけど、そんな事を気にしていては未来を歩むことはできないので!
人生は常に前向きに、ですよ秋人さん!」
そう言うとグッと拳を握り締め、こちらに笑顔を向けてくる。
記憶がなくて不安なはずなのに、そんな事を全く感じさせない満点の笑みだった。空元気だとかそういったことではなさそうだ。
それならばこれ以上とやかく言う必要もないだろう。彼女がきちんと決断して決めた事なのだから。
「そうか、わかった。けどな……そんなボロボロの服で街を出歩いていたら目立つぞ。ちょっと待ってろ」
秋人はクローゼットを開けると、しとねが着れそうな服を探し始める。
すると、ちょうどよさそうな白のジャージを発見した。風通しも良さそうなので、暑いこの時期に着ても問題ないだろう。男性サイズなので彼女には少々大きいかもしれないが。
「ほら。これで上半身を隠せ。痴女扱いされるのは嫌だろ?」
「何から何まですみません……。大切に使わせていただきます!」
両手でうけとると、しとねは大事そうにジャージを抱えた。
そして深々とお辞儀した後、再び笑むと、
「秋人さん、本当にありがとうございました。このご恩は必ず――!」
そう言って窓から大きく跳躍し、彼女の後姿はすぐに見えなくなってしまう。そのあまりの速度に秋人はしばらく呆然としていたが、やがて我に返るとぼそりと一言。
「焔しとね……か。なんだか不思議な奴だ」
ゆったりとした話し方とは逆に、行動はまるで風のように素早い人だった。
結局、彼女が何者かはわからなかったが……またそのうち会えるだろうか?
「……もうこんな時間か」
時計を見れば既に時刻は午前3時を回ろうかという勢いだった。
「今日の夜練はやめておくか」
毎夜、時間がある時には自主練をしている秋人だが、今日は流石に時間も遅いためさっさと寝ることに。
本来ならば朝7時には起きて出勤しなければならないが、今日は休日なので昼まで寝倒しても問題ないだろう。
「何かいい匂いがする……」
ベッドに潜り込むと、まだしとねの残り香が残っているのかほんのり甘い匂いが感じられた。
その匂いを嗅いでいるとなんだか――。
「って、俺は思春期のガキかっ!」
不純な妄想をしそうになり、自分にそう突っ込んでおく事で冷静を保とうとする。
が、すぐに気付いてしまう。
「と思ったが普通に俺も年齢でいえば思春期だったな……」
なんだか随分歳をとったような気がするが、秋人はまだ17歳。思春期真っ盛りの男子である。女子に興味を持つのは当然だ。不純な気持ちになったとしてもそれは男の本能であり、生物が子孫を残していく上では必要不可欠なものだから恥ずかしがる必要はどこにもないのだが……。
「……くっ、眠れん」
妙に目が冴えてしまった秋人は、悶々とした気持ちを抱えながら次の日にのぞまなければならないのだった――。