1-5 その才能、ゼロにて
秋人は抜刀すると、男の子の投影体を睨みつける。
まだ幼いからといって侮ってはいけない。あれでも後継者の端くれだ。
屈託のない笑みを浮かべているが、あの表情に騙されて一体何人の人が倒されたのだろうか。
「おい夜叉髑髏。頼むぞ、今日こそ力を貸してくれ」
夜叉髑髏というこの刀の中には髑髏神が宿っており、神力を貰う形で戦うのが基本だ。
他の後継者達も同様の形式で神から力を貰っているため、この神力をどれだけ引き出し、自分のものとするかによってその人がもつ能力も大きく変動する。
秋人の呼び声に夜叉髑髏は一瞬だけ淡い輝きを見せたもののすぐに消失した。
「ち……今日もダメか」
秋人が最下位となってしまった原因。それは、神力を使えないことにあった。
神力とは、神がもつ力の事で、能力を発現させるためには必須だ。
例えば竜人の場合、刀身に炎を纏わせたり、あるいは手から火を放ったりといったことができるが、これも神力があるからこそ使えるのである。RPGでいうところの魔力といっても差し支えないだろう。そしてもっている神力が強ければ強いほど強力な技を使う事ができる。
通常、後継者になると徐々に神力を解放できるようになっていくものだが、秋人は未だに神力を解放することができずにいたのだ。唯一使えたのは2年前、秋人が後継者になったその時のみだ。当時は髑髏神と会話することもできたのに、今は全く反応を示さない。
「声は絶対聞こえてると思うんだけどなぁ。何で反応しねえのかな……」
神力を貰うことを諦めた秋人は、男の子に向かって斬りかかろうと足を踏み出す。
すると相手もこちらに向かって動いてきた。投影体なのに、まるで本当に思考しながら動いているようにみえるのはすごいとしかいいようがない。
距離を詰めると、男の子は懐に隠し持っていた自身の短剣を取り出し、秋人の喉元目掛けて薙いだ。その斬撃に身体を後方にそらして躱した秋人は、すぐに態勢を立て直すと、空振りをして隙が生まれた男の子に斬りかかる。
しかし男の子がジャンプしたため、秋人の攻撃も空振りに終わる。
そして今度は上から短剣を振り下ろすようにして、男の子が秋人に襲い掛かってきた。
「ぐっ……」
キィィンッ――という、刀と剣がかち合う甲高い金属音が鳴り響く。
寸前のところで防御が成功したのだ。
しかし男の子の一撃は、小さい体のどこにそんな力があるのかと思ってしまう程重かった。
なんとか態勢を崩さずにその場で踏ん張ったものの、衝撃が刀を伝って手にまできたため、ジンジンとした鈍い痛みが秋人を襲う。
今の斬撃も常人であれば10メートルは飛ばされていたであろう一撃だ。それを耐えきれたのは秋人自身も後継者であるからにほかならないだろう。後継者になると個人差はあるが、加護によって身体能力の底上げがされるからだ。
とはいえ、男の子のランクは一番下のF。他の人達であればあっさり倒せるだろう。そんな相手にここまで苦戦することから、秋人の弱さがうかがえる。
そうして秋人がFランクの相手に苦戦していると、その様子を遠くから見ている者がいた。
――五十嵐だ。
彼女は、鍛錬している人達の剣捌きや能力がどういったものでどの程度のものかを観察し、更にさぼっている人がいないかどうかの監視役として目を光らせていたが、最後に秋人の方へと目を向けると、そこで視線が止まった。
しばらく様子を見ていた五十嵐だったが、やがて歩きはじめると秋人の元へ。
五十嵐が近付いてくる気配に秋人も気が付いたところで、彼女ははきはきとした声でこういった。
「お前……確か555と言ったな」
「え? あ、ああ……まあ一部の人達からはそう呼ばれてるけど」
四帝にまでその名前が知れ渡っていたのか……と思いつつ、秋人は苦笑する。
「それで? 四帝様が一体何の用だ? 俺別に鍛錬とかサボってないけど」
つとめて冷静に言ったものの、秋人は内心冷や汗を感じていた。自分では何もないと思っていても、彼女にとってはそうだと限らないからだ。しかもその相手が規律に厳しくて有名な五十嵐となればなおさらだろう。
しかし、彼女を見たところ怒っているという事でもなさそうだった。仮面に隠れてその表情は読めないが。
「いや、違う。別にお前が鍛錬をサボっているだとか、そう言う事に関して文句を言いに来たわけではない。むしろ真面目にやっていて、それについては問題ないのだが……」
とりあえず、糾弾されるということではないようだ。
文句を言いに来たわけではないというのなら、一体何の用だろうか。
まさか俺に眠る潜在能力の高さに気が付いて声を掛けて来たとか?
四帝ともなれば、相手を見るだけでそういった類の事もわかるのかもしれない。もしそうなら嬉しいところだ。
しかし、五十嵐から発せられた言葉は、それとは全く真逆の言葉だった。
「ああ……単刀直入に言う。お前には剣才はおろか、後継者として最低限必要な神力さえもちあわせていない。これでは現場に出ても犬死するだけだ。確かに、鍛錬は真面目にやっているだろうが……はっきりいってそれも無駄だ」
彼女の言葉は酷く淡々としていた。
「お前、ここには来てからどのぐらい経っている?」
「2年だけど……」
「そうか、ならばなおさらだな。むしろ今まで死ななかった事に私は驚いている。だが、これから先その奇跡が続くとは限らない。
周りを見てみろ。どれだけ弱い者でもFランク程度の敵ならば瞬殺だ。しかしお前は2年経っても未だにこんな子供にすらてこずっている」
そう言うと、五十嵐は秋人を攻撃しようとする男の子に鮮やかな回し蹴りを喰らわせ、後方の壁へと叩きつけた。その際に風圧で彼女のスカートがめくれそうになる。
「実際の現場ではFランク級の敵に出くわすことはまれだ。最低でも、Eランクの敵を倒せるほどの実力がなければPECとしては役に立たないどころか、足手まといにしかならない。この意味が分かるな?」
腕を組みながらそういう彼女。
秋人は若干憤りを覚えつつも、それを表には出さずにこう言った。
「俺に辞めろということか……?」
「ああ。これは私からの忠告だ。これ以上無駄な犠牲者が生まれないようにするためのな」
言い方はともかく、彼女のいう事はもっともだろう。
実際にこれまでに敵の後継者と交戦したことはあったものの、いつも苦戦していた。吾郎や竜人達の援護がなければ、今生きているかどうかも正直不明なほどだ。
しかし、そんな事は秋人自身もとうの昔に知っている。それでも辞めるわけにはいかない事情が秋人にはあるのだ。
だから、秋人は首を横に振る。
「そりゃ親切にどうも。けど、悪いが俺は辞めるつもりはない」
「……なに?」
仮面で表情は分からないものの、心なしか語気が強いように感じた。その威圧感に怯まずに秋人もはっきりと答える。
「俺には金が必要だからな」
秋人の発言に怒るかと思ったが、五十嵐は冷徹にこう告げた。
「……そうか。私の忠告を聞き入れなかったのはお前が初だ。だが、身の程を知らずに行動するといつか必ず後悔するぞ」
と、そこで彼女がきびすを返した時、携帯の着信に気付く。
「私だ。………………………何、それは本当か? ああ。ああ……」
五十嵐は一瞬驚いた素振りを見せた後、何度か相槌を打ち、
「わかった。すぐに私も向かうからそれまで逃がすんじゃないぞ」
そう言って携帯を閉じた。
五十嵐はこちらに顔だけ向けると、
「急用ができたから私はもう行くが……最後にこれだけは言っておく。私はお前が心配で忠告をしたとかそういうわけではない。仮にお前が死んだところでどうでもいいが、PECに泥を塗るような真似をすれば容赦はしない。その事をよく胸に刻みこんでおけ」
そう言うや否や、やや駆け足気味で道場を後にした。