1-4 後継者と治安特殊精鋭部隊
――10年前。
神の後継者と名乗る、人知を超えた力を持つ者達が突如全国各地に現れ、街を荒らし、破壊した。
政府は非常事態宣言を発表し、全統治権を一時期的に軍に委託し後継者達の討伐に当たるが、音速を超える弾丸を躱し、ミサイルを撃ち込んでもほとんど無傷な彼らに人々は戦慄した。
容赦なく、無慈悲に人々は殺されていく。
それは間違いなく日本という国家崩壊の危機に他ならず、誰もが怯えながら死を待つしかないように思えた……。
――しかしそんな彼らに救いの光が差し込んだ。
その光もまた、神の後継者。彼らが悪さをする後継者を抑え込むことで、国家崩壊の危機は免れたのである。毒をもって毒を制するとはまさにこのことだろう。
だが、日本が大ダメージを受けたというのは紛れもない事実だった。
それだけでなく、敵の後継者達は街を乗っ取り、そこを根城として独自の支配を目論んだのである。
これを解決するべく日本政府はある特殊な組織を作った。それこそがPECと呼ばれる治安特殊精鋭部隊。当時は99人で構成されており、街の奪還に大きく貢献した。
彼らの働きによって街を取り返し、敵は滅んだかのように思われたが、事態は大きく急変する。
その原因は自身を嵐と名乗る、後継者達によって構成された敵組織が誕生したことにある。彼らが猛威をふるい始めるのにそう長い時間はかからなかった。
政府はPECを含んだあらゆる武力を行使し彼らに挑み続けているものの、未だに本拠地がどこにあるかもわからず、辛酸を舐めさせられているのが現状である。
秋人は神の後継者達で構成されたPECに所属している1人である。
主な仕事内容は街に後継者などの不審者がいないかなどのパトロールを行うほか、荒事の際には最前線で戦うなど、まだ17という若さでありながら死と隣り合わせの生活をしていた。
現在はPECが取り締まっているおかげで街の治安はある程度守られている。優秀な者が多い精鋭集団だが、人知を超えた力を持つという事もあって、住人達の中には不気味がったり、畏怖したりするものも少なくない。そういった存在を理解はしていても納得はできないのだろう。それは人間の感情としてはなんら不思議でないものである。
そんな危険な職務だからか、給与は高い。
秋人がPECに入ったのもほぼお金目当てだ。
しかし、それを考慮してもPECの環境は過酷と言えるだろう。
その1つに、PECの団員同士の仲が悪い事があげられる。
多少の帰属意識はあるものの、上位が下位を支配するという構造は変わらないためだ。
更に仲が悪い理由としては序列があることがあげられる。
胸につけられた紋章に書かれた数字こそ、ここPECにおいては各人の強さの指標となり絶対的なものだ。
現在、PECの総勢は555名。当然序列も1位から555位まで存在することになる。
それだけでも、お互いライバル心を剥き出しにするものだが、更に仲の悪さを加速させるものがある。
それは上位ナンバーになるほど給与が高くなり、より高価で充実したサービス、そして部屋が支給されるだけでなく、死地へ赴く可能性も減っていくためである。
PECは現在日本政府が持っている数少ない神の後継者達でできた組織であり、失ってしまえば嵐に対抗する術が減ってしまう。その為、莫大な経済的援助を受けており、秋人達の懐も温まっている。
しかし財の分配で上位ナンバーと下位ナンバーの格差は大きい。
だからこそ皆序列を上げたくて必死なのだ。
そして秋人も、その1人に含まれる。
下位ナンバーでもそれなりの給与、そしてボロイながらも寮の部屋が与えられるが、秋人がどうして給与をあげたいのかといえば理由は1つ。
そしてそれこそが、今現在秋人がPECに所属している最も大きな動機だ。
「…………」
道場の中へと入っていった五十嵐。
その後に続くようにして、秋人達も中へと入った。
既に他のメンバーは集まっており皆鍛錬の準備を始めている。
「なぁ……」
竜人が五十嵐を見て、顔をひきつらせる。
「ああ、多分竜人が今想像している通りだろうな」
「まじかよ……。これは終わったな」
「くっ……今日は欲しいギャルゲの発売日なのに……。怪我でプレイするのが延期なんて私はごめんだぞ」
本来、四帝がこの時間のこんな場所にいるはずがない。昼間は事務作業に追われて動けないからだ。
しかし目の前にいる五十嵐は間違いなく本物で、道場内にいる他のメンバーもその顔はどこか強張っていた。彼女の威圧感に圧倒されているのだ。
足早に皆の横に並んだ秋人達を見届けた五十嵐は、一度周囲を見渡した後、大きな声でこう言った。
「こんにちは、諸君。今朝ぶりといったところかな。本日の鍛錬は特別に私が見ることになった。さぼっている奴がいればヤキをいれるから覚悟するように!!」
お面の奥の眼光が鋭く光ったのを見て、竜人と吾郎がごくりと唾をのんだ。既に今朝一度攻撃を喰らっている吾郎としては、もうニ度と攻撃されたくはないはずだ。
「今日はお互い死なないように頑張ろうぜ……」
若干グロッキーになりつつある竜人に頷く秋人。
そして地獄の時間は始まってしまったのだった……。
◇◇◇
この道場は通称、電脳道場と言われ、ただの道場ではない。
それはなぜかと言えば、目の前にいる投影体が確たる証拠だろう。
後継者同士の鍛錬によって部屋が破壊されることが相次ぎ,その対策を迫られた。こうして開発されたのが電脳道場だ。
壁は特殊なベールに包まれており、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つつくことはない。その為、後継者としての力を解放してもある程度は問題ないのだ。
そして目の前にいる投影体は、過去PEC及び他の組織によって捕らえられ処罰された凶悪な後継者達の情報を含んでおり、好きな時に彼らの分身と戦う事ができる。
彼らの戦闘データはそれぞれランク付けされており、FからSSSまである。はじめの敵はFランクで、倒せば勝手に敵のランクが上がっていく仕組みだ。
周囲を見れば、各々が投影体と戦闘を始めていた。
竜人も吾郎もこの前EランクからDランクへと昇格し、相手と鍛錬しているものの、1ランク違うというだけで強さが跳ね上がるのか、歯が立たないようだ。
「ほらほら~、避けないとその綺麗な服が燃えて裸になっちまうぜ?」
刀身に炎を纏い、竜人が投影体の女性に斬撃を仕掛ける。
が、それは空振りに終わり、代わりに渾身の右ストレートがとんできた。
その速度は目で追う事すらやっとのレベル。
「ぐほっ――」
後方の壁に勢いよく叩きつけられる竜人。しかし、すぐに態勢を整えると果敢にも斬りかかっていく。竜人が放った炎の刃は刀身から離れ、女性へと向かっていくが、彼女は5メートル程跳躍してそれをかわした。
「…………」
やはり後継者同士の戦いというものは、現実にはありえないものだ。しかし10年前から、そのありえないものは、徐々に常識になりつつある。
人間は変化を嫌うと言うが、同時に環境に適応する能力もある。だからこそ、この現実を受け止め対応できるようにしていく必要があるだろう。
「……さて、俺もやるか」
秋人も鍛錬すべく、機械を操作し、投影体を召喚する。
そのランクは―――F。
秋人の胸ほどまでにしか満たない小さな男の子が現れた。
それを見た周囲の人達が、鼻で笑う。
「おい、秋人お前いつになったらFランクから脱却するんだよ!」
「うるせえな。俺だって脱却できるものならしてみたいわ!」
竜人のヤジに、秋人はそう答えるとため息をつく。
「はぁ……せめて神力が使えればな……」
秋人が序列第555番であり、トリプルファイブとまで言われるようになってしまったのか理由。
それは彼が後継者としての力――神力を解放することができないからであった。