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1-3 中村豪

「お前は中村……!」


 竜人があからさまに敵意を(あら)わにした。

 ――中村 (ごう)

 序列第99番目にして、地元でも有名な富豪の末息子だ。

 非常に自尊心が強く、いつも人を見下したような態度で接してくるため竜人も吾郎も嫌っているらしい。


「貴様らのような底辺がPEC(ピーイーシー)の価値を下げている。合コンなどと、女に(うつつ)を抜かすような不埒(ふらち)者は今すぐ消え失せた方が賢明だ」


 PECとはPublic Peace Special Elite Corpsの略であり、すなわち治安特殊精鋭部隊である。名称が長いため、ここにいる人たちはPECと略して言う事が多いのだ。

 中村が挑発的なのはいつもの事なので軽く流せばいいのだが、この日は虫の居所が悪かったのか竜人が突っかかっていく。


「なんだと! 女に現を抜かすは否定できないけどな、底辺という言葉は今すぐ取り消してもらおうか?」


(いや、お前そこも否定しておけよ……)


 2人を中心に険悪な空気が広がり、秋人達もその空気の悪さを感じ始める。今にでも喧嘩が始まってもおかしくない状況だったが、中村が更に火に油を注ぐような事を言い出した。


「底辺に底辺だと言って何が悪い。貴様ら3人は、我々PECの汚点だ。

 ……特にトリプルファイブ。貴様を見ているだけで私は腹の底から怒りが湧いてくる。何故貴様のような者がPECの一員であるのかとな」


 そういって秋人を指差す中村。矛先がこちらにも向けられたのだ。

 ――トリプルファイブ。

 一見、なんてことのない呼び名にも思えるが、PECの団員の間ではそれは蔑称だ。

 秋人が入隊し、序列が決まってからはずっとこの呼び名だった。入隊する以前から縦社会だとは聞いていたが、入ってそうそう蔑称を付けられた時は驚いたものだ。 

 しかし、秋人はそれを言われても怒る素振りなど微塵(みじん)も見せずこう言った。

 

「おい、言われてるぞ吾郎」


「いや、トリプルファイブは君だろう……」


「え、俺?」


 自分を指差してとぼける秋人に、中村が痺れを切らす。


「そうだ! 貴様だ吉良(きら)秋人(あきひと)! 自覚すらないとは……もはや救いようがないな」


 そう言うと中村と傍にいた男子が馬鹿にするように笑う。

 そしてわざとらしく羽織っている白いマントを(ひるがえ)すと、秋人達の横をすれ違いざまにこう言った。

 

「PEC同士での戦闘がご法度でなかったら、消し炭にしてやったものを。運だけはいい奴らだ」


「はっ。そりゃこっちの台詞だっつーの! てめえのそのヅラ、いつか絶対燃やしてやるぜ」


 (あお)り返す竜人に、中村が激高する。


「なっ! 馬鹿者、これはヅラなどではない! !」


「嘘つけ。少しずれてるぜ」


「なっ!?」


 そう言うと中村は秋人達に背を向け、いそいそと(ふところ)から手鏡を取り出す。

 そしてと再び懐へ手鏡をしまうと、こちらを振り返り(にら)みつけてきた。

  

「ずれてなどないではないか!!」


「あ―悪い、俺の見間違いだった。でも、なんでそんなに慌ててるんだ~?」


 ニヤニヤしつつ、からかうような声色で問う竜人。

 

「くっ……。馬鹿にしおって。貴様らは私をこけにしたことをいつの日か必ず後悔するだろう。行くぞっ」


 今日は分が悪いと判断したのか、捨て台詞を吐いて去っていく中村。そんな彼の後姿に、竜人は中指を立てた。

 

「おとといきやがれってんだ」


「竜人。流石にちょっと(あお)りすぎだ」


「ああ。PEC(ピーイーシー)同士での喧嘩はご法度だが、中村が変な気を起こすとも限らない」


 秋人と吾郎に(とが)められ少し冷静になった竜人だが、その顔は不満げだった。


「悪い。けどさ……。あいつ俺達に会う度に突っかかってくるじゃん? 2人共、鬱陶(うっとう)しくはならないのかよ?」


「鬱陶しいとは思う。しかし相手は序列第99位……ダブルナンバーだ。私達が(かな)う相手でもない。だから、適当に流すのが一番だろう」


「秋人は? お前はどうなんだよ」


「んーそうだな……。あいつ実は俺達に構ってほしいんじゃないか?」


 毎度毎度顔を合わせるたびに罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐いていくのだ。どう考えても構ってほしいからに決まっていると思った秋人だが……。


「は? ブハハハッ!! 秋人、それは流石にないだろ」


 声を挙げて笑う竜人だが、秋人の顔は真剣そのものだ。


「ふむ……。まぁなくはないが……。単純に私達をこきおろしてストレス発散でもしたいのだろう」


 吾郎の言う事にも一理あった。彼ほどの上位ナンバーだとしても、当然まだ上に何十人もいる。上から受けるプレッシャーやストレスも相当なものだ。だからこそ、下位のものをいじめ倒すことで自身が受けるストレスの()け口にしているのだろう。

 しかし、それだけが理由だとは秋人には思えなかった。


「いや、わからんぞ。もしかしたら、竜人の合コンに参加したかったから突っかかってきたのかもしれない」


「なんだその(ひね)くれたツンデレは……」


 吾郎が呆れるようにしてため息をつく。


「デレはないけどな」


勘弁(かんべん)してくれよ~あんな奴連れてったら間違いなく場が白けるって……想像できるもん。『貴様ら下等な女子如きが、私と会話できるだけでありがたいと思え!!』とか真顔で言いそう」


 その光景がすぐに想像つく当たり面白いところだ。

 とはいえさっき吾郎が言ったように、中村は序列99位でありダブルナンバーだ。その実力はトリプルナンバーである秋人達とは比べ物にならない。下手に手を出せば、自分の身すら危ないだろう。

 だから普段は適当に流すことで、事なきを得ているのだ。




◇◇◇◇◇



 食事を終え、食堂を後にした秋人達は、今日の仕事をするべく道場へと向かった。

 その道中、突き刺さるような侮蔑(ぶべつ)の視線を秋人達はヒシヒシと感じつつも、特に気にすることなく歩みを進めていく。

 今日は街のパトロールの当番ではない為、道場内で鍛錬という事になっている。各々、与えられたトレーニングメニューをこなすだけの単調なものだが、(まれ)に上位ナンバーの人達がやってきて、下位ナンバーの人達の鍛錬が地獄にかわるため、秋人も含め鍛錬の日は常に気が抜けないのだ。

 まだ経験したことはないが、極稀に四帝が来る事もあるそうで、その際には病院送りにされる人すらでるという。全く恐ろしい話だ。


「おい……あれ、五十嵐さんじゃねえか?」


 ちょうど四帝の事を思い出していたからか、竜人の声に、秋人はそちらの方向へと振り返る。

 そこには物々しい般若(はんにゃ)の面を被った四帝――五十嵐 桃が、小さいにも関わらず勇ましい足取りで道場の中へと入っていく姿があった。



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