1-2 秋人と愉快な友人
「いやぁ、今月の報告会もひやっひやしたなぁ」
今朝の報告会が終わった後、食堂で昼ご飯を食べている2人の男の内の1人がそういった。
「ああ。もうすこしで会場が血の海になるところだったな」
うどんをすすりながらそう言ったのは、治安特殊精鋭部隊の1人であり序列第555番目の吉良秋人。
顎と鼻筋はシュッとしており端正な顔立ちをしているものの、寝不足気味なのか鋭い目つきをしており、人相が悪く見える。
そんな彼は今、目の前にいる友人であり序列第554番の肌野 竜人と共に食事に舌鼓を打っていた。
「五十嵐さんも稲葉さんも夢月さんも皆黙ってりゃ可愛いんだけどなぁ。あの性格が全てを台無しにしてるよな」
「おい、声が大きいぞ。聞こえたらどうすんだよ」
「おおっと、わりぃわりぃ」
秋人が窘めると、竜人が周囲を振り返った。誰にも聞かれていないことを確認すると、安堵の息をつく。
「まあでも、毎月毎月、報告会の度にああも火花を散らされちゃあ見ている俺達はたまったもんじゃねえよな」
四帝の彼女達が戦いを始めれば、間違いなくホール会場は潰れ、下手をすれば見明町が崩壊しかけない。
まるで爆弾でも抱えているような気分だ。
「いや、ほんとになぁ……心臓に悪すぎる。危うく漏らすところだったぜ」
「そしたら今度はお前が血の海に溺れるとこだろうけどな。『この程度の事で漏らすような軟弱者は必要ない』とか言ってばっさり斬りそう」
「やめてくれ、縁起でもないわ!」
秋人達がそんなくだらない話をしていると、テレビでは昼の占いがやっていた。
『本日双子座のあなたはぁ~~~~ババンッ! 不幸も不幸! あまりにも不幸すぎて頭に隕石が落ちてきちゃうかもっ!? でも大丈夫。そんなあなたを救ってくれるラッキーアイテムはぁ~~』
甘ったるく気色の悪い声をあげながらアナウンサーが星座占いをしている。
頭に隕石とか……こんな話、幼稚園児でも信じないだろう。
「……そういえば、吾郎のやつはどうしたんだ?」
「あぁ、そういえば……。あいつ、今朝はいたよな」
周囲に視線を配るも、その姿は何処にもない。
畑中 吾郎――秋人のもう1人の友人であり、序列第553番。
日中は3人で行動することが多いのだが、今朝の報告会の後から姿を消していた。
「まあ吾郎の事だしどうせそのうち――」
「――呼んだか?」
その声に2人が振り返ると、そこには吾郎が立っていた。
「おお、吾郎いたのか――え、お前なんでそんな血だらけなの!?」
秋人が引いたのも無理はなかった。
彼の服は左肩から右大腿部にかけて切り裂かれ、傷口に沿うように赤黒い染みが大量に付着していたからだ。もう既に乾いているみたいだが、それが血であることを理解するのは容易だった。
彼のトレードマークともいえる黒縁眼鏡もまた赤く染まっており、出血量を物語っている。
吾郎は後頭部を掻きつつこういった。
「ああ。昨日夜遅くまでアニメを観たせいか、今朝は居眠りしてしまってな。そしたらいきなり斬られてついさっきまで意識を失っていた」
「あれお前かよ」
どうやら今朝五十嵐に斬られたのは吾郎だったようだ。
居眠りしただけで斬られるとは五十嵐の規律に対する厳しさが伺えるが、彼女の厳しさは有名なので何も今に始まった事ではない。あまりの厳しさに、過去彼女に歯向かう者は何名もいたが皆返り討ちにあって病院送りにされている。
「もう少しで死ぬところだった。夢の中で死んだ祖母に連れていかれかけたが、なんとか振り切って逃げた。俺には現世で待っている嫁がいると言ってな」
そういうと吾郎は眼鏡のブリッジをクイッと上げた。
嫁……と言っているが実際にはアニメのキャラクターだろう。
それなりに整った容姿をしているのにもかかわらず二次元好きな事が災いし、女子の間では残念なイケメンと言われているらしいが、本人曰く三次元の女の評価などどうでもいいとのこと。
「五十嵐さんに斬られてピンピンしてるのはすごいわ。流石はゴキブリの吾郎だぜ」
「まるで二つ名みたいに言うのはやめろ」
竜人がからかうと、吾郎は冷静にそう答えた。
五十嵐が手加減しているとはいっても、今朝のように斬られれば普通の人なら即死していただろう。にもかかわらず彼がこうして今もピンピンしているのにはある理由があった。
そしてそれこそが今現在日本全土を巻き込んでいる混乱の源でもあり、秋人達が存在している理由でもある。
と、そこで竜人が何かを思い出したかのように手を打つとこう言った。
「あーそうだ。秋人、ちょっと頼みがあるんだけど」
「断る」
「ちょっ! まだ何も言ってないじゃんっ」
「どうせまた合コンに付き合えとかそんな話だろ?」
「わかってるなら来てくれよ~。頼む! 男子が足りないんだよ」
「なら吾郎を連れて行けばいいだろ」
内面はともかく、外面は良い吾郎を連れて行く方が理にかなっているだろう。
秋人が行ったところで面白い話ができるわけでもない。むしろ女子に怖がられるだけだ。
「いや、もう吾郎には昨日言ったんだけど――」
「ふん、どうして私がわざわざ三次元の女に会いに行かねばならんのだ。しかもこっちのおごりで」
「って突っぱねられるからさ。頼むよ~。昼飯奢るからさ! なっ?」
「アホか。大体お前彼女できたから合コン通うのはやめたんじゃなかったのか」
「先週別れた」
「は?」
思わず秋人はうどんを食べる手を止める。
吾郎は驚くことなく黙々と焼肉定食を食べていた。
そんな血だらけの状態でよく食べる気になったな……。
「お前、今度は本気だって言ってたよな」
夜中にもかかわらず、何度も俺に電話をかけて相談してくるぐらいには本気だったはずだ。
あまりにもうざったかったので途中で携帯の電源を切っていたが、そしたら直接家にやってきた。流石に気持ちが悪かったため、さっさと告白してこいと怒ったものである。
そして告白が成功し、ようやく竜人の相談役から解放されると思った矢先にこれだ。
「俺が彼女いるにもかかわらず合コンに頻繁に通ってるのがバレて振られたんだよ」
「……」
呆れてものがいえないとはまさにこの事だろう。
「……お前、彼女できてからも合コンに行ってたのか。なんでバレたんだ?」
「彼女のデートと合コンの約束をダブルブッキングしたら、デート先と合コンの場所が同じだった」
「うわぁ……」
秋人は、まるでゴミを見るかのような目つきで竜人を見た。
黙々と食事をしていた吾郎も、思わず鼻でふっと嘲笑う。
「まるで私がやるギャルゲーに出てくる間男のようなクズっぷりだ。死ねばいいのに」
そう言うと秋人と吾郎は静かに席を立ち、竜人と距離を取った。
「ちょっなんで2人して俺から離れるんだよっ。別に他意は無いんだって! ただ俺は女の子と話すのが好きなだけであって――」
「うるせぇ! この女の敵めっ。地獄に落ちちまえ」
「あの、ちょっと近寄らないでもらえますか。友人だと思われたくないので」
「ひでぇなっ!?」
そうして秋人と吾郎が竜人をからかって遊んでいると、3名の男子がこちらを馬鹿にするような笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ふん、真昼間から合コンの話とは聞いて呆れる。流石は下賤の輩といったところか」