狐っ娘幼な妻が訪れた次の日のこと
「絶対母の仕業です!」
黒い頭髪をした少女がコスプレのようなミニスカ巫女服を着て、可愛らしい頬を膨らませながらぷくぷく怒っている、昨日突然押しかけてきた少女で、自称嫁。
泊り込むための荷物を整理していたところ、どうやら着替えの大半が今着ているようなコスプレ衣装に置き換わっていたらしい。
じっと見るこちらに気付いて、頬を赤くしおずおずと尋ねてくる。
「ところで旦那様…その…この辺りに服屋はございますか?」
まだ旦那様などと呼ばれる関係ではないが、質問への答えはイエス。しかしそこそこ歩くことになる。
あまりにも短すぎる袴を模したスカートを押し下げ(そもそも何故これを着たのか)ながら甲斐甲斐しいことを言ってくる、
「こんな格好ばかりではその…お世話できませんし…」
別のお世話なら出来そう、などという不埒な考えを振り払い、財布をポケットに押し込む。
買いに行く旨を伝えると、ぱっと花が咲いたように顔が明るくなる。
「ありがとうございます。」
今は見えない尻尾が揺れている気がした。
*
「……臭わないかな」
自分の服をしきりと嗅ぎながら後ろを付いてくる。
昨日着ていた服をもう一度着たようだ。
昨日見たときにも思っていたが、地味目な服装だ。
歩調が遅れてることに気付き、小走りで駆け寄ってくる。
良い服は高いが、まぁ何着か買う程度に懐に余裕はある。
「あっ、私お金持ってきてます!自分の服くらい自分で…!」
しかし…
「自分で選びたいってのもあるんです…!それに…これからもご迷惑をかけてしまうかもしれませんし…」
そう言われるとこちらとしても出しづらかった。
やたら重いデパートの扉を押して、エレベーターへ向かう。
「こっちのデパートも大きいですね」
あの村からだと遠いだろう、と彼女の故郷を思い出す、絵に描いたようなド田舎…に少し色を付けたくらいか。
「だからあんまり行けなくて…」
エレベーター横、フロア案内を見る、婦人服売り場は…5階。
並んでエレベーターを待つ。
彼女が嬉々として話しかけてくる、昨日と違い饒舌だ。
「デパートは久しぶりです…何年ぶりかな…これに乗るのも久しぶりですね…えっとエスカレーター、じゃなくて…エレベーター!」
ぷふっと噴き出すと、真っ赤な顔を俯け、ぶつぶつと言ってくる。
「乗るの久しぶりなんですもん…エス…ベーター…」
チンと、鉄の箱の到着音がした。
*
エスカ…エレベーターには二人っきりだ。
「さっき言い間違ったのは、その…はしゃいでたからです…」
まだ気にしてるらしい、だがデパートに来るぐらいではしゃぎすぎだとは思ってしまう。
扉の前で待ってる彼女はまた俯く、覗く耳が真っ赤になってる。
昨日から思ってはいたが、本当に恥かしがり屋だ。
「だって…しょうがないじゃないです…その…旦那様とお買い物…前からしたかったんです…」
もじりもじりと、恥かしがりながら答えた。
その態度と内容に、顔が熱くなっていくのを感じる。
照れを隠すように彼女の頭に手を乗せ、撫でる。さらさらとした感触が心地よい。
どうやらはしゃいでしまっているのは一人では無さそうだ。
エレベーターを降り、ざっと見回す。
比較的若い女性向けの売り場、女性に服を選ぶ機会も無いためよく分からないがこの辺が良いだろう。
「可愛い服がいっぱいありますね…!」
目玉商品を着たマネキンが出迎える。
「あっ!これ可愛いです!」
お目に適ったようで早速値札を見て、顔をしかめた。
「こっちの服って…こんなに…」
高いんですかという言葉は飲み込んだようだ。
ちらっと値札を覗くと流石の目玉商品、中々のお値段、さっき聞いた予算でも買えはするが、もう一着は厳しい。
そこそこお高いところに来てしまったというのはある、普段着を買うなら別の所にすればよかったかな?
と、店員から声を掛けられる。
「何かお困りですか?」
こういう時は店員に任せてしまうのも手だ。
二着ほどほしい旨と予算を伝えて、選び終わるまで待つ。
多少足が出ても払う、と言ったら彼女に怒られてその様子を店員に笑われた。
ちょいちょいと用事を済ませると先ほどの店員が呼びに来た。
試着室の横から確認をしたあと、店員が鼻高々と試着室のカーテンを開ける。
「どうですか…?似合ってます…?」
彼女の良さを引き出す、シンプルな衣装。
デニム地のワンピース、腰のところが絞られている、白い膝小僧が見えるか見えないかの丈。
くるりと回るとスカートの裾がふんわりと舞う。
似合っている。
あともう一着、外出用としてのお洒落なやつを頼んでいた、それを見せてもらう。
衣擦れと、片足でけんけんをする音が聞こえてくる、試着室の床が薄いためよく響く。
「おっとっと…えっとこれは…」
独り言が聞こえ、止む。着替え終わったようだ。
店員が確認し、再度カーテンが開かれる。
「あぅ…さっきと違って肌が出てて…んっ…似合ってますか…?」
先ほどとは打って変わって大胆な衣装だ。
薄い水色の、大きなストールを肩に羽織っている、生地の下から少し透けて見える肩が魅惑的だ。
羽織っているストールの下は、大きく肩を出した白のブラウス、ストールの縁からちらちらと、ほっそりとした二の腕が覗く。
下に履いているのはショートパンツ、ごつい黒のベルトと、真っ白で柔らかな太ももの対比が素晴らしい。
硬唾を飲み込む。
とても似合っている、と返事をするのが精一杯だ。
その返事に頬を染める、その頬の色がまた、ストールの水色に映える、もしかしたらそこまで計算の内なのかもしれない。
「ありがとうございます…」
店員が自慢気なのも納得だ。
服の会計を済ませる。
注文通り、二着合わせて予算ギリギリで収まった。
本来なら靴や帽子、アクセサリーまで合わせるが、予算的に無理なのでそれらを省いたようだ、
しかし、あまりにも予算がギリギリすぎたため、二着目の服はタイツすら候補から外したとか。
足が綺麗な彼女さんで良かったですねと、店員にウインクされる。
気恥ずかしさから逃げるように、足早に立ち去った、顔が真っ赤になってるのが分かる。
*
さて用事は済んだ、このあとをどうするかなどと考えながらエス…エレベーターへ向かう。
「この二着と、持ってきた分でしばらくは大丈夫そうです」
手に持った紙袋を揺らしながら、こちらに笑みを向ける。
「そういえば旦那様も何か服を?」
こちらの手にある紙袋に気付いたようだ。
何と答えようか悩んでいると、
「あっ…」
と、彼女が何かに目を留めた。
目と足をとめたのはアクセサリーショップ、ネックレス専門店。
特に目を引いたのは青く細い帯、首輪を彷彿とさせる。
マニアックだななどと考え、思い出す、一年前にそうとは知らず、彼女に首輪をしていたことに。
首輪を買って着けたのは、様々な意味で事故だったとしか言いようが無い、なにせあの時の姿は――
「懐かしいですね」
ぽつりと呟く、今の彼女の首には何も掛かっていない。
彼女の頭を撫でる。出会った時とは違う手触り、しかし同じ。
欲しい?と声を掛ける。
顔を俯ける。ただ、顔が真っ赤なところを見ると頷きのようだ。
「あの時に着けて貰ったのは…入らなくなったので」
新しいのが欲しいです、と口にはしなかった。
だが口にしようとしなかろうと関係無い。
店員を呼び止める。
「えっ…あっ…旦那様?」
気にすることは無い。
だってプレゼントの一つくらい買って上げたくなってもいいだろう?
*
デパートを出た時には日が傾いていた。
せっかくここまで来たのだし、と歩く。
「どこに行くんですか?」
小首を傾げ問いかけてくる、下に向かって垂れる横髪が可愛らしい。
内緒、と答えを返して目的地へ歩を進める。
「お洒落なお店ですね…!」
買った服に着替えればよかったかな、という囁きを背に受けながら、奥まったこじんまりとした佇まいの店に入る。
窓から見えている内装通り、小洒落た店、品目はパスタ。
席に案内される、奥まった二人用席、今日は空いている。
「その…こんなところでご飯とか食べたこと無くて…」
渡されたグラスをちびりちびりと口に運びながら伝えてくる。
言うほど畏まるような店じゃないよ、と伝えメニューを開く。
「うぅ…全然何がなんだかわかんないです…」
目を回しているが流石にミートソースぐらいはわかるだろう。
嫌いなものとかある?と聞いておく。
「んーたぬきとかですね」
一瞬固まり、笑いを堪えながら食べ物の好き嫌いがあるか再度尋ねると、顔を赤くする。
「特には…無いです」
グラスの水をぷくぷくっとしている。
旦那様と同じものにしますと言い、結果として出来立てのカルボナーラが二つテーブルの上に並ぶ。
「へぇ、こんなにチーズたっぷりなんですね」
フォークで小さな口へと運び、ちゅるちゅる吸う。
「うぅ…フォークだと食べづらいです…お箸は無いんですか?」
などと言う彼女の目の前でフォークで一口分巻くというのを実践して見せる、まさかパスタをフォークで食えないとは思わなかった。
「あー!そうやって使うんですね!」
早速巻いてみるも、明らかに大きい。
だが彼女はそれに臆さない、臆すべきではあるのだが。
小さな口へまた運び、押し込む。
「んっ…!んぅ…?!」
水を渡そうとしたが拒まれる、口の中はどうもそういう状況じゃないらしい。
必死に口の中のものを奥にやろうと、白い喉が動く。
「……ふぅ…死ぬかと思いました…やっぱりお箸がいいです」
ナプキンを取って、口の端から垂れるチーズを拭いてやる。
「んっ…あぅ…子どもじゃないんですから自分で…!」
いやいやする頭を追いかけぐしぐしと拭いてやる。
口に物詰め込みすぎて口から垂らしちゃうのに?なんていうのは黙っておく。
カルボナーラを平らげる、彼女もあとちょっとで食べ終わりそうだ。
食べ終わって一服つきはじめたこちらに、彼女が微笑んでくる。
「今日は一緒に買い物もできたしお食事もできて楽しかったです」
その笑顔を見れただけで価値があるというものだ、と彼女が微笑んだ表情のままだんだん赤くなっていく。
口を開く、少し震えている気がする。
「あの…今日やったことってその…デート、になるんですか?」
質問しているようだが、答えは彼女の中で出ているだろう。
今更気付いたのかい、と頭を撫でる。
「うぅ…それならちゃんとおめかししたりとかその心の準備とか…」
とてもじゃないが突然押しかけて、奥さんにしてください、なんて言うよりよっぽど気楽な事だよ。
「たしかにそうですね…!」
なんだか知らないが納得したようだ。
ぴんと耳が立つ音が聞こえた気がした。
*
ただいまーと玄関を開けて荷物を下ろす。
ちょっと休んでから整理しようかなと思った矢先、彼女が小さな箱、チョーカーの入ったそれを取り出し、そわそわしている。
「その…着けてもらって…いいですか?」
今も見えないが、尻尾がぶんぶんしているというのはわかる。
箱を手に取り、留め具を外して準備をする。
「ん…」
彼女が細い顎をくいっと上げ、白い喉をこちらに向けてくる。
身長差と、目を瞑ってるのも相まって…いや止そう。
両手を彼女のうなじへと回す。
「んっ、」
喉にチョーカーが触れ、吐息が聞こえる。
どのくらい締めるかを確認するようにゆっくりと狭めていく。
「あっ…そのくらいで…」
首をぴったりと回る長さで止められる、留め具を入れて手を離す。
ゆっくりと目を開き、首元をさすると、にっこりと笑った。
*
風呂を沸かし終え、リビングに戻ると彼女がお茶を淹れていた。
「そういえば聞きそびれてましたけど…」
座り、熱い茶を飲むと、こちらの隣に座りながら聞いてくる。
「その…デパートで何か買われてたようですが…」
あぁ!と思い出す。立ち上がり中身を取り出して見せる。
「…!」
彼女が驚く、それはデパートで見た、
「マネキンが着てたやつ…!」
マネキンが着てたやつ、ワンピースになっているカジュアルな浅葱色のフリルドレス風なそれ、を彼女に差し出す。
「えっ!?いいん…ですか?」
この家じゃ君以外着る人が居ないからね、と笑いつつ渡す。
「あっ、ありがとうございます!」
渡したそれを、着て見せてくれるかなと伝える。
「はい!ちょっと待ってて下さいね!」
と、脱衣所に向かい衣擦れの音が聞こえ、
「あっ…!」
何やら嫌な声も聞こえた、着替え終わって出てくる。
「うぅ…」
出てきた彼女を見る、とても似合っている、似合ってはいるのだが…問題がある。
「ちょっと…小さいです…」
ちょっとどころでなく、あまりにも…丈が際ど過ぎた。
「申し訳ないですけど…これは…」
もじもじと膝をすり合わせる。
「そういえばサイズ知りませんでしたね…」
明日換えに行こう、そう思いながら湯飲みに残った温い茶を飲み干した。