第4章 温泉まではまだ遠いので、一旦戻ることにします。
やあ、どうも俺です。
佐藤慶太郎、30歳独身、恋人いない歴生まれてから。
この度山中で事故りまして、宇宙人と名乗るちっさいおじさんにモルモットにされました。
で、惑星エニウェアって星に放り出されまして、神殿に色々お世話になりました。
修行の旅に出ていいよって言われたので、秘湯探索がてらダンジョンの街ラビリンツヴァイスにやって来ました。
秘湯はまだまだ遠いのです。
――……――……――……――
「それにしてもよく分からないねぇ。」
真っ青に染められた鬣も鮮やかな、2対の豪腕を持つ巨大な獅子、その名も青天車獅子の嵐の如き攻撃を捌きながらケイタロウがつぶやく。
少しでもタイミングを見誤り、捌き損なえば首がもげてしまうだろうに、あいも変わらず冷静だ。
その正確な動きと豪胆さに舌を巻きながら、ヒルダは答えた。
「何がでしょうか?」
「いやぁ、この迷宮だよ。
こうやって幻覚の守護者を用意してるところから見て、侵入者を排除する意図は感じるんだけどね。
でも元々この遺跡って、普通の街が何かの原因で山に飲み込まれたんだろう?」
「あ、はい。そう聞いています。
堕落し神の教えを蔑ろにしたことに怒った神が、罰を下されたとか。」
「うん、それならさ。」
ズブリと、獅子の化物の片目に剣を突き立てるケイタロウ。
彼は冷静に獅子の断末魔を聞き流しつつ、言葉をつなぐ。
「何で守護者は外に対して配置してるのかなって。」
「どういうことでしょう?」
「うん、罰とされたのなら、中に閉じ込めた人間を外に出さないようするはずだよね。
なら守護者は内側に向いてなければならない。
でも守護者を発生させる魔法陣は決まって内側だ。
つまり、守護者たちは外側に対して、侵入者に対して配置されていることになる。」
「つまり伝承とダンジョンに配置された守護者の意図が逆だと?」
「そう。
まるで街が自分からダンジョンの中に引きこもったみたいなんだよね。」
それならそれで、存在を隠そうとすると思うんだけど、とつなげるケイタロウ。
ヒルダはそんな彼の思考に驚いた。
神殿から伝えられた知識を真実として、伝承を鵜呑みにしてきた自分と違い、彼は自ら見たものを見たままに思考の材料とする。そんなあり方は幼い頃から盲目的に剣の道に進んできたヒルダにとって新鮮だったのだ。
――……――……――……――
”まぁ大部分の冒険者も、疑問に思いはするでしょうね。”
検討しようとしないだけでねぇ。
”彼らにとっては安全を確保しつつ、魔法陣の貴金属を採取するのが目的ですから、ダンジョンの成立や、配置の意図などはさほど重要ではないのでしょう。”
それは温泉目当ての我々にとっても同じこと。
ダンジョンの由来など、ぶっちゃけどうでも良いのです。
”ヒルダさんは修行目当てですので、あなたと一緒にしては可哀想です。”
ひどいなぁ。
個人の都合という点では同じじゃないか。
しかし、第二階層は広いなぁ。
守護者も多いし、ちょっと汗かくね。
ああ、風呂に入りたい。
”まぁメインストリートを通っているので、どうしても守護者は多くなりますね。
それよりそろそろ活動時間が5時間に達しています。
この辺で帰るか、キャンプの準備をしたほうが良いでしょう。”
よし帰るか。
先はまだ遠そうだし、秘湯には入れそうにない。
”あくまでも判断基準がお風呂なのですね。”
――……――……――……――
先導していたケイタロウが不意に歩みを止めた。
「そろそろ帰りましょうか。」
「いえ、まだやれます!」
「いやいや、そろそろ帰らないと日が暮れます。
疲労も蓄積するし、深くなれば守護者も強力になるようだ。
ここらで帰って、風呂に入りましょう。」
「でも……」
「よく言うじゃないですか。
『まだ行ける、はもう危ない。』って。」
そう言ってニコリと笑う。
ずるい、とヒルダは思った。
戦闘中は冷静で、眉毛一つ動かすこと無く機械のように精密な行動をする彼は、不意にこうしてあったかな表情を浮かべるのだ。
決まって自分が疲れていたり、弱気になったり、誰かに助けて欲しい時、彼はこうして手を伸ばしてくれるのだ。
それがなんだかとってもずるい、ヒルダは白い頬を真っ赤に染めてそう思うのだった。
――……――……――……――
なんかヒルダさん様子がおかしいねぇ?
”そうですね。あ、前方に3名、強いですよ。”
……疲れてるから勘弁して欲しいんだけど。
”向こうもこちらが疲労していると思っているからでしょうね。
後ろにも3名、囲んできました。”
勝ち目はある?
”向こうにですか?”
そ。大体わかった。
――……――……――……――
「ヒルダさん、ちょっと後ろ見ててね。」
なんだろう、と不思議に思いながらもヒルダはケイタロウの指示に従う。
ふと視界をよぎる人影に驚きながらも、体は冷静に剣を抜いていた。
「ケイタロウ様!」
ヒルダが警告を飛ばすと同時に、ピュッと笛のなるような音が2つ。
遅れて、ドタリと大きなものが倒れる音が2つ。
「ああ、そのまま見てて。もうすぐだから。」
そしてもう一つドタリという音。
「はい、おしまい……どうする、まだやるかい?」
ケイタロウの声は常と変わらず、ひどくのんびりと聞こえた。
ヒルダは、ひと目たりと前の状況を見ていない。
それでも背後から聞こえる音から、ケイタロウが賊を始末したのであろう情景が脳裏にありありと映される。
中央に行くと見せかけ、左の賊の喉笛を切り裂く。
驚いて硬直した中央の賊もやはり喉を切り裂かれ、仲間の体が邪魔になって動けない最後の賊の背後に周り心臓を一突き。
それを一呼吸の間にやってのけたのであろう。
ヒルダの背筋にゾクリと冷たいものが走る。
ケイタロウの強さに、ではない。
常と変わらぬケイタロウの声に、である。
ヒルダは学んできた。
常在戦場の心構えを。
それゆえに理解した。
常に殺し殺される覚悟を据えた人間は、これほどまでの恐ろしいのかと。
人は目から入る情報に大いに判断を左右される。
だがそれゆえに、彼女は初めて理解できたのだ。
黒衣の剣士、ケイタロウの異常さと、その強さを。
だが。
だが、それでも。
これほどに異常で、恐ろしい剣士と理解しても。
否。
理解したからこそ。
ケイタロウに惹かれずにいられない自分をまた認識するのであった。
――……――……――……――
なんか、ヒルダさんの様子が変なんですけど。
”何やら思い詰めているようですね。”
どうしようね、何言っても上の空だし。
”しばらく放っておくしかないでしょう。
彼女の中で結論が出てない問題ですから。”
どういうこと?
”乙女はいろいろ大変なのです。”
――……――……――……――
金貨480枚……それが今日一日の二人の収獲であった。
あれやこれやの守護者に総当りしただけのことはあり、熟練の遺跡潜りが一回の行軍で稼ぐだけの金額を叩きだしたことになる。
これは当然ラビリンツヴァイスでも新記録であり、遺跡潜りたちがくだを巻く酒場ではちょっとした騒ぎになった。
当然こんなことに慣れていないヒルダは目を白黒させていたが、ケイタロウが
「今夜の酒代は俺達が持つよ、じゃんじゃん騒いでくれ!」
といった途端にお祭り騒ぎになり、もみくちゃにされながら、次々と乾杯させられた。
こんな成功もお祭り騒ぎも、何もかにもが新鮮でヒルダはただただ翻弄されるだけだった。
宴会が一段落して部屋に戻った彼女は、酒に霞む意識の中で思う。
優しいケイタロウ。
強いケイタロウ。
世慣れたケイタロウ。
そして、機械のように底知れない、恐ろしいケイタロウ。
自分は果たしてどの彼に惹かれているのだろうか、と。
もはや誤魔化しは効かない。
自分は彼に惹かれているのだ。
強さをくれた彼に。
助けてくれた彼に。
そして得体のしれない彼に。
考えれば考えるほど、彼女の思いは渦を巻き、ぐるぐると回って踊り出す。
どうしてもどうやってもその踊りは止まらないので、彼女は流れに任せることにした。
いずれにしろ。
いずれにしろ、自分は。
彼が好きになってしまったのだと。
そう自覚してしまったから。
やがてすぅすぅと安らかな寝息を立てて彼女は眠り始めた。
明日もまた、彼とともに修行に励むこと出来る幸せを噛み締めながら。
一応最後の4話です