第3章 綺麗な女性に誘われたので、修行にお付き合いします。
やあ、どうも俺です。
佐藤慶太郎、30歳独身、恋人いない歴生まれてから。
この度山中で事故りまして、宇宙人と名乗るちっさいおじさんにモルモットにされました。
で、惑星エニウェアって星に放り出されまして、神殿に色々お世話になりました。
修行の旅に出ていいよって言われたので、秘湯探索がてらダンジョンの街ラビリンツヴァイスにやって来ました。
”ただいま女戦士さんとゴーレム戦です。”
――……――……――……――
「じゃ、準備出来たら始めようか!」
彼は、そういってゴーレムにさらに接近する。
ゴーレムの主要武器である両腕の間合いを外し、魔剣で急所を狙う構えだ。
見るからに危険であり、正確な機動と恐怖に打ち勝つ胆力がなければ選べない戦法だ。
いつか見た時のように、その表情に余裕はない。
されど緊張もない。
私はそれを視界の隅において駆け出す。
彼が示した、背中の急所を狙うために。
そして、よく出来たゼンマイ時計が時を刻むように、的確に淀みなく弛むこともなく、鋼と死の舞踏が始まった。
――……――……――……――
”右右左、半歩下がって一、二の攻撃。ハイ!”
右右左、半歩下がって一、二のドーン!
”左右右下って右、反転、攻撃。ハイ!”
左右右下って右、くるりと回って、ドーン!
なんかリズムゲームやってる気分です。
ちょっと楽しくなってきちゃった。
”相手の速度が遅いので、イージーモードですね。”
そうだねぇ。
あれ、騎士さんどうした?
”さっきから反転と回りこみを多用しているので、ついて来れないようです。”
ああ、ついつい楽をしちゃったねぇ。
よし、なるべく相手を動かさないように誘導してみるか。
”難易度が高くなりますよ。”
油断しなきゃ大丈夫でしょ?
”ホルモン調整があるから油断もしませんね。”
それは止めていただきたいが、仕方ないか。
それじゃいこうか、ハードモード。
”いえノーマルモードです。”
ぷ。
――……――……――……――
機動力、移動力こそ鈍重であるが、この重量級ゴーレムは極めて危険だった。
主要武器である腕だけ見れば良いというのではない。
体当たり、踏み潰し、頭突き、体のあらゆる部位を用い、必殺の一撃を放ってくるのだ。
当然腕もただのパンチにとどまらない。
振り上げ、振り下ろし、突き、肘打ち、裏拳など、およそ人間ができる動作は全て駆使する。
洗練と言うには遠いといえど、その打撃力とあいまって非常に恐るべき武器といえるだろう。
だがそれを、黒衣の剣士はただの一度も止まることなく捌いていく。
それどころか、隙を作っては痛撃を加え、着実に一つ一つ装甲を剥ぎとっていくのだ。
ブリュンヒルデは、懸命にゴーレムの背後に回りこみ、その急所である核を破壊しようと試みる。
だが、黒衣の剣士を追うゴーレムの動きに翻弄され、確実な一撃を与えられずにいた。
それでも彼女は、下唇をかみ、必死に食らいついていく。
彼は彼女の一撃を待っている。
それを任されたのだ。
そして必死でゴーレムを追う彼女と、彼の視線が交錯した。
!
驚くべきことに、黒衣の剣士は微笑んだ。
その微笑を認識した一瞬、ブリュンヒルデの心から焦りが消えた。
恐れも、焦りも、春の日ざしに触れた雪のようにすうっととけて、残るは波ひとつない穏やかな心。
世界から音が消える。
ゴーレムの動きが止まる。
その背後に、赤く輝くルビーが目に入る。
彼女の剣が吸い込まれるように放たれた。
――……――……――……――
機動を切替た瞬間、騎士さんと目があった。
彼女の綺麗な両目が大きく開かれ、力強く煌めいた。
次の瞬間、何をどうしたものか、騎士さんの剣がゴーレムの核を叩き斬っていた。
おや。
”おや。”
決まったね。
”決まりました。”
思わず拍手。
あれ、騎士さん、何を呆けてるんだ?
もしもーし。
――……――……――……――
パチパチと手を叩く音がする。
だけどブリュンヒルデには何が起こったのかわからない。
戦いの最中、黒衣の剣士と目が合った。
彼が微笑んで、力が抜けた。
心から雑念が消えて、全てが見えた。
ブリュンヒルデは突きを放った。
何度も何度も繰り返し、おのが血肉とした得意技を。
ああ、私が、倒したのか。
この巨大で、頑丈で、恐ろしい敵を。
この私が。
初陣から失敗を重ね、未熟で情けない、この私が。
喜びと驚きと、戦いが終わった安心とで呆然としていたブリュンヒルデは、自分を不思議そうに覗きこむ黒い瞳に気づいて赤面した。
――……――……――……――
ねぇ、騎士さん前に会ったよね。
ウン、そう、洗礼の洞窟。
あ、ブリュンヒルデさんて言うんだ、綺麗な名前だね。
”また赤面していますね。”
あがり症なのかね?
あ、失礼しました。
俺はケイタロウ・サトウっていいます。
そう、ケイタロウが名前。
変わったお名前?
ああ、この辺じゃないかもねぇ。
言いにくければ適当に呼んでくれたらいいよ。
え、ケイタロウ様?
いや、嫌じゃないけど、なんか照れるなぁ。
それで騎士さんはなんでこんなところにいるの?
へぇ、自分を鍛え直すためにねぇ。
偉いなぁ。
”おやおや、また赤面していますよ。”
人と話すのが苦手なのかな。
その気持はわかるなぁ。
俺?
ああ、神殿からは修行の旅ってことで許可をもらってるよ。
実は内緒だけど、ここには風呂に入りに来たんだよ。
あ、やっと笑った。
かわいい人だな。
――……――……――……――
まさか黒衣の剣士様に会うなんて……と緊張で身を固くしていたブリュンヒルデは、やっとの思いで名を名乗り、修行のやり直しをしていると伝えた。
黒衣の剣士は、名をケイタロウといい、やはり修行の旅だという。
憧れの人に出会い、かねてよりの念願だった名前を交換して、すっかりカチコチになった彼女を見て、ケイタロウは実はね、ととっておきの秘密を囁くようにいった。
自分は風呂に入りに来たのだと。
その言葉を理解し、思わず吹き出すブリュンヒルデを見て、優しく微笑むケイタロウ。
ブリュンヒルデはようやく体の力を抜き、自然に話せるようになった自分を自覚する。
そうか、ケイタロウ様は緊張している私のためにあのような冗談を……
彼女は改めて、強さと優しさを兼ね備えた素晴らしき剣士だとケイタロウを評価するのだった。
――……――……――……――
そうですか、それならご一緒させてくださいって?
いやぁ嬉しいなぁ、こんなに若いお嬢さんが温泉に興味持ってくれるなんて。
何なら一緒に入っちゃう?
な~んて、セクハラだったかな。
”いや修行の旅だと思います。”
ですよね~。
まぁ笑いを取れたみたいだから良しとしましょう。
”セクハラにパワハラが重なって立派な事案ですね。”
ヒィ怖い怖い。
ブリュンヒルデさんが心広くてよかった。
え、ヒルダって呼んでください?
いいの?
じゃぁヒルダさん。
うん、何か用かって?
ただ呼んでみただけ。
え、なぁに?
私も呼んでみただけ?
あはは、お茶目さんだなぁ。
”なんかうぜぇ。”
――……――……――……――
というわけで寄り道してましたけど、メインストリートに戻ってきました。
温泉までは近いし、ガーディアンも丸のまま残ってるし、修行には持って来いでしょう。
それじゃ、最初は俺が先頭に立つから、後ろから動き見ててね。
そう、最初は攻撃しないで相手の様子見るの。
相手の攻撃の癖というかパターンというか特徴があるからさ、攻撃するのはそれが分かってから。
ウン、俺が相手して様子見てもらってから解説するよ。
大丈夫大丈夫。
ゲームと同じで繰り返せばちゃんと強くなるって。
そうだね、自分でやってみるのも大事だけど、癖がどうしてもついちゃうからさ。
最初は面倒でも、上手い人の真似をしたほうが上達が早いよ。
”偉そうに解説してますけど、リズムゲームと同じ感覚で言ってますね。”
いいじゃないか、たまにはいい格好したって。
お出てきた出てきた。
リザードマンだね、このトカゲの化物。
ほら鱗の色が違うでしょ、あれって年食ってる証拠だから。
長く生きてた分強くてタフだよ。
基本的には騎士さんと同じ、防御を固く固めて、様子見てからブンッと攻撃してくるんだ。
力も強いし武器も重いから、命中したら相当痛いよ。
ただ武器が思い分、振り切った後に隙ができるんだ。
だから、こうやって、右左右左、と左右に振り回してやって、苛つかせて……
ブンッ
ほらね、苛つくと焦れて攻撃するでしょ。
これをさっきみたいに半歩ずれて回避する。
もう一度やるよ。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ。
このリズムを覚えたら回避はそう難しくないから。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ。
ね、簡単でしょう。
よしそれじゃヒルダさんもやってみようか。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ。
いいよ、いいよ!
その調子、その調子!
じゃ次ね。
ブンッって来たら合わせて攻撃してみて。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ、攻撃……って感じ。
そう、やってみる?
いいよ、いつでもフォローするから。
右左右左、半歩ずれて、ブンッ、スパッ!
右左右左、半歩ずれて、ブンッ、ドスッ!
おお、いい調子いい調子!
その調子であと10回位入れてみて。
大丈夫、落ち着いていけばやれるから!
”おやおや、なかなかやりますね。
この調子ならリザードマンはクリアできそうですね。”
おお、すごいすごい。
ひょっとして俺ってコーチのセンスあるのかも?
”副脳というカンニングペーパーあっての指導ですが。”
はいはい、副脳くんのおかげです。
ありがとう。
”どういたしまして。”
――……――……――……――
ブリュンヒルデ、いやヒルダは目の前の光景が信じられなかった。
ベテラン騎士3名掛かりでようやく対応が可能だと言われる、リザードマンチーフを自分一人が翻弄しているのだ。
ほんの僅かにケイタロウの動きを見、指導を受けた。
ただそれだけだというのに、まるでウソのように相手の動きが見える。
右左右左、半歩ずれて、攻撃を捌き、打撃を入れる。
基本はただその繰り返し。
なぜだろう、リザードマンとはこれほどに弱かっただろうか。
それとも自分はこれほど強くなったのだろうか。
いやどちらも違う。
ケイタロウがいるからだ。
ケイタロウが自分のそばに居てくれる、ただそれだけで自分の心は落ち着く。
心が落ち着けば、今まで見えなかったものが見えてくる。
心が静まれば、今まで出来なかったことが出来るようになる。
ただそれだけ、それだけのことだけど。
ヒルダは、まさに蒙を啓かれた思いだった。
――……――……――……――
ヒルダさんって筋が良いねぇ。
あるいは天才って彼女みたいな子なのかもなぁ。
”今まで如何に鍛錬してきたかがわかりますね。
地力が高いので、ちょっとコツを教われば身につけることができるのです。”
なるほどね、努力は人を裏切らないってわけだ。
さ、とりあえず2階への階段が見えてきたし。
このままドンと行っちゃおうか。
4話完結予定の第3話です