第2章 ダンジョンで苦戦する人がいたので、手伝ってみます。
やあ、どうも俺です。
佐藤慶太郎、30歳独身、恋人いない歴生まれてから。
この度山中で事故りまして、宇宙人と名乗るちっさいおじさんにモルモットにされました。
で、惑星エニウェアって星に放り出されまして、神殿に色々お世話になりました。
修行の旅に出ていいよって言われたので、秘湯探索がてらダンジョンの街ラビリンツヴァイスにやって来ました。
”いよいよダンジョン探索ですね。”
――……――……――……――
おや明るい。
”第1階層は地上に出ていますし、外からの光がふんだんに取り入れられる構造のようですね。”
外の森は鬱蒼として昼日中でも薄暗いのに、このダンジョンの中の緑はいい感じに剪定されてるのか、淡い緑の葉を通して光が降ってきてすごく綺麗です。
白い回廊にも映えて、庭園のようですね。
外から見た感じだと、ほら、あれ、カンボジアの仏教遺跡。
”アンコールワットですか?”
ああ、そうそんな感じかと思ったんですけどね。
ガチャン、ガチャン。
”50m先から動体反応。”
なんだろ?
回廊の角を曲がって現れたのは、遮光式土偶を平べったく潰したような愛嬌のある姿。
時折立ち止まっては木を剪定し、切り取った枝葉を吸い込んでいきますね。
ゴーレムってやつ?
”記録した行動パターンに基づき、サイコキネシスで動かす泥人形ですね。”
ほうほう。
超能力の世界でのゴーレムはそうなんだ。
”プログラムを記録した宝石か貴金属が体のどこかにあるので、それを破壊すれば止まりますよ。”
うーん、お金目当てで潜ってるんじゃないしね。
俺の目的はあくまでも癒しの泉ですよ。
攻撃しないんなら放っときましょ。
――……――……――……――
百年回廊と呼ばれているそのダンジョンは、その異名の通り非常に沢山の回廊が大きく広がった空間に幾重にも重なって構築されている。
それらはことごとく白い大理石で作られ、季節の花や鳥、風物の精緻な彫刻で飾られている。
それら古の魔術で固定されており、所々に金銀が配され非常に美しい。
また特筆すべきはゴーレムによって整備された緑だ。
それは大陸各地より取り寄せられた美しくも珍しい草木であり、黒く鬱蒼とした土地の森とは一線を画すものである。
だがいかに美しくともここは古代の迷宮。
古に仕掛けられた幾つものガーディアンにより無粋な侵入者は倒され、力尽きる。
ガーディアンは偽り、幻と知っていたとしても、古の魔術による幻覚は現実を容易に凌駕する。
その幻に因る死は、たとえ血の一滴も流さずとも、その心を殺す。
この迷宮を訪れる者にとって、この楽園のような美の中で死ぬことは、何ら慰めになるものではない。
だがそれでも冒険者はここを訪れる。
ある者はガーディアンを創りだす無数の宝石を求め、ある者は失われし古代の知識を求め、そしてあるいは己の力と技を鍛え直すために。
ブリュンヒルデと呼ばれた元騎士がその1人であった。
青と緑の異なる双眸が印象的な美しき女戦士である。
初陣での敗北、単身挑んだワーム討伐の失敗を経て、騎士としての意識すら捨て、無から再修行するために彼女は単身百年回廊を訪れたのだ。
二つの敗北を通じて、彼女は確かに成長していた。
単調で愚直な戦術を改め、状況を見、よく準備し、考え、時には撤退すら選択する。
戦うものとしての当たり前の精神をようやく身にした彼女であった。
思えばこれまでの彼女は、いつも前のめりであった。
それは失敗に囚われぬ生き方ではあるが、己を顧みない危険な生き方でもある。
故に敗北した。死にかけた。黒衣の剣士がいなければ。
彼女は悔い、反省し、そして己を見つめなおした。
自らに不釣合いの鎧を捨て、身軽になり、ようやく彼女自身となったのだ。
彼女は挑む、百年回廊という名の己の影に。
それを乗り越えた時、きっとあの人、黒衣の剣士に出会えるように思えたから。
――……――……――……――
グルルルルウウ。
”いつもながら状況描写が下手ですね。”
うるさいです、副脳くん。
だってそう聞こえるんだから仕方がないでしょう。
俺の目の前にいるのはどでかい猫、ではなくトラです。
なかなかの迫力だけど、所々のパーツパーツを見ると猫に似ててちょっとかわいい。
地球のトラと違って、毛がフサフサモコモコなので、余計に猫に見えるのかもしれません。
かわいいよね長毛種の猫。
ただ臭いがねぇ。
”いかにも生肉食べてます、という口臭ですね。生臭い。”
はい、俺は猫カフェとか行って、猫の口臭嗅いで顔しかめた口です。
なんでそんなことするのかって?
猫が口開けた時に息吹き込んでやると、すごく戸惑って困った顔するのが面白くて。
あ、良い子は動物をいじめちゃいけませんよ?
”それはひょっとして、あなたの口臭がひどかったからでは?”
おいやめろ。
割と傷つくから、本当にやめろ。
あ、なんかフーフー言い出した。
”威嚇しているんですね、本当によく出来ています。”
本当にねぇ。
予め知ってても、これが幻覚だなんてわからないよ。
いつものホルモン調整がなきゃ、絶対パニック起こしてるって。
さて、じっくり観察できたことだし、消しちゃいますか。
”テレパス始動。
システムの核を発見、右前方10m。”
あいよ、このへんかな。
ゴリゴリ、っと。
オー、音もなく消えた。
でかい猫が消えたあとはガランとした部屋に結構大きな魔法陣。
まぁ正確には幻覚を動かすプログラムってとこらしいです。
幻覚って要はテレパス、テレパシーなんですよ。
これで相手の脳みそに情報を送り込んで、実際とは違うものを錯覚させるんですね。
だからそのプログラムを壊してやれば幻覚は消えるわけです。
戦って勝って、「俺は化物を倒した!」って認識してしまっても消えちゃいますけど、傷ついたり疲労したりはするんですよね。
だから、テレパシーを逆に辿ってプログラムの在り処を探り、壊してしまえば怪我もせずに楽なのです。
”戦闘訓練にはなりませんね。”
いいんです。
俺は風呂に入りに来たのであって、強くなりに来たわけじゃないのです。
ええと魔法陣だと、真ん中と端っこのあたりかな?
丁寧に調べてみると、キラキラした宝石が床に埋められていました。
ゴリゴリと周囲の石を削って外します。
これでよし。
”合わせて金貨60枚くらいになるでしょう。”
結構な額だなぁ。
でもこれでクラウディア母ちゃんのお金に手を付けずに済むね。
”お金はお金ですので、有効活用してもよいのでは?”
遊興費に、母ちゃんからもらった大金使えるわけ無いでしょ。
見た感じこの通路は誰も来てないみたいだから、宝石が丸のまま残っていたのかな。
”セキュリティもすべて残っているでしょう。”
そうか、厄介だなぁ。
でも『百銘湯』に記述されたルートだと、ここが近道というかメインストリートなんだよね。
なんでみんなわざわざ細くてわかりにくいルートで潜っていくんだろ?
”セキュリティを回避してのことでは?
このルートに入ってから、明らかに幻覚の精度も、脅威度も上がっています。
ホルモン調整の頻度も程度も上げてますしね。”
それだけ怖いんかい!?
全然わからんかったわ!
”ふっふっふ。私も腕を上げましたね。腕はありませんが。”
だからそういうボケはいらん。
ヴンッ。
ん?
”西の方向500m先で、動体反応を確認。”
――……――……――……――
ヴンッ。
下腹に響く重低音とともに、ゴーレムがゆっくりとこちらを振り向く。
全身に刺青のように施された文様が浮き上がる。
これは隕鉄を利用した魔法陣で、大半の奇跡を打ち消してしまう。
第1階層の設備を補修している、番人共の世話役がその本性をむき出して冒険者に牙を向いたのだ。
「え、幻覚じゃねぇ?」
「おい何してる!
そいつはほんとうの意味で化けもんだ、逃げろ!」
「ま、待ってくれ兄貴、こ、腰が抜けて……!」
いかにも新兵めいた二人の冒険者が逃げ遅れ、ガタガタ震えながら槍を突き出す。
だがそんな軟弱者の武器など、この守護者には通用しない。
土塊で出来た腕で無造作に2本をまとめて叩き折り、冒険者ごと弾き飛ばす。
床にたたきつけられた彼らめがけ、その丸太のような巨大な腕を振り上げ……
ガツンッ。
背後からの一撃に、ゴーレムはそのまま振り返った。
そこにいたのは、革鎧に身を包んだ女戦士、ブリュンヒルデ。
「何をしている、早く逃げなさい!」
「は、はい!」
「恩に着ます!」
ブリュンヒルデに注意を引かれた隙に脱兎のごとく逃げる冒険者達。
これで良い、ともかくあの二人は生き延びる。
あとは、自分が逃げるだけ。
「それだけですが、なかなか厳しいですね。」
先ほどの全力の一撃でも、わずかに表面を削っただけ。
とても泥で出来ているとは思えない硬さだ。
「すきを見て、細道に飛び込むしかないですね。」
言うのは簡単だ、と自分でも思う。
それが非常に難しいことは十分にわかっていた。
それでも、それでも彼女は生還を諦める気はなかった。
――……――……――……――
”おやおや、無茶をする人ですね。”
でもあの若い二人のために、体を張ったんだ。
偉いよ。
”そうですね。
それに彼女自身の生還の可能性も3割程度あります。”
低いな。
”彼女が無傷で生還する可能性を、85%程度にまで引き上げることができますよ。”
方法は?
”剣を抜いて突っ込みましょう、突撃です。”
そういう答え、待ってました!
俺は、副脳くんが示す見取り図とゴーレムの予想進行路に従い突っ走る。
若干の微調整は必要だったけど、ほぼ想定通りに彼女とゴーレムの間に割り込むことができた。
ゴーレムの攻撃はその巨大な両腕が主体で、呆れるほど堅い。
ま、特大ワームに比べりゃマシだけど。
こういうデカブツ相手は、ヒット・アンド・アウェイが基本だ。
ワーム相手に鍛えられた経験を活かし、俺は戦闘予知を起動して回避戦に備える。
”テレパス始動。
システムの核を発見、背面中央。”
「や、また会ったな。」
「黒衣の剣士様……!」
「ごめん、ちょっと忙しいもんでお願いがある。
こいつが俺と遊んでる間に背中側に回って、魔法陣だか宝石だかの核を潰してくれる?」
「は、はい!」
「じゃ、準備出来たら始めようか!」
4話完結予定の第2話です。