閑話 シャドー達 3
ナイトクラブは大人の社交場である。
営業職をしていたときは、この場所に様々な人物と訪れた。
しかし、今の自分はどうだ。
生きがいにしていた仕事を見下していた同僚に奪われ、結婚を考えていた女も取られた。
果ては愛人にと考えていたバラも平田の紹介で鈴木と面識をもったらしい。許せない鈴木を許せない。
しかし、女とは不思議なものだ。営業職を奪われ出世街道から外れた俺に声をかけてくるなど。
「いらっしゃい壺井さん」
望までは行かぬまでも、大人の色香を漂わせるバラは間違いなく美人だ。
そのバラが俺を元気づけるために態々店へ招待してくれた。
お金はいらないから飲みに来てとバラの方から言ってくれたのだ。
やはり俺は終わってなどいない。
「ああ。今日はお招きありがとう。これ。つまらないものだけど」
そういって薔薇の花束をバラに渡す。
彼女は名前の通り薔薇が大好きだと言っていた。
「あら。こんな気を使わなくもよかったのに。でもありがとう」
彼女は受け取りながら笑顔で、お礼を言ってくれる。
それだけで嬉しくなってしまう自分に、総務課に行って自分も丸くなったかと思った。
営業課に居たときに自分ならば、こんな演出は当たり前で、女性の表情など見ていなかった。
「君からの招待だ。手ぶらというわけにもいくまい」
営業時代に来ていた高級スーツと腕時計。
総務課では座りっぱなしで皺になるので、来ていなかったが取って置いてよかった。
「ふふふ。相変わらず壺井さんは素敵ね。でも今日は私が招待したのよ。楽しんで行って」
そういうとVIPだけが入れる個室に通された。
一晩で100万以上使うものだけが入れるVIPルームに入るのはもちろん初めてのことだ。
「今日は私の奢り。壺井さんには元気になってもらいたいから」
そういうとワインが運ばれてくる。
「じゃ乾杯しましょう」
「何に乾杯だ?」
「今晩という日に」
「それなら……乾杯」
いつぶりだろうか。
人と酒を飲んで楽しいと思ったのは、いつぶりだろうか、幸せだと思えたのは。
「こんな幸せが世の中にあるなんてね」
酒が進むにつれて、愚痴ではなく。
バラといる時間が幸せだと思えるようになってきていた。
「もっともっと幸せになりましょう」
バラは開いたグラスに酒を注いでいく。
ワインは二本開き、グラスが変わって酒が注がれることを壺井は認識できずにいた。
「ねぇ、壺井さん。私は思うの。あなたは救世主になれるって」
「救世主?」
「ええ。だってヒーローって怪人を倒すことしか考えてなくて、一般市民である私達のことなんて考えてないでしょ?」
「そう……かな……」
虚ろな瞳で壺井はバラの言葉に頷き返す。
「それにね。壺井さんの気持ちを私は分かるの。その鈴木って人本当に酷い。壺井さんの方が優秀なのに」
「俺の……方が……優秀???」
「そうよ。優秀よ。会社どころか地球全体を救えるぐらいあなたは優秀」
「そうか……俺は世界を救えるほど優秀なのか……」
虚ろな瞳に光が宿る。
バラは確信めいた笑みを作る。
「そう。あなたは優秀な人。ねぇ壺井さん。私のお願い聞いてくれない?」
「おねがい?」
「そう。お願い。あなたの会社の見取り図とロボットの研究データ。後はヒーローについて分かる書類なんかあると嬉しいのだけど、どうにかならない?」
「重要書類を……」
「ええ。優秀なあなたならどうにかできるんじゃないかしら?」
「優秀な俺なら……」
「そうね。あなた一人でダメなら、あなたに手下を付けるわ」
「俺に手下?」
「ええ。入っていらっしゃい」
入ってきたのは身長の小さな男と大きい男の凸凹コンビだった。
二人ともこの店の黒服を着ており、バラに呼ばれて入ってきた。
「この二人はマサとデク。あなたの指示で動くは」
「俺の手下……俺は優秀……」
壺井がまたも虚ろな瞳に変わったところで、バラはデクに合図をして、外へと連れ出す。
バラの仕事はこれで終わりだ。ここから壺井を使ってマサの仕事になる。
「あの子達はどうしてるの?」
去って行く黒服二人にバラが声をかける。
「あいつらは弁当屋で働いているらしいですぜ。なんでも中小企業に配達してるらしい」
「あの子達もあの子達で頑張っているのね」
バラは嬉しそうに笑い。二人を見送った。
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