薔薇
【薔薇】ばら科の落葉低木の総称、また特に、野生種を改良した、つる性の観賞用植物。一般にとげがある。花は美しく、色や形も様々。芳香のある品種は香水の原料。野生種は日本でも身近な植物(大方はノイバラ)だった。明治以降、輸入のモダンな花として園芸種が広まる。しょうび。ローズ。いばら。
鈴木は前にバラから渡された名刺を取り出す。
「なんですか、それ?」
隣に座っている望に覗きこまれて、説明しても不機嫌な望を宥めながら、バラに連絡を取る。
名刺の裏に携帯電話の番号が書かれていたのだ。
「もしもし、中小企業の鈴木です。こんな時間にすみません」
夜の仕事をしている女性に昼間に連絡するのは失礼かもしれないと思い、鈴木は謝罪を含めた。
「あら、鈴木さん。こんにちは。あなたから電話を頂けるなんて嬉しいわ」
バラから社交辞令のような挨拶を返されつつ、鈴木は本題に入ることにした。
「バラさんにお聞きしたいことがあるのですが、壺井を壺井 浩孝を知りませんか?」
「壺井さん?えっと鈴木さんと同じ会社の壺井さんのことよね?」
「そうです」
「しばらくお店には来てないみたいだから、知らないけれど。壺井さんに何かあったのかしら?」
「ええ。壺井を探していまして、もし彼がバラさんのところに行くようなら僕に連絡いただけませんか?」
「別にかまわないけど、その代りにお店に来てくれるんでしょ?」
「お礼は必ず」
「ふふふ。わかったわ。お待ちしています」
鈴木はバラとの連絡を切り、平田に会話の内容を伝える。
望みは聞いているのだが、頬を膨らませているので、聴いているのかわからない。
「とにかく一度社に戻ろう」
鈴木の言葉で、平田は車を中小企業に向ける。
すると望のスマホが鳴り出す。
「あっ、ちょっと止めてもらっていいですか?」
怒っていた望が、スマホと見つめる。
いつも望にかかってくる番号だ。鈴木は誰なのか聞いたことはない。
「すみません。用事ができたので、私はここでおります。課長。このまま早退してもいいですか?」
「ああ。大事な用事なのだろう。かまわないよ」
「ありがとうございます。でも先ほどの話は今度じっくり話しましょうね」
お礼を言いながらも目は笑っていない望に背すじが寒くなるのを感じて、鈴木は身も凍る思いがした。
「平ちゃん出してくれ」
望を見送った鈴木達は車を走らせ、中小企業に戻ってきた。
「鈴木君!どこに行っていたんだい」
社に戻ると前川が鈴木を探していたらしく。
すぐにロビーにやってきた。
「どうかしたんですか?」
「どうやら、壺井君が社に戻っているんだよ。誰かのIDカードを使って中に入ったようなんだ。監視カメラに写っていたんだが、現在どこにいるのか……とにかく現在は各仕事のデータのバックアップを取らせて取れた者から帰らせているんだ」
ビルごと移転するかもしれないため、データは会社側と自身の二つでバックアップを取ることしていた。
派遣社員は早々に帰らせ、現在残っているのは社員だけだ。
「壺井はどこにいるんですか!」
「それを探すのが君の仕事だろう」
「私は避難誘導に努める。あとのことは頼んだよ」
「わかしました」
前川が他の社員の下へ向かったので、鈴木と平田は各フロアを点検していく。
「我々二人では手が足りませんよ」
「仕方ないだろう。我々以外の者は会社のデータや貴重品を持ち運んでくれている。それ以外にも様々な動きで皆忙しいんだ」
「それは分かっていますが……」
一回から五階までを見終り、もう一度営業課のフロアにきたところで声が聴こえてきた。
「テレビか……」
休憩所でテレビがつけられたままになっており、その中では戦隊ヒーロー達がバラの花を模したような怪人と戦っている。
棘を飛ばしたり、幻惑の香らしき花粉を吹きだす。
「どんどん怪人も化け物じみてきたな」
今までの人間っぽい怪人ではなく。
ほとんど化け物にしか見えない姿に、鈴木はしみじみと怪人の進化に溜息を吐く。
「課長!来てください」
平田の声を聞いて、テレビを消して向かう。
「ガンバレ、ヒーロー」
呟くようにヒーローを応援し、休憩所を後にした。
「どうした平ちゃん」
「どうやら、壺井さんは地下に降りたようです」
「地下だって!しかし、あいつのIDではエレベーターは開かないだろう?」
「どうやら別の人のを使ったようなんです。さっきは気付きませんでしたが、エレベーターの前に壺井さんのIDが落ちていて」
平田に言われて平田の手元を見れば確かに壺井のIDを持っていた。
「何階にいるのかわからない。とにかく手分けしてみよう。平ちゃんは上から、俺は下から見ていく」
「わかりました」
壺井は平田と共にエレベーターに乗り、人が作業できる地下10階で平田を下し、鈴木は地下50階に降りる。
地下50階はブレインの住まいでもあるので、安否の確認も兼ねてブレインの部屋に向かった。
「ブレインさん!大丈夫ですか?」
「鈴木さん。もう少し静かにお願いします」
いつもと変わらない薄暗い部屋がそこにはあった。
半日前に訪れたときと変わらない空間だった。
「事情はだいたい把握しています。私も何かあれば転位できるように用意していますのでご安心ください」
「そうですよ。よかった。それで壺井の居場所はわかりますか?」
「残念ながら……彼がこの地下に降りてきたところまではエレベーターで確認したのですが。地下30階で降りたあとはわかりません」
「そうですか……とにかくありがとうございます。それと本当に何かあれば逃げてください」
「そうさせてもらいます」
ブレインと別れ、鈴木は地下30階を目指して、エレベーターに乗り込む。
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