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ゆめとうつつ

 夕陽が眼前の海を照らす光景は、江ノ島ほどの賑わいを見せてはいないものの、美しさではひけを取らない、と美夕紀はどこか誇らしい気持ちになった。同時にそんなことを思った自分に気恥ずかしさを感じて照れ笑いを浮かべて俯いた。鞄の中に手を突っ込んで乱暴にペットボトルを取り出すとフタを回す。ごくりと喉を鳴らしてオレンジジュースを飲み込むと海道沿いを歩きはじめた。日が沈むまでは海の近くを歩くつもりだった。


帰り際、商店街の中にある肉屋に同級生が3人で並んでいた。きっと評判のコロッケを買いに来たんだろう。私にもあんな友達がいたらなあ。横目にその行列を通り過ぎる。


 家の近くの自動販売機横にあるゴミ箱にペットボトルを投げ込むと、芝生の生えた庭に目を向ける。首輪を付けた猫と目があった。そのまま見つめ合う。猫が顔を背けて草むらへと消えた。最後に嫌な顔をしたように思えたのが美夕紀には愉快だった。


 我が家はこの辺りには珍しく洒落た外装だ。昔ながらの日本家屋や平屋が多いため一層モダンに見える。数年前、まだ小学生だった頃に引越しと同時に建築されたこの家が美夕紀は好きだった。何だか周りから仲間はずれにされているような雰囲気を除けば。

 玄関のドアを開けると幸せな香りが鼻に漂った。シチューか、それとも。居間にはいつものように母の葉子がキッチンでせわしなく動いていた。

 「ただいま、今日の晩御飯なに?」

 「おかえり!今日はハヤシライスを作ってみたの。あんまり作ったことないから。」

 予想とそこまで遠くなかったな。でも確かに、ハヤシライスは珍しい。 

 鞄をソファーに放り投げると洗面台へ向かい、ハンドソープではなく石鹸でしっかりと手を洗う。この家で石鹸で手を洗うのは美夕紀だけだった。なんとなくその方が綺麗になるような気がしたし、それよりも石鹸で洗った手の匂いは清潔そのものに思えるからだった。お気に入りであるスマイルマークの石鹸入れに石鹸を戻すと手をすすいで、掛けてあるタオルで手を拭いた。タオルは色鮮やかなオレンジで、帰り道に眺めた海を思い出させた。石鹸の匂いと海の光景が混ざってさらに素敵な記憶になるような気がした。


 居間に戻るとソファーに深く腰掛け、鞄の中からスマートフォンを取り出す。画面には今日の休み時間に読んでいた小説が映し出された。美夕紀は少し画面を見つめながら、話のあらすじを思い出していた。

 お気に入りの作家が書いたお気に入りの探偵小説。ハードボイルド作家のはずなのだが、少年向けに書いたこのシリーズが美夕紀は好きだった。リュウ、という名前の高校生が主人公の探偵小説は、自分がまだ生まれる前に一度シリーズ完結したものの、最近また新作が発表され始めた。小説の主人公に恋するほど美夕紀はのめり込んではいなかったが、リュウのキャラクターが好きだった。おちゃらけていて、でも時には真剣で、それでもユーモアは忘れない。こんな風になれたらいいのに、憧れに近い気持ちがページをめくらせる。


 夢中で読み耽るうち、玄関のドアが開く気配がした。どうやら父の徹が帰ってきたようだ。

 「ただいま!」

 「おかえり、今日ハヤシライスだって」

 日課になっている徹へのメニュー報告をすると、徹はジャケットを脱ぎながらニコリと笑った。

 「おっ、今日はとにかくハヤシライスが食べたかったんだ。運が良かったな。」

 食卓に滅多に並ぶことのないメニューなんだから、絶対そんなこと思ってなかったでしょ。だけどそう言われて、作っている人が悪く思うわけもない。案の定、お母さんもニコニコと嬉しそうだし。

 そんな二人を見ていた美夕紀も自然とはにかんだ笑顔になった。だから周りのみんなみたいに、親のことは嫌いになれないみたい。


食事を終えて部屋に戻ったところで、特にすることは見当たらない。ゲームもパソコンも、今日の眠気に勝てそうにはなかった。

テレビの電源を入れて適当なチャンネルを選択したあと、ベッドに横になった美夕紀は眠気と戦うことになった。美味しいご飯だったなぁ、と思い出すのが精一杯。うつらうつらと意識が遠のいていく。



ふと気付くと、居間から窓を覗く自分を俯瞰的に眺めていた。きっと大きめの窓の外を気にする必要を感じたからだ。ここが自宅であることに疑いはない。いつものテレビからは警報のような音が鳴り響いている。本能に訴えかけるような不快な電子音だ。背筋に悪寒が走る。



同時に、上空から何かが下りてきた。どこかで見たことがある、


というか


こ れ は U F O じ ゃ な い の ?


間違いなく自分の中で、これはUFOだと認識する何かだ。そして、UFOに違いない。

考えてみれば、こんな状況を真剣に考えたことはなかった。見慣れた自分の家、その前の道に、今まで見たこともない、明らかに未確認飛行物体が。まさか降りてくるなんて。


感じたことのない恐怖が全身を駆けめぐる。膝から下はガクガクと震えている。無意味に呼吸は荒くなり、全身が熱くなるのを感じた。

かつてないほど、やけにリアルな何かが、見慣れた道の上に着陸する。全くの前情報もなく。圧倒的な非現実。なにこれ。こんなこと、マンガの世界だけだと思っていたのに。


スッ、と音も立てずに家の前に着陸した。機体からスロープのようなものが地面に向かって現れ、グニャグニャした人型の何かが降りてきた。銀色とも白色とも言えない、奇妙な何かだ。


その 何か は、ズルズルと体を引き摺りながら、この家に入り込もうとしている。窓の近くにいながらもその姿を見つめながら、これは夢なんだという思いと、夢であって欲しいという思いが交じり合う。そして不思議と、なぜ私なんだ、という感情が溢れては消えていった。


テレビに目をやると、アナウンサーが涙を目に浮かべ何かを叫んでいる。


「・・・今すぐに避難してください!」


いつもこうだ。見る夢は絶望的な思いを味わう。絶対的な恐怖が襲う。だからこそ、これは夢なんだ、と感じることもできる。そう思ったところで、いつも夢は覚めてしまうからだ。いつもの非現実を、目覚めると同時に冷笑と嘲笑の入り混じった感情で迎える。


そう、いつもなら。


ドアを乱暴に叩く音。怒りに任せて叩きつける。まだ夢が続いているようだ。









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