第六話・完結
「あー、美味かった」
柳沢は本当に満足そうにそう言って箸を置いた。大きめの器に入れていたと思っていた肉ジャガは全て彼の腹に消え、汁すらも残っていない。
食べさせる人がいなくなった。そう思ったけれど、結局僕は料理をするようになった。手作りの味は、それが自分で作ったものならば尚更だが、インスタントやコンビニの味など問題にならない満足感を与えてくれる。それを教えてくれたのは美智子だった。これがレストランならばそうも行かないだろうが、所詮は素人料理。味が良ければそれで充分だということを、自らの腕で証明してくれた。
それと、もう一つはやっぱり美智子に未練があったのだ。どんなに気取ってみたところで、彼女と過ごした期間は僕の心にしっかりと刻まれている。ある日、またひょっこり連絡があるかもしれない。そのときに、僕が料理をしていなかったら、彼女が寂しい顔をするかもしれない。そんな思いもあった。もちろん、心のどこかで、そんなことは無いと分かっていても。
彼女にとっては確かめる術が無いので分からないが、僕にとってある種の幸いだと思えたのは、彼女との物理的な距離が離れていることだった。偶然ばったりとか、彼女と他の男が仲良く歩いている姿とか、そういうのを見る確立は、限りなく低いと言えるだろう。
腹をさすりながら、暫く窓の外を眺めていた柳沢だったが、伸びを一つすると口を開いた。
「んー、腹も膨れたし、どっか遊びに行くか」
「どっかって、どこだよ金も無いくせに」
柳沢の無責任な発言に、僕はすかさず先手を打った。
「そうだなぁ、まあとりあえず、外に出てみればいいんじゃない?天気も言いし、なんか思いつくだろう」
彼のこういう性格は羨ましいと思うことがある。あの時、僕がもう一歩踏み出して彼女に色々と尋ねていれば、もう少し解決策を探すことが出来たかもしれない。例えば、慌てて電話をしてみるだけでも、ひょっとしたら彼女が今隣にいる未来に進めたかもしれない。今でも、そう思うことがたまにある。
そして同時に、そういうことをしなかった時点で、僕と彼女の道が分かれていたと納得した自分がいたのだと思う。
「しょうがない奴だなぁ。行き当たりばったりでさ・・・」
「いいんだよ、今だけだ。そのうち、嫌でも落ち着くときが来るんだから」
「・・・なるほど」
僕は、片付けるからちょっとだけ待つように柳沢に言って、食器を持って立ち上がった。キッチンで洗い物をしながら、ふとあの時聞こえていた音を思い返してみる。きっと、鍋を拭き零したり、包丁を床に落としたり、いろいろと格闘したのだろう。料理をしていた時間と同じぐらい、片付けにはかかったのではないだろうか。今になって、やっとそういうのが分かってきた。ふと、笑ってしまう。
「何、一人で笑ってるんだよ気持ち悪い」
いつの間にか柳沢がキッチンを覗き込んでいた。せっかちな奴だ。
「早くしろよ。日が暮れるぞ」
「分かったよ」
僕の返事に、柳沢は一つ頷き、部屋のほうに戻っていった。全くせっかちな奴だ。
あれから六年、彼女とは一度も連絡は取っていない。どこかで幸せに暮らしているのなら、それに越したことは無いと思う。けど、もし僕と彼女の道がもう一度交わることがあれば、そのときには是非僕の作った肉ジャガを食べさせてやりたい。きっと彼女は驚いてくれるだろうな・・・。
そんなことを考えながら、僕は蛇口を捻って水を止めた。
了




