第四話
アパートの外に出てみると、空はもう薄暗くなり始めていた。結構長い時間喋っていたらしい。秋の日はつるべ落としと言うから、日が落ちるのが早くなっているのは間違いないけど。
スーパーは何軒か知っていたが、すぐ近くにある安いところに案内した。丁度夕方のセールが始まったところらしく、店内は混み合っていた。僕が買い物かごを持ち、彼女の少し後ろからついていった。美智子はジャガイモ一つ買うにしても色々と呟いてチェックしながら籠に入れていた。結構細かいんだな、と僕は少し感心した。
「それで、何を作るの?」
先ほどから美智子はまるで決まっているかのように色々と籠の中に入れていたが、僕のほうは肝心の作るものを聞いていなかった。
「ん、肉ジャガ。得意だし」
どうやら彼女の中ではすでに献立が出来ていたらしい。僕に尋ねたのはなんだったのだろうか?
「なかなか家庭的だね。お袋の味?」
「ううん、我流よ。うちの親、あんまり料理しないのよね。心配?」
「とんでもない。とっても楽しみですよ」
僕がそういうと、美智子は満足そうに頷いた。
「それじゃあ、次はお肉を買いたいな」
僕は美智子の言うままにスーパーの中を案内した。新婚の夫婦というのはこんな感じなのだろうか、などと考えてみたりもした。
「なんか、新婚みたいじゃない?」
そんなことを考えていた矢先に美智子にそんなことを言われ、僕は思わず言葉に詰まってしまった。
「・・・ああ、そうかもね」
歯切れの悪い返答。情け無いったらない。
結局、全ての材料に加えて幾つかの調味料も買わねばならず、荷物はかなりの量になった。僕は二つの袋にそれらを分けて入れ、両の手に一つずつ提げたけど、結構重かった。
「安かったね」
美智子はそういって満足そうに笑った。残念ながら、このときの僕にはこういったものの相場が分からず、ただ曖昧に頷くことしか出来なかった。今ならきっと激しく同意したことだろう。
実は、彼女にずっと聞きたいことがあった。今朝、駅で彼女を見たときから、ずっと気になっていた。
「今日さ、泊まってくの?」
恐らく分かりきったことだったのだろう。僕の問いかけに少し驚いたような表情を浮かべる美智子。
「・・・うん。そのつもりだったけど、駄目だった?」
彼女の心配そうな視線。
「いや」
僕は、何気ない風で返事したものの、実際僕の声は少し上ずっていたと思う。大きい目の鞄を見たときに、ひょっとしてとは思った。けれども生来のモテない病にかかっていた僕としては、なかなか確信が持てなかった。結局、選択肢もへったくれも無く、一発回答を貰ってしまったわけなのだが。それを聞いて改めて照れくさいというか、そういう感情が湧き上がって来た。
部屋に戻り、台の上に買ってきたものを置いたところで、僕は早々にキッチンを追い出されてしまった。
「さあ、旦那様はコタツに入ってくつろいでいてね。美人の奥様が美味しいもの作ってあげる」
美智子は茶化した口調でそう言って僕をキッチンから追い出した。僕は素直にそれに従った。
実家を離れて四年。愛の篭った手料理など殆ど食べてこなかった僕は、そういうものに飢えていたのだろう。ましてやコックが恋人だ。おまけに「得意」な「肉ジャガ」を作ってくれるのだ。素直に従わない理由はどこにもないといって良い。
「出来るまで、覗いちゃいやよ」
キッチンを出際に、彼女は僕にそういった。僕は素直に部屋に戻って、コタツの側に腰を下ろした。残念なことにこのときの僕は自分で料理などすることが無かったので、彼女の鼻歌に混じって台所から聞こえてくる音が何を意味するかなど分かるはずもなかった。
暫くは本を読みながら、その音を聞いていた。そうしているうちに立ち去った眠気が再び戻ってきたのを感じた。
これはマズイ。さすがに、初めて部屋に来た女性に料理をさせておいて、別室で高いびきと言うのはいけないことだと、さすがの僕でも感じた。試しにテレビをつけてみる。どうでもいいバラエティ番組をやっていた。チャンネルを変えてみるが、時間帯のせいかバラエティやら退屈そうなニュースばかり。仕方なくテレビを消してコンポの電源を入れる。CDを再生してみると、入っていたのはよりにもよってさだまさしだった。眠気が加速する。
「ちょっと、その曲止めてよ。テンポが狂う」
おまけにキッチンからも苦情が来た。僕はリモコンでCDを止めた。眠気はますます強くなっていく。太ももの裏側をつねってみたりとか、とりあえずお茶を飲んでみたりとか、とにかく考え付く限り体を動かした。
「おまたせー」
キッチンから美智子が出てきた。眠気もすっかり引いている。良かった、どうやら寝ずに済んだらしい。僕はほうっとため息を一つついた。
「はい、召し上がれ」
そう言って、美智子がコタツの上にどんと乗せたのは、立派な船盛り。それにステーキや寿司やご馳走だらけ。
「へへ、気合入れて作ったよ」
そう言って美智子はがっしりと僕の肩をつかんで、がくがくと揺すぶり始めた。




