ぜんまい仕掛けのキツネさん(その3)
目的の湯葉ケーキがないのなら長居は無用。『出ましょう』と視線を送ると、『何も食べずに出ていくのは店員に悪いよ、イヤな客だと思われるよ』と視線が返ってくる。何度かやり取りするが、まとまらない。あたしはしびれを切らして立ち上がった。
「すいません、湯葉ケーキがあ目当てだったので、また出直させていただきます」
そう言って、アイツの腕を引っ張って、店を出た。アイツは、自分が言えないことを言ってくれてホッとしたという顔をしている。あれ!! なんでアイツの考えていることが分かるのだろう。テレパシー? まさかね。(理由は後でわかった。)
あたしは、アイツの携帯を持ってズンズン歩いた。ところどころにサブチェックポイントがあって、解説がある。あたしは読み上げる。その時に予定通過時刻のポイントが点滅しているので、予定より早いのか遅いのかが一目でわかる。浅草に行って、雷門をくぐり、仲見世でおもちゃをべたべた触る。もうアイツは、何も言わない。浅草寺でお参りをして、夕暮れの川沿いを散歩する。携帯をみると「チェックポイント食事」が点滅している。選択すると4つのオプションが出てきた。「寿司」、「中華」、「イタリアン」、「ビアホール」の4つの中から一つ選ぶ仕組み。あたしは「ビアホール」を選択。なんせ、今日は汗かいたし、歩数表示は1万2千歩となっている。元気のないアイツと派手に乾杯して、中ジョッキを2杯。もう、アイツの視線なんか気にしていない。速攻で酔いが回ってくる。アルコールであたしの視線感覚は鈍くなっている。
ふと、握りこんだ携帯を見ると、「ファイナルチェックポイント」が点滅している。4つの項目が現れ、どれかを選択することになっているらしい。あたしは、声に出して読み上げる。
「オプションA:にこっとバイバイコース:駅まで送って、にこっと笑って、バイバイする。彼女がレベル1以下の女性だった場合、及び、帰りたがっている場合に選択」
レベル1って何? 女性にレベルをつけているの? あたしは彼をキッ睨んで
「で、あたしのレベルはいくつ?」
アイツは答える。
「レベル3」
「一体レベルはいくつまであるの?」
と聞くと
「レベル0からレベル3までです」
と答える。
「それで、それはどういう意味?」
「レベル0は問題外。レベル1は普通。レベル2は魅力的な女性、レベル3、レベル3はー とびきり魅力的な女性。レベル1以上の場合は、システムに「キープ」と回答します」
あたしは、思わず笑ってしまった。アイツにどう思わるか全く気にしていなかったのに、レベル3だなんて。アイツはもじもじしている。
「あのー そろそろ、携帯を返してほしいのですが」
「もうすぐ返すわよ。最後まで見たらね」
さらに読み上げる。
「オプションB:夜景コース:タクシーで夜景のきれいな草津ビルのカクテルバーに行く。彼女がレベル2以上の場合に誘う。タクシーの料金はおよそ、2,500円。カクテルバーは、およそ10,000円から。彼女が飲兵衛の場合は要注意。その後は、オプションC,Dの可能性もあり」
あたしは飲兵衛かも。でも、高級カクテルをガブガブ飲むようなはしたないことはしないわよ。きっと。いや、多分しない。いや、もしかしたらするかも。なんせ、カクテルバーは行ったことないし…… それより、オプションC,Dが気になるわ。
「オプションC:シティホテルコース:レベル3以上の場合で、かつ、彼女にその気がある場合。ツイン一泊、タクシー込で38,000円。とっておきのプレゼントがあると言って誘う。注意:このオプションは未経験。情報整備中」
げげ、何これ。全く、何考えてんだか。でも、未経験という所は、わかる気がする。誰がこんなヤツとホテルに行くか。しかし「とっておきのプレゼント」って何かしら。あらかじめ用意しているのなら、プレゼントだけちゃっかり貰っちゃおうかしら。
「オプションCのとっておきのプレゼントって何?」
「いや、それは、その~」
「はっきり言いなさいよ。男なら」
「コ、コンドーム」
はあ? 思わず、あたしは口走ってしまった。
「ま、間に合っているわよ。コンドームなら」
し、しまった。正直に答えてしまった。あたしは、墓穴を掘ったことに気がつかないふりをして最後のオプションを読みあげる。
「オプションD:ラブホコース:レベル2以上の場合で、かつ、彼女にその気があり、かつ、安上がり嗜好の場合。休憩3時間で5,000円。一緒に汗を書こうと言って誘う。念ため、清潔な下着をもう一枚準備しておく。注意:このオプションは未経験。情報整備中」
なんとまあ、呆れた。でも、よく考えると、あたしも、おニューの真っ赤なショーツをはいている。アイツのことばかり悪く言えないか。
「それじゃーオプションAね」
アイツとあたしは、筋書き通り、駅で、にこっと笑ってバイバイした。あたしは、吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
愛機の紅号を立ち上げ、システムにログインする。まず、対面、つまりデートした今日の日付を入力する。次に、関係を「キープ」するか、「ブレイク」するかを選択する。お互いが「キープ」した場合は、次の対面について相談することができ。どちらかが、「ブレイク」した場合は、今後、一切やり取りをすることができない。あたしの予定では、「ブレイク」することになっていた。でないと、次の新しい候補者が送られてこないから。
今日一日、キツネ顔のアイツと何をしたんだろう。あの携帯アプリは、控えめに言ってもすぐれものだわ。きっと優秀なプログラマーなのだろう。筋書きがないと行動できないアイツにはうってつけのアプリだ。でも、鉄棒の少女と会ってから筋書きが崩れ始めた。あたしが携帯を握りこんだのは予想外だったに違いない。結局のところ、アイツは、ぜんまい仕掛けのからくり人形のように、筋書きに沿って、決まり切ったことを何度も繰り返していたに違いないわ。そう考えると、なんだか哀れに思える。しかも、他人の視線を気にして、大胆な行動ができない所なんか、先が思いやられるわ。視線? 他人の視線を気にするって、あたしの十八番のはずなのに、今日は、どうして、あたしは、他人の視線を気にしなかったのだろう? いや、気にしなかったわけじゃないわ。気にしていたけど、アイツができない分、あたしが頑張っただけ。と言うことは、これから、そう思えば、他人の視線も気にならない? そうだといいけど。
なんだかんだ言っても、シンクロタイプで、似た者同士というのは本当なのだろう。どうりでアイツの考えることが手に取るようにわかったのね。かわいそうな『ぜんまい仕掛けのキツネさん』を何とかしたいけど、キツネさんのオプションC、オプションDの実験台にあたしがなるのはごめんだわ。悪いけど、『ブレイク』させていただきます。