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ぜんまい仕掛けのキツネさん(その1)

 ようやく候補者リストが送られてきた。時間がかかったのには、理由がある。あたしは、オンラインということで、てっきり、ネット上ですべて済ませられると思ったの。でも、正規登録をしたあたしにオンラインパートナー紹介システムからこんな要求がきた。

「当システムでは、お客様の安全を確保するために、戸籍謄本をご提出していただいております。ステージAに進むために、至急、ご提出願います。いただいた謄本は、厳重に管理し、……」

いわゆる出会い系につきもののトラブルを防ぐために、身分保障としての謄本を預かるらしい。ステージAとは、最初にパートナー候補を紹介する段階で、最大3名の候補者と同時併行でつき合うことができる。ステージBは、候補が絞られ、一対一でつき合っている段階。ステージCになると謄本をお互いに開示することができるらしい。あれ? ステージCの定義がないじゃないの。まさか、あのA、B、Cじゃないわよね。

 というわけで、本籍地の名古屋から戸籍謄本を取り寄せるのに時間がかかったのよ。送られてきた3人の候補には、それぞれのタイプが記載されている。最初の候補は『シンクロタイプ』、2番目の候補は『シーソータイプ』、3番目のタイプは『サプライズタイプ』。一体どういう意味? ヘルプを読むと。

「シンクロタイプ:基本プロフィール、性格診断結果において、類似率が高い場合です。うまくいくカップルの基本は、性格や嗜好が似ていることであり、いわゆる似た物同士は、円満な夫婦生活をおくれる可能性が高いです」

そうね。離婚の一番の原因は「性格の不一致」らしいから、似た者同士ならうまくいきそうね、とあたしはうなずく。

「シーソータイプ:基本プロフィール、性格診断結果において相補性が高い場合です。丁度、シーソーでは、自分が地面に降りることによって相手が高くなるように、場面に合わせて異質なものを組み合わせるとによって、より高い地点へ到達できます。このタイプのカップルは、鍵と鍵穴のように離れられない関係になることがあります」

う~ん、そうかもしれない。でも、これって似てない者同士ってこと? さっきのシンクロタイプの説明と矛盾しない?

「サプライズタイプ:基本プロフィール、性格診断結果に関係なくランダムに抽出された候補の場合は、このタイプに分類されます。生物は偶発的な突然変異によって進化してきました。このような偶発性のもつ潜在的な可能性に着目しました」

え~ ランダム? ってことはなんでもありってことじゃない。全く、いい加減なプログラムだ! あたしだったらもっとましなプログラムを作るわよ。こんなプログラムを作ったSEシステムエンジニアの顔が見たいわ、とあたしは憤慨した。(後日、そのSEの顔を拝むことになるとは夢にも思っていなかったけど。)

 さて、あたしは、それぞれの候補に会うか会わないか、「イエス」か「ノー」かを選択できる。注意書きを読むと、3名のうち、2名以上を「イエス」としなければならない。げげ、ということは、ほとんど選択の余地がないじゃない! さらに読み進むと。

「お互いがイエスと回答した場合に 対面ステージを体験することができます…… このような条件を課すことによって、ほぼ、毎回、対面する機会が得られます」

なるほど。お互いが 2/3 の確率で『イエス』を選択すれば、『イエスーイエス』の確率は 2/3 x 2/3 だから 4/9 。つまり、候補者が3人だと、平均 1.3人と対面デートできるわけね。

「対面ステージを終えたら、ただちに関係をキープ(保存)するかどうかをご回答願います。なお、同時には、3名までキープすることができ。キープ候補者数が3名に足りない場合は、新たなパートナー候補を紹介いたします。また、ポイントが貯まりますと、ボーナスとして、キープ数の上限と、一度に紹介する候補者数の上限が増えるという特典がございます」

?? なんだか、ゲームみたいね。ま、いいか。あたしは、ヘビーなプレイヤーに成るつもりはないし。後のことは後で考えればいいわ。

 あたしは、3人全部にイエスをつけた。こうしておけば、平均2人とデートできる計算になる。それに、まじめに結婚相手をさがすのが目的ではなく、知らない人と合うのが目的だから、片っぱしからイエスにして、片っぱしからブレイク(キープの反対)していけば、沢山の人と会えるわ。


 数日後に「シンクロタイプ」の候補者の有馬さんと対面することになった。写真をみると、髪が長く、顎がとがって、ほっそりした顔立ち。眼もやや釣り上がり気味のキツネ顔だ。すこし、神経質な雰囲気があり、見ようによっては、ハンサム。シンクロタイプなら共通点が多々あるはずだわ。と思って、基本プロフィールを見ると、なんと、職業はプログラマー。プログラマーとは、プログラムを書く人のことで、SEの一種である。つまり、あたしと同業者。他に共通点は見あたらない、とすると、職業が似ているだけでシンクロタイプに分類されるの? まてよ、もしかして性格が似ているとか。性格診断結果は、ステージAではお互いに見られないから、何とも言えないわね~ 職業がおんなじで、性格もおんなじって、うまくいかない典型のような気がする。まあ、どうせ一度会ったら、すぐにブレイクするわけだし、気にしない気にしない。

 有馬さんと2、3度掲示板を通じてやり取りをして、待ち合わせの場所と日時を決めた。気にしないといいつつ、その日が近づくにつれて、あたしは、落ち着かない。どんな服を着ていくか考えていたら、あたしは、重大な過ちを犯したことに気づいた。

 登録時に、必ず、自分の写真を数枚アップしなければならない。その時に、あたしは、深く考えもせずに、3年以上前、つまり25歳までの写真をアップした。なんとなく、若く見せたい、と考えたのよ。女なら分かってくれるわよね~ ところが、システムはそんなことはお見通しで、こんな注意書きがあったの。

「写真は必ず、半年以内に撮影したものをアップロード願います。また、1枚は必ず、無帽でお願いします」

なんだか、証明写真みたい。まったく注文の多いシステムね! 視線恐怖症のあたしが心配そうに

「どうしよう。対面した時に、若い時の写真を使ったことがばれたらどうしよう」

と言うと、合理性のあたしが分析する

「髪の色は違うし、メガネはしているし、それに肌の張りが違うわよ。ばれないわけがないじゃない」

獣のあたしが吠える

「気にしない、そんな些細なこと気にしない。女は度胸よ」

合理性のあたしが結論を宣告する。

「すぐに新しい写真に交換し、その旨を相手に伝えること」

視線恐怖症のあたしが食い下がる

「でも、どう思われるかしら。いい加減な女と思われたらどうしよう」

合理性のあたしがため息をつく。

「いい加減な女と見られるかもしれないし、ちゃんと訂正した誠実な女と見られるかもしれないし、それは相手次第。でも誠実な男なら、誠実さをわかってくれるんじゃないの」

それから2時間、あたしは、デジカメをセルフタイマーにして、撮りまくった。


 待ち合わせの場所は、地下鉄駅そばの喫茶店。時間は午後1時15分。実にプログラマーらしい時間指定だわ。15分を指定すると、遅くとも20分には到着しないといけないというプレッシャーを感じる。携帯電話の番号は、やはり安全上の理由で開示しないので、待ち合わせ方法はきっちり決めておく必要がある。有馬さんは、喫茶店に入って右奥のテーブルでトランプをして待っていると、あたしは、白のワンピースに赤いポシェットを肩からかけていることにした。もちろん、お互いの写真は見ているので、そこまで決めなくてもいいんでしょうけど。なんだかスパイごっこのようで緊張してきたわ。

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