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白手袋とひっつき虫(その5)

 加古先生が自分のことを『女性アレルギー』と言った。何それ? 桃子とあたしの漫才が始まった。

「女性アレルギーって、女が苦手ってことかしら?」

「アレルギーって言うぐらいだから、苦手どころじゃなくて、受け付けないってことじゃない」

「逆に言えば、男なら受け付けられるってこと?」

「なるほど、要するに『ホモ』ね。納得?」

「納得!」

隣で加古先生が、首をプルプル横にふっている。

「だから先生、結婚してないんだ。日本の法律では『ホモ』は結婚できないからね」

「それにしても、『ホモ』を見るのは初めてだわ」

「そう言えば、珍しいわね。加古先生、案外イケメンなのに」

先生はウンウン頷いている。

「収入、安定しているのに」

先生はウンウン頷いている。

「知性があって、軽薄なのに」

先生はウンウン頷いている。

「短小なのに」

先生はウンウン頷きかけて固まる。

「ホントにもったいないわ。男にしか興味ないなんて」

先生は、首をプルプル横にふって、ハイと手を挙げた。桃子は、まるで裁判官のように厳かな口調で言った。

「加古准教授、発言を許します」

「ちょっと、水上さんも、熱海さんも酷いですよ。私は『アレルギー』と言ったんですよ。それを『ホモ』だなんて…… まだ『ホモ』には転向していません」

「まだ?」

「まだです…… とにかく、『アレルギー』なんです」

「アレルギーって、花粉症みたいな」

「そう、アレルギーです。言葉で説明しても埒が明かないようですから、お見せしましょう。熱海さん手を出してくれます?」

「こうかしら?」

そう言って、桃子は右手をテーブルの上に載せた。加古先生は、自分の右手を桃子の右手に重ねた。待つこと10秒。赤い斑点が先生の手の甲に現れた。そして、斑点は次第に大きくなり、不定形を呈し始める。典型的なじんましんだわ。皆、息をのんだ。加古先生は勝ち誇った。

「でしょ。じゃ今度は、男性で試してみますか」

そう言って、右手を入念におしぼりで拭く。じんましんの赤い斑点は少しずつ、薄くなっていく。

「優君、手を出してください」

優は左手を出す。

「それじゃ、行きますよ」

そう言って、右手を重ねた。待つこと10秒。先ほどからのじんましんは、どんどん薄くなって、消えていった。

「女性に触れるとじんましんが出ます。触れるのをやめて、放っておけば、次第に薄くなって消えますが、男性に触れるとより早く消えます」

「不思議ねぇ」

「不思議でしょう。でも、まあ、アレルギーには違いありません」


 料理が運ばれてきた。スパイシーでハーブの利いた麺だわ。皆、おいしそうに食べ始めた。あたしは、ふと、疑問に思って尋ねてみた。

「加古先生は、昔から、女性アレルギーだったですか? つまり、先天的なものでしょうか? それとも後天的なものでしょうか?」

「花粉症と同じです。最初は、花粉にアレルギーがなくても、抵抗力が弱った時、例えば、病気の時、睡眠不足の時、そう言った時に大量の花粉をあびると、それを異物として認識し、アレルギー反応が起きて花粉症になります。一旦、花粉症になると、原則として、それは直ることはなく、花粉に対して常にアレルギー反応を起こします。アレルギー反応の代表がじんましんです」

「花粉症と同じってことは、何かきっかけがあったんですか?」

「ええ、ありました。子供の前ですので、詳しくは説明しませんが…… 」

そう言って、加古先生は事件について話し出した。

 先生が学生の頃、あこがれの男性先輩、女性先輩が居た。二人とも才色兼備で、しかもお似合いのカップルだった。所が、男性先輩が女性先輩をふり、それから女性先輩が荒れ始めた。胸を痛めた先生は、彼女の心を支えようとした。所が、彼女は魔性だった。さんざん絞り取られ、睡眠不足になり、体力の限界を超え、抵抗力が落ちても絞り取られた。そして、気がついたら女性アレルギーになっていた。もちろん、本当に女性アレルギーなのか色々調べたそうだ。その結果、小学生から60歳ぐらいまでのの女性に対してはアレルギー反応があり、幼児やおばあさんにはないことが分かったそうだ。桃子が痛々しそうな眼差しを向けて、感想を述べた。

「ホントに災難だったわね。でも、女性アレルギーってどのくらい確かなの? 本当にその年代の女性なら、100%だめなの?」

「まあ、100%と断定するのは難しいですが、これまで、66人の女性で調べました。そのうち、さっきの年代の51人はアレルギー反応が出ました。仮に次の1名がそうでなかったとすると、52人中例外が1人と言うことになるので、およそ、98%の確率と言うことになります。ちゃんと危険率を設定して、検定はしていないので、大雑把ですが、100%か、100%にかなり近いのは確実でしょう…… 」

 最後の言葉は消え入るようだった。ホントに絶望的ね。先生はハッと顔をあげると無理に笑顔を作った。

「というわけで、最近、ホモに転向しようかと思っているんです。やっぱり、独り身はさびしいですから……」

ウンウン、その気持ち分かるわ。なんだか加古先生を応援したくなってきた。

「先生、男でも相手はかわいい方がいいですよね。ボクシングをやるぐらいですから、先生は肉体派ですね。とすると相手はかわいらしいタイプが似合うと思うんです」

「まだ、そこまで深く考えたわけじゃないけれど、そう言われればそうかもしれません」

あたしはいいことを思いついた。何も考えていなそうな舞と優に視線を向けた。優は不審そうな視線を返した。

「かわいいとなると…… 優君なんてどうでしょう?」

「ふむ、それは考えもしませんでした。灯台もと暗しですね」

優は15cmのけぞった。反対に舞は25cm乗りだしてきて血相を変えて抗弁した。

「ちょっと、お姉さま! 変なこと言わないで!」

ほほほ、引っかかったわね。舞ちゃんって、怒っている顔もかわいいわよ。

「あたしは二人の幸せを考えているのよ」

「二人の幸せ?」

「加古先生にとってはもちろんだけれど、優君にとっても悪い話じゃないわ。なんせ、加古先生は超優良物件ですから。しいて言えば、年の差婚が問題かしら?」

舞ちゃんは目を回している。きっと考えたこともない概念が消化できないのね。

「……とにかく、優ちゃんはダメ。絶対ダメ!」

そう言って、舞ちゃんは、あたしと加古先生を睨んだ。当事者の優は不思議そうに舞を見ている。何で舞が興奮しているかわからないみたいね。あたしは、次のステップに進んだ。

「分かったわ。加古先生のことは、おいておいて……」

隣で加古先生が異議ありと言っている。あたしはそれを無視して言った。

「舞と優は大丈夫かしら?」

「大丈夫っって?」

と舞は怪訝そうな表情をした。

「男性アレルギーとか女性アレルギーってことはないわよねぇ」

「そう言われても男の人の手をちゃんと握ったことはないから……」

と舞は自信なさそうに答える。

「それじゃ、今、試してみたら? 優と舞で」

「えー!」

舞が驚く。一方、優はずっと冷静だ。考え込んでいるようだわ。桃子がさらにダメ押しをする。

「もし、加古先生みたいにアレルギーだったら、お先真っ暗よ」

加古先生はうなだれる。

「お先真っ暗ですか…… 」

舞は観念したようだ。

「分かったわ。優ちゃん手を出して」

「いい加減『ちゃん』はやめてほしいんだけど…… 」

そう言って、優は親指しかない右手を出した。舞は少しためらって左手を載せた。優はさらに左手を重ねる。最後に舞が右手を重ねる。二人とも相手側に乗り出した形になり、その結果、おでことおでこがわずかに触れ合った。

「それじゃ、そのまま10秒間動かないでね」

 舞の手が赤くなってきた。まさか、男性アレルギー? 手だけでなく顔まで赤くなってきた。それを見た優が心配そうな表情を見せる。でもじんましんのような斑点、不定形の斑点ではない。ようするに恥ずかしさで血がのぼっただけね。

「舞は、赤くなっているけれど、アレルギーではないわ。単に興奮しているだけ。二人ともアレルギーではないわね」

むしろ、これだけピッタリ触れ合っているのに全く動じない優の方が問題かもしれないわ。


 温かいデザートが運ばれてきた。バナナにココナツミルクをかけたもの。あたしは加古先生に同情した。そして、別の可能性に気がついた。

「ねぇ、先生がアレルギーなのは、女だと意識するからじゃないかしら。だから幼児やおばあさんには反応しない。だとすれば、気持ちの持ちようでなんとか改善できないかしら?」

「ええ、それだとまだ救いようがあるんですが、精神的なものではなく、もっと物理的というか根源的なものです。その証拠に目をつぶっていても男女が区別できます」

「本当ですか? それじゃ、試してみましょうよ」

桃子は、そう言って大きめのハンカチを取り出して、加古先生の目をかくした。

「それじゃ、先生、右手を出してくれますか? 何人かが触りますので、男か女か当ててください」

桃子は目線で、舞に合図を送る。舞は加古先生に触れる。桃子が腕時計を見せて、10秒待つように指示する。赤い斑点がぽつぽつ現れる。

「ハイ10秒たちました。加古先生、分かりますか?」

「もちろん女性です」

皆、一様に難しい顔をしている。

「では、もう一人」

今度は優が触る。斑点は完全に消えた。

「これは、男性ですね。当たっているでしょう。納得しました?」

皆、頷いている。納得したみたいね。桃子がダメ押しをする。

「それじゃ、最後ね」

桃子は目線であたしを促す。そう、結果は、分かっている。あたしは手を載せた。アレルギー反応が出る…… はずだった。5秒経った。何も起こらない。加古先生が回答する。

「これも男性ですね」

え、男性? 桃子が不思議な顔をする。あたしは、手の載せたまま、斑点が出るのをさらに10秒待つ。が、何も起きない。周りの見えない加古先生がしびれを切らした。

「もう、いいでしょう?」

そう言って目隠しを外した。

「だから、言ったでしょう。男女が当てられるって」

状況の理解できないあたしは手を載せたまま。

「おや、最後は水上さんでしたか。じんましんは出ないので、水上さんは『男』ですね」

と自信満々。先生以外は黙り込んでいる

「……」

桃子が最初に口を開く。

「そ、そうだったの。碧は男だったの。てっきりあたしは、女だと思っていたんだけれど」

続いて、舞が喋る。

「ということは、これからは『お兄様』って呼べばいいのね」

つられて、あたしも喋る。

「そ、そうね。男なのに『お姉さま』はおかしいもんね…… ってそんなわけないでしょう! あたしは女よ! 産まれてから今までずっと女よ!」

「本当? 証明できる?」

「しょ、証明と言われても…… 」

舞がここぞとばかり逆襲してくる。

「『お兄様』って結構、かわいいし、一見すると女だから、加古先生の『ホモ』のパートナーにいいかもしれないわ。お兄様にとっては、先生は、超優良物件よ。収入も安定しているし、イケメンだし、知性的だし、しいて問題があるとすれば、年の差婚かしら、でも10歳ぐらいなら問題ないわよ」

加古先生がウンウンと頷いている。あたしは起死回生の策を思いついた。

「証明できる…… 証明できるわよ。あたしが女であることを」

そう言って、あたしは車の免許証を取りだした。そうなのだ、あたしは車は運転しないけれど、このために、苦労して免許を取ったのだ。

「皆の者、この免許証が見えぬか! 免許証は信頼できる身分証明書。ここに記載されている性別は…… 」

「男とも女とも書いていないわよ」

「…… この免許証、不良品だわ! とにかく何が何でもあたしは女!」

皆に睨みを聞かした。加古先生が冷静に応じた。

「では、百歩譲って、水上さんが女性だとしましょう」

百歩譲らなくてもあたしは女性です。ウルウル。

「お願いが二つほどあります」

「まさか、あたしを実験台にしたい、皮膚とか血液のサンプルを取って研究したいって言うんじゃないでしょうね?」

「ピンポーン。鋭いですね」

「いやよ。あたしは実験台にはならないわ。他の依頼なら聞いてあげるけれど、実験台はいやですから」

「そうですか、それなら、それはあきらめます。もう一つのお願いは…… 」

「それは何?」

「私と結婚してくれませんか?」

へ? 結婚?

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