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白板の好きな男(その5)

 サラポは、円筒状に切られたゆでトウモロコシにむしゃぶりつく。あたしは、そうしたいのを我慢して、上品に食べる。今日はべったり口紅を塗ってきたから。軸方向に一列のトウモロコシ粒を除くと、後は、親指で一列を倒して、粒をはぎ取ることができる。ちょっと面倒だけれど、綺麗にはぎ取って、食べることができる。そうやって一列一列ゆっくり食べて、チビチビ、ビールを飲む。何せ、今日は、『女は食わねど浴衣美人』ですから。


 望君がやってきた。白板に新しい花火の絵が描かれていた。サラポは

「きれい。きれい。ほんものみたい」

と喜んでいる。さらに

「あたしもかく。とらえもんかく」

と言って、描き始めた。盛り上がる二人をおいて、あたしは八丈渡と探す。二人だけで話をつけておかないといけない気がしたのよ。


 花火が頭上でドンドンやっている。アイツは、右手に枝豆が山盛りになった皿、と左手には缶ビールを2本持って歩いてくることろだった。あたしは声をかけた。

「おいしそうね。あたしにも分けてくれない」

「ああ、ええよ。どっち? 枝豆? ビール?」

「どっちも」

「そら、贅沢やな。まあ、ええか」

あたしたちは、手近な灯りの下のテーブルに二人だけで陣取った。アイツが切り出した。

「ところで、お前、望とはどういう関係や?」

「知りたい?」

「知りたいかって言われれば、そら、知りたくなるわな」

と、アイツは、微妙にはぐらかす。

「その前に、『例の女』ってどういう意味か教えてくれない?」

「知りたいか?」

「そりゃ、知りたいかって言われば、知りたいような気もするわ」

と、あたしも、微妙にはぐらかす。アイツは少しだけ勝ち誇って言った。

「まあ、望の過去も絡んでくるから、プライバシーも尊重せなあかんし…… 何でも教えるわけにはいかんわな」

「そうね。あたしの方も、望君の『現在の』プライバシーが関係するから、よく考えないといけないわねぇ」

そう言って、あたしたちは3秒間にらみ合った。

 アイツの方が折れてきた。

「わかった、わかった。俺の知っていること喋るから、お前と望のことも教えてくれや」

「いいわよ。約束するわ」

「『例の女』っちゅうのは、お前のことなんやけど。1カ月ぐらい前やったかな…… 望と電話で話した時に、望が初めて惚れた女がいるっちゅうて、盛り上がったんや。望にとっては、つまり、お前がまっとうな初恋の相手や」

「ええー 初恋? 初恋には10年…… いや、20年、遅いんじゃないの?」

「お前、俺のゆうたこと、ちゃんと、正確に、聞いてないやろ」

「??」

「俺は、ちゃんと言葉を選んだんやで…… 初めて惚れた『女』、 『まっとうな』初恋」

「??」

「女では初めてっちゅうことや」

「つまり、女ではなくて…… 『男』なら……  エー、もしかして、望君ゲイだったの?」

「そういうこと。俺も惚れられたことがある。大学のころや。タイまで追っかけてきたから相当なもんやった…」

「その関係、今も続いているの?」

「アホゆうな。関係も何も最初からあらへんよ。おれはちゃんと操を守ったで」

そう、アイツは言った。この場合の操って何かしら? アイツは続ける

「それで、望は、俺に振られて、『恋はかなわなかったけれどずっと友人でいて下さい』っちゅうことになって、今に至るわけや。アイツはホンマに純情やから、そうまで言われると知らんぷりもでけへんかったんや」

「ということは、どういうこと?」

「そう言うことや」

あたしは、まだ事態をちゃんと理解できていない気がするわ。

「つまり、望が初めて女に惚れたんや。珍しいちゅうか、画期的ちゅうか… どんな女やろうかと興味深々やったんや」

「あなたが興味深々だったのね」

「いや、俺やなくても世間一般に興味をもつと思わへんか?」

「そういうこと? つまり、あたしは、ゲイがほれる珍しい女ってわけね」

とあたしは目をつり上げて言った。

「そう、その通りや。 いや、そうやなくて…… ま、ややこしいことは考えんでええよ。と言うわけで、望とお前はどこまで進展したんや。おまえもまんざらでもない顔をしとったやないか」

「進展もなにも、キスは、おろか、デートもまだよ。しいて言えば、今日が初デートかしら」

「そうか、それは、良かった…… いや残念やったっちゅうた方がええかなあ…… 」

そうか、なるほど。アイツにはアイツの思惑があるのね。


「ヒュルルルル~ ドーン、ドーン」

花火が盛大に上がる。あたしが

「ややこしいわねぇー」

とつぶやくのと、アイツが

「ややこしー」

とつぶやくのが同時だった。あたしたちは、同時にため息をついた。

「ふー」

 やっぱり、整理する必要があるわね。あたしは、望君の所へ言って白板をかりた。望君とサラポは、今度はアンパンボーイで盛り上がっている。八丈渡のいるテーブルにもどって、アイツが見ているのもかまわず、白板に書き始めた。まず、登場人物は3人、『碧』を真ん中上に、『望』を左下に、『渡』を右下に書く。皆1文字ね。それぞれを赤マル、青マルで囲む。女は赤マル、男は青マル。まず、あたしと八丈渡は、互いに好意を持っているのは確かね。「キープ」って回答したぐらいだし。『碧』から『渡』へ、赤い矢印を描く。そして、『渡』から『碧』へ赤い矢印を描く。次に、『碧』から『望』へオレンジ色の点線矢印を描く、その逆も描く。最後に、『望』から『渡』へ青い矢印を描く。アイツは、

「その青矢印は消えたで」

そう言って、あたしが握っていた多色マーカーを奪って大きな×印を青矢印の上に描く。あたしは、

「そう言えば、別の女を忘れていたわ」

そう言って、アイツからマーカーを取り返して、右下隅に、『別』マル、『別』マルを2つ描いて、『渡』から『別』マルに赤い矢印を描く。そうしたら、

「それは、ずるいんやないか、お前にも『別の男』が2,3人おるんちゃうか?」

とアイツは言って、マーカーを奪って、『別』マルを3つ、『碧』の周りに描いて、矢印も描く。あたしが

「どれにしようかな、天の神様のいうとおり」

と言って、『碧』からで出ている5つの矢印を順番に爪先でこつこつ叩くと、アイツも

「どれにしようかな、えんま大王のいうとおり」

と言って、渡からでている3つの矢印を順番に爪先でコツコツ叩く。

「なんで、えんま大王なの?」

「そらー 神様に対抗できんのは、えんま大王だけやから」

「なるほどね。それはそうと、『望』と『碧』は、会社で毎日顔を合わせるのよねぇ」

と言って、白板の『望』と『碧』を大きなオレンジ色のマルで囲んで、アイツの顔をみる。そしたら、アイツは渋い顔をして、

「そんなこと言っている場合やないで。あっちを見てみぃ」

と言って、顎先を前方に向ける。なんと、望君とサラポちゃんがぴったり寄り添って花火を見上げている。しかも望君の右手がサラポの腰に回っている。が~ん。ショック! この1月あまりの楽しい会社生活はなんだったの? 何のために毎日おしゃれをしていたの? なんために浴衣を買ったの? ショックのあまりあたしの脳は5秒間冬眠した。

 アイツは、八丈渡は、さぞかし、喜んでいるにちがいない。それ見たことかと思っているに違いないわ。そう思ってアイツを見ると、さっきと同じように渋い顔をしている。あれ? なぜ、嬉しくないの? あたしの左脳は即座に答えを出した。

「あれー、もしかして、サラポちゃんは、あなたの『別の女』の一人だったんじゃないの?」

そう言うと、アイツは

「そんなことあらへんよ。俺は、逆玉の輿なんかねらってへんで」

と言う。

「あら、あたしは、逆玉の輿なんて、一言もいってないわよ」

「そ、そうやったけ? …… こうゆうのを『漁夫の利』ってゆうんやろうか?」

「ちょと違うんじゃない」

「それやったら、『鬼のいぬ間に洗濯』?」

「それも違うわ…… とにかく、すこし、整理ができたわね」

 あたしは、『碧』と『望』の間のオレンジ色の矢印を消し、 『望』のそばに『サ』マルを描いて、赤い矢印で結んだ。さらに、『渡』のそばの『別』マル一つと矢印を消した。望君が言うように白板はすぐ修正できるのがいい所ね。


 あたしは、白板とマーカーを机の上に放り出して、ビールをグビグビ飲んだ。アルコールがすぐに汗になって出てくる。背中にさしていた、新品の房州うちわを出して、一心に仰いだ。もう浴衣美人なんてどうでもいいわ。

 右隣では、アイツが黙って枝豆を食べている。しかも汗をかきながら。アイツが黙っているなんて、よっぽどショックだったのね。あたしは、うちわを柄の先で持って、おおきく、ゆっくり仰いだ。アイツとあたしに風が来るように。


「ねぇ、『残り物には福がある』ってことわざ知っている?」

「ああ、知ってるで」

「じゃー 『残り者同士には福がある』っていうのは?」

「うーん、聞いたことあらへんで」

「そりゃ、そうでしょう。あたしが作ったんだもの」

「で、どういう意味や」

「こういう意味よ」

そういって、あたしは、白板の『渡』と『碧』を大きな赤マルで囲んだ。

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