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白板の好きな男(その4)

 見た瞬間にアイツだとわかった。浴衣よりもはでな黄色のアロハシャツを着て、扇子であおいでいる。アイツの名前は八丈渡はちじょうわたる。秘境専門のツアーガイドだ。なんで、アイツがいるの? なんで仏壇屋の屋上にいるのか、つまり、誰とどういう関係でここに花火を見に来たのか? もう一つの疑問は、なんで今、日本にいるのか? ということ。


 オンラインパートナー紹介所の対面ステージで、一度、アイツとデートをした。その時にひどい捻挫をして色々世話になったわ。それで、デートの結果は「キープ」、つまり、今後も関係を保ちたいと紹介所のシステムに回答した。アイツの方も「キープ」と回答したので、あたしたちは再度、対面ステージ、つまりデートをする予定だったの。ところが、6月はあたしが忙しかったのと、7,8月はアイツの方が(観光)シーズンでほとんど日本にいないということで、次のデートは当分先のはずだったわ。


 なのに、今、シーズン真っ最中のはずが、日本にいる。しかも『別の女』らしい女性と楽しそうに話している。野獣のあたしが吠える。

「どういうこと! お仕置きよ!」

 合理性のあたしが引きとめにかかる

「ちょっと、自分の立場をよく考えてからにしてくれない?」

「??」

野獣の動きが止まる。左脳が状況を整理する。

 ここに、望君に連れられてやってきたあたしがいる。望君との距離を縮めようとして、浴衣を着て、おめかしをしたあたしがいる。一方、あそこには、2か月ほど前に、ちょっといいと思った男がいる。形式的には、結婚も視野に入れた付き合いをしている。これって、『二股』? 『三角関係』? いやいや、まだ、ちょっと唾をつけたぐらいだから、そんな大げさなものではないわ。何も後ろめたいことはない? いや、ある?

 それよりも、問題は、八丈渡とあたしの関係を望君に知られてもいいかどうか? アイツのことだから、知らないふりを押し通そうとしても、無理ね。だけど、オンライン紹介所を通してつき合っていることまで言う必要はないわ。アイツが余計なことを言わなければ、『単なる知り合い』で済ませられないかしら? 逆に、望君とあたしの関係は、八丈渡に知られてもいいのかしら。これは、いいはず。単なる会社の同僚だから。でも、花火を一緒に見るって、単なる同僚には見えないかも。さらに、ややこしいことに、ゴーストさとる君がいる。彼には、あたしが『ジョギング中に捻挫した』のが嘘で、本当は『デート中だった』ことがばれている。しかも、そのデートの相手が八丈渡だ。極めつけは、八丈渡と話をしている『別の女』だわ。暗くて顔は見えないが、ミニのスカートからすらりとした生足が伸びている。この状況って、『修羅場』? 『天罰』? それとも『試練』?


 これだけ複雑だと、ちょっとやそっとでは、解けそうもないわ。少なくとも図を描いて整理したい所ね。あたしは思わずつぶやいた。

「やっぱり、白板とマーカーが必要ね」

そのあたしのそのつぶやきを望君が聞いていた。

「え、やっぱり、碧さんもそう思います。そうでしょう。必要ですよね。ちゃんと持ってきましたよ」

はあ? あたしは、彼の文脈が読めない。

 彼はカバンからノートサイズの白板と多色マーカーを取り出して、あたしの前に出した。

「あ、後で使うから置いておいて」

とりあえず答えた。この答え方、どこかで聞いた様な気がするけれど。ろくなことにならない予感がちらっとした。


 望君は八丈渡に声をかけた。

「先輩! お久しぶりです」

先輩? ということは、望君とアイツは、高校か大学の先輩後輩の関係ね。アイツは関西出身だから、きっと大学が一緒なのね。

「お、望やないか? 元気にしとったか? 」

望君は、アイツのテーブルに近づいていく。あたしは、仕方なく彼の半歩、いや、一歩後ろをついていく。アイツが言う。

「お、彼女を連れてきたんか? この子が例の女かー」

例の? 『例の女』って、どういうこと?

「ええ、そうです。紹介します…… 」

と望君が言うので、あたしは顔をあげてアイツの眼を見た。

「あ!おまえ、あの、あの…… 名前をど忘れした…… そうや、おまえやないか!」

まったく、アイツは、『おまえ』としか呼べないのかしら。この調子だとホントにあたしの名前を忘れているんだわ。あたしは眼をつりあげて言ってやった。

「『ガイド』さん、久しぶりね。あたしの名前は『おまえ』じゃなくて、水上碧よ」

「あ~、そうやった。そうやった」

望君は不審な顔をしている。

「お二人とも知り合いだったのですか?」

そこで、あたしは間髪をいれずに答える

「ええ、捻挫をしたときにお世話になったの」

これは嘘ではない。これで、切り抜けられると思ったら、アイツが余計なことを喋り出す。

「あの時は災難やったな。全くデー……」

まずい! 『デート』なんて言ったら、ばれちゃうじゃない。と、その時、どこからか

「ヒュルルルル~」

と音が聞こえてきた。そして

「ドーン」

と腹に響く大きな音がした。近くなのですごい迫力。同時に空が明るくなる。見上げると火の粉が頭上に降りかかってくる。あたしはひっくり返りそうになった。まるで、天が落ちてくるようだわ。あたしは、そばのテーブルに手をつく。生足の女の子は耳をふさいで目をつぶっている。


「おおー」

とどよめきが起きる。

「始まりましたね。ここからだとすごい迫力でしょう」

望君は、にこにこして言った。何かを思い出したのか、すぐにどこかに行ってしまった。隣では、アイツが生足の女の子に声をかけている

「大丈夫か、サラポ。ビックリしたやろう。俺もビックリやで」

生足ちゃんは目の大きな女の子。髪は漆黒で長い。歳は、大学生ぐらいかしら? 一体アイツとは、どういう関係? 名前は「サラポ」? とにかく敵を知り己を知れば百戦百勝危うからずって言うぐらいだから、情報を集めないとね。

「ガイドさん、そのかわいい子を私に紹介して下さらない?」

「あーわかった、分かった。それより、今日は、ガイドやなくて、わたるって呼んでくれや」

それから、アイツは、生足ちゃんを紹介した。

「コイツは、俺がタイにいた時に世話になった社長さんの娘で、今は東京の大学に留学しているんや」

「はめまして、さらぽーんです。さらぽとよんでください」

彼女は合掌して日本語で挨拶をした。あまりにも自然できれいな合掌をしたので見とれてしまった。

「で、コイツは…… じゃなくて、この人はみどり、碧さんや。この人とは…… 」

アイツもどう説明したものか迷っているのね。変な説明をされる前にあたしから説明する。

「この人、渡さんと、あたしは、この間、救急車でご一緒した仲なのよ」

とあたしは文脈不明の説明をした。間違ってはいないわ。生足ちゃんは半分だけ理解した。

「…… えー! きゅうきゅうしゃをよいしょしたのですか?」

「いや、そうじゃなくて…… 」

とあたしは焦る。曖昧な日本語でごまかすのは難しそうね。何て説明すれば、あたりさわりがないかしらと考えていると。

「ヒュルルルル~」

と音が聞こえてきた。生足ちゃんは

「あ~ だれかたすけて!」

とさけぶ。アイツが応える。

「サラポ、こっちへこいや、俺が抱っこしてやるで」

生足ちゃんはすぐに反応する。

「わたる、どさくさはだめ、どさくさはだめ」

その時、「ドーン」とまた、大きな音がした。生足ちゃんは

「きゃー」

と言ってあたしに抱きついてきた。顔をあたしの胸にうずめ、外を見ないようにしている。まったく、大きな子供ね。とにかく、アイツの『別の女』ではないし、あたしのライバルでもなさそうね。

 花火の光が完全に消えて、生足ちゃんは顔をあげた。一瞬、目と目が合った。なに? なによこの視線は? 

「みどりさん、ありがとう。みどりさん、しずかちゃんがにている。とらえもんのしずかちゃん」

「トラえもん、しずかちゃん? ……浴衣を着ているから? あーそう言えば、髪、髪を左右でゆわえていたわね」

そうなのよ。髪をアップにしようと思ったのだけど、面倒になって、結えたのよ。こうすると、少し子供っぽく見えるわ。

「にている、にている」

「似ているの? ホント?」

ウンウンと生足ちゃんは頷いて言った。

「とらえもん、すき。にんじゃもすき。だからにほんにきた。いま、だいがくでとらえもん、べんきょうしている」

「えー、大学でトラえもんの勉強しているの? どうして?」

「とらえもん、にほんごじょうず。とらえもんのにほんご、べんきょうする」

「あ~そう言うこと。トラえもんを教材にして日本語を勉強しているのね」

「にほんごがおわったら、とらえもんつくるべんきょうしたい」

「ええー トラえもんを作りたいの。それは難しいわね…… でも、やりがいがあるわね」

「やり? がい? やりをかうの?」

「いや、そうじゃなくて…… トラえもんを作りたいって、とてもいい夢よ。頑張ってね。あたしもトラえもんを作りたいわ」

「うれしい。みどりさんともだちね」

「そう、友達よ」

というわけで、あっという間に生足ちゃん、サラポちゃんと友達になった。


「ヒュルルルル~」

あたしはサラポちゃんの手を握って

「綺麗だから、よく見てご覧」

と言った。

 まるでロケットのように火を吹きながら上昇したかと思うと、一瞬光が消える。そして、大きな音ともに、放射状に光の筋が伸びていく。赤や、緑、黄色と色を変えながら、光の筋は短くなり、点になる。近くで見ると、光点群が立体的な球面を作っているのがよくわかるわ。その後、光は弱まり、綺麗な球が重力と風で崩れていく。他にも、開いた円錐状に光が伸びていくものもあるわ。パチパチはでな音を立てるもの。幾つもの花火が続けて打ち上げられて、朝日を浴びて次々と開花する朝顔を表現しているものもある、でも、あたしは、やっぱり球が好き。だって、いかに完璧な球を作るかという職人さんの意地と誇りが伝わってくるじゃない。

 サラポちゃんも花火のパターンが分かってきたのか、もう驚いていない。首が痛くなってきたあたしは、彼女に言った。

「ねぇ、座らない。それに、何か食べない?」

「うん、おなかすいた」

「ビールは飲んでもいいの?」

「びーるもおちゃもだいじょうぶ」


 あたしは、屋上への出入り口のそばでビールとトウモロコシを二人分もらった。その灯りの下で、望君が座って、上空の花火を見ている。何をしているのかと思って覗き込むと、白板に花火の絵を描いている。さっき見せてくれたノートサイズの白板に、多色マーカーで絵を描いている。

「白板に絵を描く人は初めてだわ。でも、色も、形もうまく描けているわ。真黒な空で光る花火が、真っ白な背景に描かれているので、変な気がするけど」

「ええ、全然別の印象でしょう」

「それは、そうと、白板だから、最後は消すんでしょう。白板じゃなくて紙の方がいいじゃないの?」

「さすが、碧さん、いい所に気がつきましたね。消す前にこうやって、デジカメに記録するんですよ。どうせ電子化してしまうんだったら、紙はなくてもいいでしょう。それに、白板だと修正するのが簡単ですし」

そう言って、望君は、デジカメで撮って、白板を消して、また、新しい絵を描き始めた。

「望君って、ほんとうに白板が好きなのね?」

「碧さんも、描きます?」

「今は遠慮しておくわ。後で描いた絵を見せてね」

そうい言って、ビールとトウモロコシを持ってサラポの所へ戻った。

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