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道産子ゴースト(その5)

 結局、その日は課長補佐のゆきさんから連絡はなかった。翌朝、問いただすと

「うん、留守電には気がついたけれど、もう一度電話があるまでは、まかせようと思って」

「つまり、わざと電話しなかったということでしょうか?」

「そういうことになりますね」

「つまり、子供を見守る親に徹していたというわけですか?」

「その表現は、よくわからないけど、そんなものです」

あたしは、やられた―と思った。課長補佐から見れば、あたしたちは子供なのだ。今日はどうするのか聞いてみた。

「さとる君は、朝から水族館に詰めて、知事の視察が終わるまで待機しているそうです。課長補佐はどうされますか」

「行った方がいいのかな?」

「客にまぎれて、ペンちゃんを見守ることはできますが、さとる君は、客からは見えない作業スペースで待機しています。そちらの方は補佐が行かれても邪魔になるだけでしょう」

作業スペースでは片品嬢がさとる君にアタックしているに違いない。つまり、片品嬢にとって課長補佐は邪魔になる。まてよ、わざと邪魔をさせる手もあるわ。そうすれば、さとる君はフリーのままだから、いざとなったら、あたしが食べちゃうこともできるわけだし……

「それで、碧さんの意見では、私は行った方がいいですか、それとも行かない方がいいですか?」

と、課長補佐が、あたしの思考を中断した。あたしは

「い、行かない方がいいです。さとる君に任せておいても大丈夫です」

と答えた。あたしは、善人なのだ。片品嬢とさとる君がいい関係になれば、それはそれでいいじゃない。


 昼過ぎに、さとる君が上機嫌で帰ってきた。無事に知事の視察は終わり、ペンちゃんはいつも通りに活躍したそうだ。お土産に水族館の入場券を5枚もらった。現場に行った4人の分と、副館長の旧友である課長の分だそうだ。

 

 結局、次の土曜日にあたしたち4人と課長の娘の早由美さゆみちゃんの5人で水族館に出かけた。早由美ちゃんはあたしにべったりついてくる。折角だから、あたしのカバン持ちをやってもらった。なんせあたしはけが人ですから。

 早速ペンギン水槽に行くと、子供たちがたくさん集まって、ペンちゃんに注目していた。母子が喋っている。

「ママ、このペンギン歩かないよ。えらいのかなぁ」

「このペンギンは本物じゃないのよ、ロボットなのよ」

「えー、でも、こっちを見ているよ」

「ほんとねぇー 賢そうな眼をしているわ」

女子高生が騒いでいる。

「キャー、かわいいー!」

「きっとオスよ」

「そんなことないわ、絶対メスよ。羽の振り方なんか、お嬢様って感じじゃない」

「写真とって、写真」

「ねぇ、見て見て。本物のペンギンとじゃれ合っているよ。きっと恋人よ」

「さすがにロボットはぎこちないわねぇー あなたの彼氏の方がましね」

「もー それは言わない約束よ」


 早由美ちゃんは、携帯で写真を撮りまくっていた。その時、飼育員の片品嬢がやってきた。

「こんにちは、先日はどうもありがとうございました」

あたしが、

「すごい人気ね」

と言うと、片品嬢は

「あの後、さとる君にいじってもらったら、だいぶ愛想が良くなったのよ。今では、ペンちゃんをいじめるペンギンはいないわ」

と答える。あれ? 片品さん、さとる君を名前で呼んでいる。あたしは小声で、さとる君に

「片品さんとそういう関係なの?」

と聞くと。彼は恥ずかしそう眼を伏せた。

「じゃー、このこと黙っていてあげるから、あたしの捻挫の真相も黙っていてくれない?」

そう言うと、さとる君はうなずいた。やった! これで一難去ったわ。

 片品嬢は、時計を見て

「あと、10分したら、非番になるから、皆さんに合流するわ。丁度、これから、イルカショーが始まるから是非見て。迫力満点で、今の所、うち館の一番の自慢だから。そのうちペンちゃんが一番になるかもしれないけど。あはは」

そう言って、水槽の裏へ戻っていった。


 あたしたちは急いでイルカショーのある屋外ステージへ向かった。確か、あたしの好きな動物はイルカとオンライン結婚紹介所のアンケートで答えた。イルカは海豚いるかとも書く。なぜかしらと考えながら、屋外ステージを目指すが、人ごみと松葉杖のおかげでステージに着いたときは、もうショーが始まっていた。でっかいイルカが2匹競争していた。2匹同時に小さくジャンプする。イルカの流線形の体にはほれぼれするわ。

 あたしたちは、すいている前の方に向かった。その時、あたしは、手前の一匹と眼が合った。イルカはなんだか自慢しているようだった。あたしたちが座ろうとすると、係員さんがあわててやってきて

「そこだと濡れますよ。こちらへいらしてください」

とあたしたちをせかした。その時、手前のイルカが目の前で大きくジャンプした。おお! というどよめきが湧き起る。係員さんが

「逃げてください」

と叫ぶが、松葉杖のあたしは急には動けない。水面に落ちてくるイルカとまたもや眼が合う。明らかに笑っている。


 三秒後、あたしの前面側は足先からメガネまでずぶ濡れになっていた。あたしは、

「この海の豚やろう」

とつぶやいた。早由美ちゃんがすぐに寄ってきて

「大丈夫ですか?」

と聞くので

「とりあえず、メガネを拭いてくれない。何も見えないから」

と頼む。

「あはは、災難だったわね」

と、桃子のいじわるな声が聞こえる。メガネをかけて周りを見渡すと、何と! あたし以外はだれも濡れていないわ。皆さっさと逃げたのね。係員はあたしを端の方の席に案内し、どこからか大きなバスタオルを持ってきてくれた。バスタオルで拭いていると、片品嬢がやってきて

「まあ、どうしたんですか」

「見てのとおりよ。イルカに嫌われたみたい」

「好かれたのかもしれないわ。もう一枚バスタオル持ってきます」

そう言って出で行って、真っ青な地に白抜きでイルカのキャラクターが描かれたバスタオルを持ってきた。お詫びに、差し上げるとのこと。

 その後、あたしは青いバスタオルを体に巻いて、水族館をゆっくり見て回った。カバン持ちの早由美ちゃんはけなげにも、あたしを気遣って、ついてきてくれる。他の4人(もちろん片品嬢はさとる君にぴったり張り付いている)はさっさと行ってしまったのに。

 歩いていると、皆の視線があたしにブスブスと刺さる。

「ねぇ、周りの人、あたしをちらちら見ているわよ。恥ずかしかったら、あたしと一緒に歩かなくてもいいわよ」

そう早由美ちゃんに言うと。彼女は

「恥ずかしいってどうして?」

「だって、こんな目立つ青いバスタオルを巻いて、しかも、わかめのような髪の毛の女の人と一緒に歩いているのよ」

「え、そうだったの。私はてっきり、美女と美少女が並んでいるから目立つのだと思ってたわ」

はあー まったく、美少女はおめでたいわね~ きっと、皆の視線を浴びることが快感に違いないわ。


 待ち合わせ場所のミュージアムショップに着いたのはあたしたちが最初だった。列に並んで待たなければならないシアターものをすべてすっ飛ばしたからだわ。早由美ちゃんに2千円を渡して、適当に二人のお土産を買ってもらうよう頼んで、外の喫煙所に向かった。

 風が吹いていて気持ちよかった。びしょびしょになってシースルー状態になっていた黄色いワンピースは、すこし乾いてきた。この風でタオルを巻かなくて済むぐらい乾けばいいのだけどと期待して、タオルを取って、風を受けた。

 何だが少ししょっぱい気がすると思いながら一服していると、中年のスーツを着た男性がやってきた。あれ! 副館長じゃない。

「水上さん、こんな所にいらしたのですか?探しましたよ」

「あ、すいません」

とりあえず謝っておく。副館長と会う約束はしていなかったけど…… こちらから挨拶に出向かなければいけなかったのかしら、と不安になる。

「実は、お願いがありまして…… あのペンちゃんプロジェクトは、見ていただいたように大成功でした…… あれとは別に長年温めていたアイディアがあって、改めて霧島に相談したんですよ。そしたら、『うちの碧に相談してくれ』って言われました。つまり、碧さんが、この新しいプロジェクトを引き受けるかどうかを決めるそうです」

「え、どうしてあたしなのかしら。プロジェクトの受諾は課長か、課長補佐が決めることなんですけど。それに仮にあたしが決めていいとしても、そもそもロボットなら月夜野君の方が適任だと思います」

「いえ、ロボットではないのです」

そう言って副館長は温めていたアイディアを簡単に説明してくれた。また、後日、現場を見ながらゆっくり相談したいとのこと。最終的な判断は課長がするとしても、資料を集めて、検討して、プロジェクトの成立性を判断できる材料をそろえなければならない。しかも、うちの会社が儲かるだけではなく、クライアントにとって意味のあるプロジェクトでなければ成立とは言わない。責任は重大だわ。やるしかないわね。あたしは、まるでやくざのように青いバスタオルを肩にひっかけてショップに戻っていった。


 ショップでは、皆が買い物を終えた所だった。早由美ちゃんは、あたしとお揃いで、貝殻入りの透明キャンドルを買った。器も透明なガラスなので、まるで、海の底を見ているようだわ。桃子は

「結局、何も買わなかったわ。『紐パン』はないけどキャラクター入りの『紙おむつ』ならあるって言われたわ」

どうせ、そんなところでしょう。プーさんは

「ワニの卵の代わりに、サケの卵、つまり『いくら』の瓶詰を買ったよ」

と、これまた、笑える。さとる君と片品嬢は、色違いのタオルハンカチを見せてくれた。ペンギンのキャラクターが描かれていて、さとる君は水色地、片品嬢はピンク地だ。とっさに、右脳が2つの未来を見せてくれた。一つは1年後、さとる君と片品嬢がハンカチを見て、お互いの馴れ初めの頃を思い出している幸せな風景。もう一つは3年後、鍋拭きに使われてゴミ箱に捨てられているピンク地のハンカチ。3年後が幸せかどうかは、ハンカチにもわからないし、あたしにもわからない。きっと誰にもわからない。

 あー あたしの3年後はどうなっているかしら。エースになれるかしら。白馬の王子は現れるのかしら。漠たる不安が風となってあたしの中を吹き抜けていく。肩に羽織った青いバスタオルをはためかせながら。あたしは小声で宣言した。

「変えてやる! 絶対、今とは違うあたしに」

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