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道産子ゴースト(その3)

 それまで、全く存在感のなかったさとる君がぼそぼそと話しだした。

「あの~ 少しは、僕の話も聞いていただけないでしょうか?」

あたしと彼女は一時休戦し、さとる君の解説を聞いた。

「ペンちゃんのこの鳴き声」

『プープー、クォー、プープー、キュー、ピロロロ、ピロロロ、クァークァー』

「は、エラーコードを表わし、数字にすると4-5-4-2-0-0-3を表現しています」

「どうして、そんなややこしいことをするの? LEDで何桁か表示すれば済むことじゃない」

と尋ねると。

「そんなにややこしくはないんです。実はこのロボットのペンちゃんは高機能音声解析チップと自動言語合成モジュール、FM音源を組み込んでいます。だから、鳴き声のフレーズに0から9の数字を対応させて、それらの組み合わせでエラーコードを表現するのは難しくありません。しかも、この音声解析チップはドイツのシュバルツバルト社製で、個体識別機能付ですので、こんなこともできます」

そう言って、さとる君はペンちゃんに話しかけた

「ペンちゃん、今の体温は?」

するとペンちゃんが答える

『キュー、クァークァー』

「これは、2-3を意味し、この場合、体温が23度ということになります。この時、開発者である僕を認識して、様々なモニターをできるように仕組んでいます」

「へぇ―、すごいわね」

とあたしは感心した。

「個体識別は人間2名、ペンギン3匹まで記憶することができ、人間1名は、開発者の僕を割り当て、もう一人の人間は、もっともよく会話する人を割り当てますので、おそらく片品さんが割り当てられていると思います」

片品嬢が

「たしかに、あたしが呼びかけると応えてくれるけど、他の飼育員が呼びかけるてもでたらめな応答をするわ」

と言う。さとる君が解説する

「このチップには、長調短調識別機能がベータ版として搭載されています。これを利用して、ちょっとした学習をするアルゴリズムを組み込んでいます。最初はランダムに鳴き声のフレーズを繰り返すのですが、そのうち相手、この場合は片品さんの応答が長調であるような応答を学習によって獲得し、幾つかのフレーズのパターンを記憶します。さらに言うと応答は鳴き声だけではなく、動作、つまり、羽をパタパタさせたり、尻尾をふったりする動作も含みます。大げさに言えば、一種の言語や単語を作成しているとも言えますので、僕はこれを自動言語合成モジュールと呼んでいます。つまり、このドイツ製の高機能音声解析チップと僕の作った自動言語合成モジュールを組み合わせることによって原始的なコミュニケーションモデルを構成します」

片品嬢は??の表情を浮かべている。

「月夜野さんの言うことは難しくてよくわからないわ。簡単に言うとどういうこと?」

「簡単に言うと…… そうですね、友達を作れるロボットと言ったところでしょうか。相手がペンギンでも、まったく同じよう機構が働きますので、ペンギンの友達もできるはずですが…… 片品さんから見て、どのようにみえますか?」

「そういわれれば、確かに3匹のペンギンがいるわ。仲のいい友達というよりも喧嘩仲間のように見えますけど」

「そうですか、長調短調による学習は良くないのかもしれません。もう少し、ちゃんとしたものにしようとすると、ペンギンの振る舞いや応答をじっくり勉強する必要がありますね」

あたしは思わずうなった。ここまで作りこむだけでも相当な努力をしたに違いないわ。さすが、粘りの道産子ね。あたしが指揮を執るつもりでいたけど、あたしがしゃしゃり出るのはおこがましいわね。それに、さっき、片品嬢をバカにしたけど、彼女は正しかったのね。謝らなくちゃ。あたしがそうしようと思ったら、先に片品嬢が話しだした。

「それで、ペンちゃんは直るの?」

「うーん、どうでしょう。まず、このエラーコードですが、数字の4-5-4-2-0-0-3の最初の4はエラーコードのしるしです。次の5は、エラーコード本体が5桁の数字であることを意味します。エラーコード本体の最初の2桁の42は、羽の動作に関連するエラーで、003は、羽の動作が目的の位置に達しなかったこと、つまり、指令通りに羽が動作しなかったことを意味します」

「と言うことは、どの辺が怪しいの?」

とあたしが尋ねると

「羽を動作させるモーターを含む駆動系か、あるいは、羽の位置をモニターしているエンコーダーかが故障しているのだと思います。電源投入後の最初の自己診断モードで、すでに羽の動作がぎこちなかったので、駆動系の方が怪しいでしょう」

「そこまでわかれば、立派な医者よ。片品さんには悪いけど、これから先は分解しないといけないと思うわ」

とあたしが言うと、彼女は

「わかっているわ」

と言った。


 それから、さとる君は背中側の蓋をあけて肩に埋まっている駆動系を調べた。ちょっと見ただけではわからなかったけど、一つ一つの部品(クランクや歯車やモーター)を調べると、一つの歯車の一部が割れて変形し、動作時に引っかかっていることが分かった。それを見て片品嬢は

「人間で言えば四十肩しじゅうかたみたいなものね。動物でも人間でも関節のトラブルはすっきり直らないから厄介なのよねぇ」

と言う。そう言えば私の身の回りで最近そういう人(関節のトラブル)を見たような気がするわ。誰だったけ…… 人ではなくてペットだったっけ…… う~ん、もう少しで思い出せそうなのだけれど思い出せないわ。まあ、いいか。それより、ペンちゃんを直さないと

「それで、症状とその原因は分かったけれど、そもそも歯車が割れた原因は何かしら? 歯車を新品に交換すれば、とりあえずは直るけれど、最初の原因がわからないと気持ち悪いわね」

 片品嬢とあたしの漫才が始まった。

「もしかしたら、ビールの飲みすぎによる尿酸値の上昇とその後の痛風?」

と片品嬢が言えば

「ビールは飲まないし、歯車付近に尿酸かなにかが結晶化しているわけじゃないから、痛風はあり得ないわ」

とあたしが答える。

「それとも羽の動かしすぎによる疲労骨折?」

「そうね金属疲労による破損はありえるけど、そのぐらいのことは、わが社の天才デザイナーがチェックしているはずだから可能性は低いわね。それに変形しているのが、力のかかる円周方向ではなく、それに垂直な方向なのが気になるわ」

「それじゃ、寒くて風邪をひいて、関節が痛むとか?」

「極低温では、金属や色々な素材はもろくなって、割れやすくなるけれど、低温と言ってもペンギンの耐えられる低温程度では関係ないと思うわ」

「それじゃ、打撲かしら。転倒して肩をうったとか」

「転倒して肩を打つって、どこかで聞いたことがあるけれど…… それって、こないだのあたしに似ているわね。全く、あれは、ひどかったわ。お台場でデート中に捻挫して転倒して、血まみれならぬトマトまみれになるし……」

あたしがそう言うと、すかさず、さとる君が言った

「えー、碧先輩、デートしてたんですか? 皆には『ジョギング中に……』って言い訳してたじゃないですか? あれはウソだったんですか? デートの詳細を教えてくれなかったら、皆にばらしますよ」

し、しまった。また墓穴を掘ってしまった。あたしは、慌てて言った。

「そ、その話は、とりあえずおいておきましょう。今はペンちゃんの転倒について分析するのよ。つまり、ペンちゃんは地面にしっかり固定され、電源コードも固定されているから転倒することはありえないわ」

片品嬢がいいことを言う。

「あ、もしかしたら、デートじゃなくて喧嘩かも。さっきも言ったように3匹ほど喧嘩仲間のペンギンがいて、時々、口ばしで突っつきあうのよ。本気になると、口ばし攻撃は、強烈で、怪我をすることもあるわ」

あたしは、救いが現れたと思った。

「そ、それよ。きっと、それよ。この毛皮がわりの合成ゴムは、破れはしないけれど、口ばし攻撃の衝撃を防いでくれるわけではないわ。肩のこの位置だと、口ばしで変形してもおかしくないわ」

さとる君もこの推定には賛成しているようだわ。

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