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アロハな男(その4)

 彼女(八丈さゆり)は、沢山の服を抱えてきた。

「上下に分かれたものは、組み合わせがありすぎて、いくら時間があっても足りないから、ワンピースにしたわ」

そう言って、彼女は、順番に服をあたしの胸の所に置いて、選別していく。合いそうなものとそうでないものに。あたしが意見する隙は全くない。半分ほど、選別したところで、彼女の手が止まった。

「しまった。みどりちゃん、靴は何色だったけ?」

「黒、黒のパンプス」

「えー黒? ちょと見てくるわ」

そう言って、慌てて出て行った。すぐに、悲しそうな顔で戻ってきた。

「うーん。黒で、カジュアルにしようとすると、黒か、グレーね。あいにく、そういうワンピースはないわ。青いジーンズという手もあるけど、怪我をしてちゃ、ジーンズを穿くのは一苦労ね。仕方ない」

そう言って、また、沢山の服を抱えて、ウォークインクロゼットに戻っていった。家に帰る時だけなのだから、何もそこまでこらなくてもいいのに、と思うが、彼女のしたいようにさせる。あたしは、彼女の着せ替え人形だから。

 今度は、黒やグレーのスカート、ツーピースを抱えてきた。あたしの腰のあたりに、一通りスカートを置いていく。ようやく選んだのは黒のミニのフレアスカート。

「みどりちゃんは、足がきれいだから、これがいいかしら。はいてみてくれる」

あたしは、松葉杖をつかって、立ち上がり、バランスを崩さないように注意しながらスカートをはく。これが、結構大変。これからしばらく、毎日、こうなのかと思うと気が重い。

 彼女は、他のスカートをもどして、今度は、上を沢山持ってきた。結局選んだのは、グレーのシャツ。

「なにか、ピンクのアクセントを入れたいところだけど、まあ、このぐらいで良しとしましょう」

着てみると、鏡の中の自分は、申し分ない。右足の包帯でさえ、コーディネーションの一部のようだわ。あたしが

「ありがとうございます。最高にいいわ」

と言うと

「よかったわ。それじゃー、これを差し上げるわ」

「そんなー ちゃんとクリーニングしてお返しします」

「いいのよ、この服があなたを選んだのだから」

なんだか、あたしは、最高にほめられたような気がする。


 ダイニングでは、アイツ(八丈渡)が、すでにピザを食べていた。ピザの香ばしいにおいが漂ってくる。

「あ、わりぃわりぃ。先、食べさせてもらってます。あまりにもお腹がすいていたんで。お、お前、かわいいやないか」

まるで、今まではかわいくなかったと言っているように聞こえる。彼女が言った。

「それじゃー。私たちも食べましょう」


 右足の鈍い痛みは、相変わらずだけど、食べていると、気分が明るくなる。

 彼女は自分たちの話をした。アイツが高校生のころに、パパと再婚した。(彼女の方は初婚) そのころ、彼女は売れない画家で、パトロンがほしかったこと、一方、アイツの父親パパは、妻を亡くし、家事をする人が必要だった。お互いの利害が一致して結婚したのだと、彼女は自嘲気味に説明した。結婚して、一緒に住むようになって、今度は、別の問題が生じた。彼女とアイツは、10歳も違わない。お互いを異性として認識しないでいるのが難しい。その結果、姉弟になった。つまり、アイツは、彼女の子ではなく弟で、彼女はアイツの姉なのだと。そう思うとお互いに気楽になって、家族としてやっていくことができたのだそうだ。アイツが大学に入って家を出ていって、彼女の方は画家として売れるようになって、この家をアトリエとして使うようになった。彼女は姉弟関係についてこう言った。

「その時は、うまくいったように思えたけど。本当の所、この子、わた君は自分を抑えていたのね。それで、今でも女性に対して、踏み込んだ付き合いができなくないのよ」

アイツは、反論する。

「考えすぎやで、さゆりねえ。それなら、こんなかわいい、ドジな子を連れくれるわけ、ないやないか」

かわいいは、いいけど、『ドジ』は余分よ。『ドジ』は。それにしても彼女の話は変だわ。アイツは、『別の女』には不自由しないんじゃなかったけ。それもと、『別の女』は架空の女? ただでさえ、ややこしい家族関係なのに、虚構が混じっているかもしれないとすると、わけがわかんないわ。

 彼女は、突然、あたしに話をふってきた。

「というわけで、わた君は、自分の話は盛んにするけど、あなたの話はちっとも聞いていないんじゃないの?」

そう言われれば、そうかもしれない。でも、もともと、あたしは自分の話をするが苦手だから、相手の話を聞くのは苦じゃないわ。

「今度はみどりちゃんの話を聞かせてよ」

そ、そう言われても…… 何を話せばいいの? という眼をすると

「それじゃー あなたの夢、夢を教えて」

「夢? 夢ねぇー 今は、会社であくせく仕事をする毎日だから、夢なんて考えたこともないわ。学生の頃は、ロボットを作るのが夢だったの。砂漠に木を植える孤独なロボット」

「どうして、孤独なの?」

「1台しかないから」

「どうして1台だけなの?」

「どうしてかしら…… 真っ白な砂漠で、真っ赤なロボットが1台、ポツンと置かれているの。だれもいない炎天下で、黙々と木を植えて、水をやるの」

彼女が続きを話す。

「何年も何年も、1台きりで働いて。そのうち、小さなオアシスができ、それがいつか森になる。それ、いいわねぇ―」

そう言って、彼女は、部屋を出ていくと、スケッチブックと、黒鉛筆、色鉛筆を持ってきた。猛烈なスピードで絵を描きだした。黒鉛筆で2枚描いたかと思うと。今度は、色鉛筆で、ところどころに色をつけていく。完成した1枚目は、あたしの説明したイメージ通りの絵。2枚目では、森のなかで、腕がもげて、ぼろぼろになったロボットが大きな木のそばにたたずんでいる。その横で地面からロボットの腕だったものが突き出て、水が湧いている。水は小さな小川となって流れていく。完全に動かなくなったロボットの方は、なんだか安らかに眠っているように見えるわ。

 彼女は、『どう?』と眼で聞いてくる。あたしは、驚きと感動で声が出ない。アイツが言った。

「いい、夢や」

あたしは、昔を思い出して、言った。

「でも、この夢は消えたわ。大学院で…… 色々あって、あたしは退学したの…… 才能がなかったのよ。それで、この夢も終わり。そう、終わったのよ。でも、この2枚の絵を見ていると、なんだか涙が出てくるわ。なぜかしら?」

あたしは、ティシュを眼にあてた。

「まあ、夢なんて、そんなもんや。また、新しい夢をみればいいやないか。でも、ようできた絵やなあー これ、俺がもろうてもええか?」

「えー どうして?」

「大事に保管しといたるわ」

とアイツが言うと、彼女が茶々を入れる。

「わた君に預けたら、1年もしないうちにどこかへ行っちゃうんじゃないの? わた君はものを持たない主義だから」

「うーん、それもそうや。そん時はそん時や。新しい夢を、また、さゆりねえに描いてもらえばええ」

とアイツは言う。彼女はにっこり笑って

「みどりちゃん。新しい夢ができたら、教えてね」

と言う。


 彼女、さゆりさんはあたしを車で家まで送ってくれた。アイツは、規則では家に行ってはいけないんだけど、と言いながらついてきた。猛スピードの運転で、あたしの顔はまた青ざめたけど、気分は明るい。なぜかしら。

 アイツは、車を降りて玄関まで送ってくれた。松葉杖を使って、ゆっくり歩くあたしを。

「ほんま、今日は災難やったな。できたら、この埋め合わせをさせてほしいやけど。なあ、『砂漠の碧ちゃん』」

暗に、この関係を『ブレイク』ではなく、『キープ』したいと言っているのだわ。あたしは曖昧に頷いて

「考えておくわ。どちらにしろ、『泣き虫』で『ドジ』なあたしに付き合ってくれてありがとう」

と答える。アロハシャツを着たアイツは、ここからなら電車で帰った方がいいと言って、2枚の絵を持って駅の方へ歩いていった。


 今日は、神様の視線が見えない。天罰ではなかったのかしら。もしかしたら天啓かしら。


 ハワイ語のアロハには愛、慈しみなど色々な意味がある。総じて、相手を優しく受け入れることに関連しているように思える。あたしが『砂漠の碧』なら、アイツは『アロハな男』かもしれない。

主人公の碧はアロハな男をキープするのでしょうか、それともブレイクするのでしょうか、作者としても気になるところです!?

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