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アロハな男(その2)

 とりあえず、電車ゆりかもめに乗った。八丈渡はちじょうわたるは、路線図を珍しそうに見ている。ぐるっとループを描いてレインボーブリッジを渡る所は、地図の上でも特徴的だわ。

「ガイドさん、本当にお台場行ったことないの」

「さっきそう言ったやないか」

「じゃー レインボーブリッジも初めて?」

「もちろん。この橋、渡れるんやろうか?」

「当り前よ。そうでなかったら橋の意味がないじゃないの」

「いや、そういう意味やなくて、歩いて渡れるんやろうか? っちゅう意味」

「はあ? 仮に歩いて渡れるとしても、そんな物好きどこにもいないわよ」

「いや、おるよ」

「どこよ?」

「ここに」

と言って、アイツは自分を扇子で指した。


 あたしたちは橋の手前で、電車を降りて、橋を目指す。看板があって、歩いて渡れるのがわかり、なぜだか、あたしは、ほっとする。アイツは自分の話をした。

「どうも、俺は、東京が肌に合わん」

そりゃ、そのアロハシャツは東京には合わないわよ。

「空気は悪いし、せかせかしとるし。ちいと遅刻したぐらいで眼がつり上がる」

つり上がっていて悪かったわねぇ。

「それで、外国に行くようになって、そしたら、東南アジアにはまってしもうて。気がついたらガイドをやるようになったちゅうわけ」

確かに、東南アジアなら、合いそうね。

「けど、普通のガイドは競争激しいし、日本人ガイドの活躍できる余地はだんだんなくなってきて、それで秘境専門のガイドをやるようになったんや」

あたしは尋ねた。

「ふーん。でも日本人ガイドじゃないとすると誰が日本人をガイドするの?」

「現地ガイドや。大抵は、日本に短期留学して、日本語を覚えて現地法人のガイドになる。それで、日本の大手旅行社と契約して、日本人ツアーを受け入れるんや。日本人ガイドはコストでかなわん。アイツらは日本語もうまいし。俺の出る幕はあらへん。下手すっと俺の関西弁より、現地ガイドの日本語の方が通じたりするで」

「あはは、そりゃかなわないね」

「もうひとつ理由は、普通のツアーはシーズン、つまり、夏休みとか、正月とか、ゴールデンウィークとかのシーズンがあって、日本人だけを相手にしていると、やっぱり、コスト的にきびしいんや。そういう事情やから、現地ガイドも日本語だけやのうて、英語、ドイツ語とか喋れるヤツも珍しゅうない」

「そうなの」

「それで、日本人ガイドは、高級ツアーにしかつかないようになったんや。お金持ちや老人相手の高級ツアーか、俺みたいな、大手が手を出さへん秘境ツアーとか」

「秘境って、どんなとこ行くの?」

「アフリカ、中近東とか。アジアやったら、ブータンとか」

「ブータン?」

「インドの北にある国。日本の古きよき田舎っちゅう雰囲気や。ただ、ブータンもだいぶ観光化されてきて、大手が進出してきているんや。それで、うちの社は、より奥へ奥へと、観光地を開拓しながら、だんだん、だんだん、ホントの秘境にちこうなってってるわ」

「そういう所って危なくないの?」

「ホントに危ない所には行かんけど、たまに死ぬ客はおるよ」

「えー どうして?」

「腹上死や」

「えっ!」

「まあ、ホントの所はようわからんけど、ツアー客には老人が多いから、持病やなんかで死ぬ確率は高いんや。ツアーに行くときは飛行機の客室で、帰りは、箱詰めされて、ドライアイス詰められて、貨物室っちゅうこともあったわな。ツアーガイドはそういうことにも対応できんと、いかんのや」

ガイドさんもなかなか大変なのね。


 橋のたもとに着いた。さすがに下から見上げると迫力があるわ。エレベーターで橋の台の中を通って、上にでる。そこから道路わきの歩道を歩く。横を通る車がうるさいので、あたしたちは、黙々と分速70mで歩く。景色はかなり良い。右前方に台場が見える。昔の砲台のあとだ。

 台場とその近くの砂浜を一通り歩いて、ベンチに腰をおろした。アイツは言った。

「やっぱり、本物の海がええなあ」

「あら,お台場だって海よ」

さっき、そう言っていなかったけ。

「忘れられん風景っちゅうのがたまにあるんや。ジャングルに面した海。砂漠の海。泥河の流れ込む海……」

アイツの頭の中には別の海があるみたい。ひとしきり思いを馳せて

「さて、行こか?」

とアイツは言った。

「どこに?」

「さあ、どこがええ?」

「ガイドさん、あたし、歩き疲れたわ。のどが渇いたし」

と膝をさする。

「あんまし、歩いてへんで」

「そうなんだけど、歩くための靴は履いてこなかったのよ」

「歩くためでないんやったら、何のための靴なんや?」

「見せるための靴」

「靴を見せるんか?」

「そうじゃないの。あたしのこの細く締った足首をみせるの。ねぇ、見て。あたしの足首ってかっこいいでしょう?」

と両足をきれいに伸ばしてみる。

「そう言われればそうかもしれん」

「あたし、顔も胸もお尻も自信ないけど、膝から下は自信があるの」

「おまえ、変わったこと考えるな。交換できる部品やあるまいし」

確かに。アイツもまともなことを言う。

「そんなら、どっか店に入ろうか」

と言って、あたしたちはのろのろ歩き出した。


 ファーストフードの店に入った。そしたら、アイツは

「しもた! 財布忘れた。悪い! 俺、今これだけしか持ってへん」

と言って、アイツは、小銭入れと、その中の320円を見せた。まったく、なさけないガイドねぇ。

「あたしが買ってくるわ。何がいい?」

「コーラと、チョコリングと、……」

お金がないと言っておきながら、まだ注文するの とつり上がった眼を向けると

「そ、それだけでええわ」

「じゃ、ガイドさんは、外のテーブル、パラソルのついているテーブルで待っていて」

 あたしは、自分用には、トマトジュースとシナモンベーグルを買った。あたしはトマトが大好物なのだ。二人分をトレーに載せて、外へ行こうとした。トレーを両手に持って、ショルダーバックを右肩にかけていた。店内と屋外のウッドデッキの間に少し段差があったのかもしれない。誰かが、あたしの背中を押したような気もする。

 あたしは、つまづいてバランスを崩し、右足を小さく踏み出した。その時に、足首をひねったの。その瞬間、あたしの左脳が計算した。アイツのために買ったコーラがこぼれると。いや、本当のことを言うとあたしの大好きなトマトジュースが心配だった。と思って、ひねった足首で踏ん張ろうとした。これが致命的だったわ。

 右足に激痛がはしる。踏ん張るのはあきらめ、自然に任せる。1.5秒間の空白。叫んだかどうかは、覚えていないわ。右足首に激痛。痛みで目が開けられない。涙がポロポロでる。ようやく目をあけると、青空がぼやけて見える。メガネはどこかに行ってしまった。周りで人がざわざわしている。

「…… 刺されたぞ…… 救急車だ、救急車を呼べ!」

刺された? あたしが? (メガネがないのではっきりしなけど、)アイツがあたしの顔を覗き込む。

「どないした? 大丈夫か?」

「足が、足が痛くて死にそう」

アイツは、あたしの胸に触った。その手を見ると真っ赤だ。刺されたのだ。なぜ? 誰に? あたしは死ぬの? あー もっと人生楽しんでおけばよかった。明日の朝刊の3面には、きっと通り魔か何かであたしのが名前が出るのね。名前は通称の水上にしてくれるかしら? きれいに写っている写真を使ってくれるかしら。そんなことは、どうでもいいわ。どうせ死ぬんだし……

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