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アロハな男(その1)

 駅前の蒸気機関車のそばが待ち合わせ場所だ。オンラインパートナー紹介所の分類によると、シーソータイプ、すなわち性格等が似ていないということなので、用心してだいぶ早く来てしまった。もし、几帳面で、時間に厳しい人だったら、遅刻しては印象が悪くなるわ。何と言っても第一印象は大事だし。

 予定の時刻を過ぎたが現れない。念のため、周りをじっくり見回してみたが、それらしい茶髪の男性はいない。少なくとも予定時刻に現れないということは、時間に厳しいということはなさそうね。まあ、あたしも、どちらかというと時間にルーズなほうだし、かえって気楽だわ。

 5分たっても現れない。少しいらいらしてきたわ。電話ぐらいよこしなさいよ。と言いたいところだが、携帯電話の番号は、システムの規則で開示しないことになっている。アイツは間違いなく、時間にルーズね。

 10分たっても現れない。かなりイライラしてきたわ。アイツは、絶対、いい加減なやつだ。だいたい、あの基本プロフィールに掲載してある第一写真からしてふざけているわ。第一写真は、上半身が写った証明写真のようなものなんだけど、アイツは、なんと裸で写っている。右脳の回転速度は上がる一方。久しぶりに合理性のあたしが発言する。

「まあ、いいじゃないの10分ぐらい。この程度のことで、イライラしていたら、この先の長い人生、持たないわよ。さあ、リラックス、リラックス。それに、イライラするということは、自分が几帳面で、時間に厳しく、神経質だということを認めたことになるわよ」

そうだ、その通りだ。イライラしないわ。いらいらしないわ…… 

 15分たっても現れない。遅い! 野獣のあたしが吠える。

「アイツー 今度会ったらただじゃおかないわ。ずたずたに切り裂いてやる」

合理性のあたしが訂正する

「初めて会うのだから、『今度会ったら』っていうのは変よ」

あたしの右脳はもう爆発寸前だ。視線恐怖症のあたしがなだめにかかる。

「そ、そんなに興奮しないで、周りの人に、『おかしい』って思われるわよ。それに、そんな怖い顔を相手の人に見られたら、どうするの? 相手が現れたら、『すっぽかさなかっただけでもありがたいわ』と考えるのよ。そうすれば、いい表情になるわよ」


『17分!』たって、アイツは、現れた。あたしがどんな表情をしていたかは、確かめようがないけど、多分、にこやかに笑いながら、怒って、安堵して、疲れた顔だったと思うわ。アイツの最初の言葉は

「よ、俺、八丈渡はちじょうわたる

「あ、あたしは水上碧みなかみみどり。よろしくね」

とりあえず、右脳も左脳も回転速度は正常な範囲内に落ち着いた。気をとりなおして、状況をチェック。アイツは、赤地のアロハシャツに黒の短パン、茶のサンダル、そして右手には扇子。一方、あたしは、すこしフォーマルな雰囲気で、黒白チェックのワンピースに黒のパンプス。アイツのアロハには絶対合わない組み合わせ。

「あの~、今日はお芝居か何かを見にいくんですよねぇ?」

「はあ? そんなこと言ってへんよ」

「だって、『観劇や』って、掲示板に書いていたじゃない。観劇ってお芝居か何かじゃないの?」

あたしは、てっきり芝居だと思って、それなりの恰好をしてきたのよ。芝居でなければ、歌舞伎とか?

「かんげき? おれは、『イエスでかんげきや』、つまり、イエスの返事をもろうて感激しましたっちゅう意味やったんやけど。もしかして、漢字変換、間違えて送ってしもた?」

「『観劇』、劇を観るって書いてあったわよ!」

「あー、悪い、悪い。丁度、別の女といい雰囲気になりかけていたから、慌てて携帯を操作したんやと思うわ」

「べ、別の女? あたしとは別の女?」

「そう、別の女や。あ、心配せんでもええよ。今回の別の女はキスまでしか進展せんかったから」

あまりの展開の速さに、右脳も左脳もついていけないわ。

 4拍おいて、あたしは尋ねた。

「それじゃー これからどこに行くの?」

「う~ん。何も考えてへん」

「えー あなたツアーガイドを仕事にしているんじゃないの? あたしをどこかに案内してくれるんじゃないの?」

「そんなこと言われても、俺、秘境専門やし。都会は詳しゅうないんや」

あきれた。あたしは意地悪な質問をする。

「もしかして、あなた、本当はツアーガイドじゃないんじゃないの?」

「アホゆうな。俺は、有能なガイドやで。なんなら証拠見したろうか?」

「見せてよ」

コホンと咳払いをして、アイツはしゃべりだした。

「えー 眼の前にあります蒸気機関車は、小型の旅客専門のD51(通称でごいち)でございます。戦前、戦後に主として関東のローカル線で活躍しました。一方、この駅、新橋駅は、日本最初の鉄道駅でございます。当時、明治○○年に新橋、横浜間で最初の鉄道が走りました。つまり、新橋駅は鉄道発祥の地であり、それを記念し、引退した機関車をこちらに移設展示することになりました」

「うーん。かなりいい線いっているわね。間違っているのはたった2か所。D51ではなく、C11って所と、活躍したのは中国地方だってこと」

「なんで、おまえはそんなに詳しいんや?」

「あなたが、遅刻したおかげで、たっぷり、20回は、あそこの看板の説明を読んだからよ」

「おまえ、鉄道オタク?」

「ち、違うわよ!」

 あたしは話題を変える。

「さっきから、『おまえ』、『おまえ』って呼ぶけど、ちゃんとあたしには名前があるんですけど。水上碧みなかみみどり。水上さんとか、碧さんとか呼んでくれないかしら」

「そういうおまえも、…… そういう碧さんも、『あなた』とか呼んでるやないか」

「じゃー、あたしはあなたのことをわたるさんって呼べばいいの?」

「わたるさん? 『わたるさん』は、気色悪いわ」

「それじゃー、『わたる』と『みどり』っていうのは?」

「それも変やないか? まだ、そんなしたしゅうないし。あ、もしかしたら、今日が終わるころには親しゅうなって…… 」

 アイツは、突然、一人二役の芝居をはじめた。

『みどり! おまえのこと好きや!』

『わたる! あたしを抱きしめて!』

バカバカしい。ついていけないわ。

「お芝居はその辺にして、こうしましょう。あたしはあなたのことを『ガイドさん』って呼ぶわ。あなたはわたしのことを『お客様』って呼ぶの」

「なんか、不公平な感じやけど、まあ、ええか。ほんなら、『お客様』、本日の行き当たりばったりツアーを始めましょうか」

 結局、アイツが『お客様』と呼んだのは、これが最初で最後だったけど、あたしは意地になって、アイツを『ガイドさん』と呼び続けた。


「ガイドさん、あたし、海が見たいわ」

「ここは、都会やで、ビルやなくて、海が見たいんか?」

「ビルは毎日見ているから、海、絶対、海!」

「ほなら、近場で、お台場に行こか?」

「えーお台場? 江の島とかじゃなくて、お台場なの?」

「そうや、お台場や、お台場も海やで。川とも違うし、湖とも違う。海や。それに、俺は行ったことないし」

なんだ。本当は自分が行きたいのね。

「ガイドさんって、自分が行ったことない所へ連れて行くの?」

「そういうこともある。それができへんようやったら、秘境ツアーのガイドは勤まらんで」

という次第で、あたしたちのツアーは始まった

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