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プロローグ(その1)

 熱々の薄々のコーヒーを愛機『くれない号』の横に置く。その横には、すべての始まりとなった緑色のUSBメモリーが置いてある。会社のデータが入ったものだ。このヤローと思いながら、気を取り直して、クリックする。


『名前』? 通称にするか、それとも本名にするか。うーん。いつもなら通称にするんだけど…… 戸籍がどうのこうのと言うことだってありうるわ。やっぱり、この場合は本名なんでしょう。仕方ない、名前は、『塩原碧しおばらみどり』。性別は、『女』。生年月日も正直に『1982年12月24日』。つまり『満28歳』。出身大学は『私立K大学』。職業は『SEシステムエンジニア』。家族は、『親2人』が存命中に『弟1人』がいる。親は離婚しているが、記載する欄はないわ。

『趣味』? チェックボックス付のリストがある。なるほどこの中から選択するのか。男を釣るのが、いやいや、上品に言うと、妙齢の紳士とお近づきになるのが目的であるので『スポーツ』にしようかしら。でも、これだとインパクトに欠けるわ。それに、スポーツらしいスポーツはしたことがない。しいて言えば、歩くのが好きだ。

 そうだこれだ! 『酒』だ! かつては、毎晩、缶ビールを1本飲んでいたこともあるから、これは嘘ではない。『ギャンブル』となるといきすぎかなぁ。そういえば、昔、住み込みの寮長のオジサンが男のたしなみは5つあると言った。太い指を折りながら

「1に酒、2に女、3にマージャン、4にギャンブル、5にたばこ」

と。賑やかな女学生たちにこうも言った。

「本能的に、男は女の体が目当てである」

「感性のある男は、そのうちに女に恋をするようになる」

「理性のある男は、そのうちに女を愛するようになる」

「知性のある男は、そのうちに女を利用するようになる」

だから君らは、学生時代に男の感性、理性、知性を見抜けるようにならなきゃいけない。

 かつてあたしはあどけない無垢な少女だったわ。そして今は、昔と同じ彼氏なし、昔と同じセミロングのストレートな黒髪、昔と同じ極度の視線恐怖症(対人恐怖症)、昔と同じ細い足首。男の感性、理性、知性を知る機会は逸しつつある。変わったことと言えば、『酒』、『タバコ』、最近出てきたお腹。コンタクトをやめてメガネにしたことかしら。

 とにかく趣味欄の『酒』はチェックして、他の趣味を物色する。『華道』、『茶道』はパス。『映画』は嫌いではないが、いやな思い出があるので『観劇』をチェック。映画と観劇は違うと言えば違うけど、座って見ていればいいという意味では同じ。ついでに得意な『インターネット』も選択。

『好きな色』? 『緑』をチェックしようとして、マウスが止まる。緑色のUSB、赤のくれない号、壁に視線を移せば、無残なうぐいす色のスーツ。もう一度、順にみる。酷使に関わらずいつもあたしの期待にこたえてくれる紅号が鈍い光を放つ。まるで、大口を開けて襲いかかってこようとする獣だ。赤だ! 『赤』だ! 今、この瞬間から、あたしは野獣になるのだ。

『好きな食べ物』? う~ん、何だろう? 嫌いな食べ物ならあるんだけど。夏ミカン、グレープフルーツ。かんきつ系は苦手なの。あの酸っぱさがどうも苦手。甘いものは好き。特に、かりん糖。かりん糖ではおばさんくさいわ。やっぱり、『チョコレート』にしておく。実はチョコレートも結構好きだ。一度でいいから鼻血が出るほど食べてみたいと思う。

『好きな動物』? う~ん、ペットは飼ったことないし、正直、わからないわ。いやな思い出のある動物なら『牛』なんだけど。『いるか』を選択する。知性があって、お茶目な所なんてクールだし。

『特技』? やっぱり、コンピューターかな。SEシステムエンジニアだし。でも、これじゃ仕事人間に見えるわ。特技と言えば、『人の視線を感じること』。異常なくらい敏感に、しかも正確に感じるの。視線感覚と言っていいかもしれない。冷たい視線、熱い視線の区別なら普通。あたしの場合、色つきベクトルのように、細い視線、太い視線、点線状の視線、青い視線、黄色い視線が区別できるわ。これがあたしの不幸の元凶。想像するだに恐ろしい。特技はなし、なしだ!


 やれやれ、やっとオンラインパートナー紹介サービス、いわゆるネット上の結婚相談所の基本プロフィールを登録した。性格診断テストは、また今度にして、今日はこのぐらいにしておくわ。ホント、今日は色々あったわ。冷めたコーヒーを一口すすって。ログアウト。

 ふと、神様の視線を感じる。

「これこれ、人の心をもてあそぶのも大概にせよ。そのうち天罰がくだるであろう」

え、天罰はもう十分経験したはずよ。あたしの視線感覚は正確ではない? (正確なことを、後日、思い知ることになる。)

 コーヒーを電子レンジにいれて、牛乳モードでもう一度温める。ベランダに出て、向かいのビルの横に小さくかすむ高層ビル群を眺める。空気が生暖かく、かすかにツツジが香る。

 さてさて、あたしの人生はどうなるのかしら。白馬の王子が現れて、キスをして、お城に連れて行ってくれるなんて都合のいいことが起こらないかしら。まあ、なんにしろ、オンラインパートナー紹介サービスを利用することにしたから、これで、一歩前進。何も起こらないなんてことはないわよね。ね、神様!

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