第一章4 『事象交錯 Rolex』
―あれ、わ、わわ私....なんか助かってる....?
すみれは先程までいたホームのベンチにお腹を畳まれた姿勢で存在していた。目をよく見開いて先程の大事故のことを顧みて不自然さに畏怖した。電車は2度の爆発で完全に横転し大規模な脱線事故を起こしていた事実のありかを探った。それに応えるようにのアナウンスが駅内の人間の耳にこう入れ込んだ。
―『只今、テロによる大規模な脱線爆発事故が発生したため、当駅の運行を完全停止いたします。駅内にいるお客様は直ちに避難してください。』
まわりを見れば救助隊や警察とみられる人々が向かっているのがみえた。それ以外は彼女のみがホームに体を置いていた。
て、テロ?....すごい...ほんとにテロなんてあるんだ...
?...ちょっとまって...私あの電車にのってたよね....
生に違和感を感じるのはこれで2度目となった。被害を被らなかったことはとても喜ばしいことであるはずが彼女はそういった捉え方をしなかった。気持ちの悪いほどの違和感、何が起こったかもわからない困惑。昨日に引き続き慣れたつもりがまだまだ未知の体験が足にまとわりついていた。無理矢理に安堵して時刻を確認した。家を出たのは丁度7時過ぎ。今現在の時刻は45分を指していた。学校は8時半。彼女は焦りを払って道を辿り直した。しかしあれほどのテロ事件が起きた当駅では運行を続行するはずもなく途方に暮れた。
足元に何かがぶつかる感覚を覚えた。それはただの石。なんの特徴もないただの灰色の石が足元に転がっていた。イライラを募らせ始めた彼女にとってそんな些細なことでさえ血管が浮き出るほどの怒りを誘発していた。その怒りを投げるように石を思い切り蹴飛ばした。石は磁石のように蹴った彼女の足の裏へ軌道を変えてまた転がってきた。
―何なの?...この石...。これも私が....?
石に気を取られていると、線路が軋むような音が耳に入った。その出所を辿ってれば、とある女子高生2人にまた目が映った。これまた驚くことに微々たる速度でゲームのバグで見られるような移動をしていた。足を一切動かさず、何かに身を任せるように淡々と線路の上を何かに乗って滑っているようにみえた。
「ね、ねぇ君たち!....ちょっと待ってくれない?!」
すみれは世界を舐めたような移動をした2人組にすかさず声をかけた。2人はすみれの存在の気づき目線を彼女に移した。その中で僅かに移動するのに用いてるモノの正体が分かった。
―い、石?...石に乗って移動しているの..?
単なる小さな石。先程彼女が蹴飛ばした石、そこらへんに転がる石と同じなんの特徴もないただの石だった。彼女達はそれに乗って移動していた。石は足の裏で小刻みに転がり続けていた。摩擦の概念を完全に消し去ったように。
「え、は、はい?....何かようですか?今一応急ぎなんですけど...。」
2人は石から線路に蹴飛ばすようにホームに飛び移った。顔が瓜二つ、双子なのだろう。判別はそう難しくない。一人は右側に見事な青のメッシュがかかったボブカット首には赤のダイヤの意匠が施されたチョーカーをしていた。どこか人慣れした様子が初対面ながらも伝わっていた。もう一人は非対称になるように真逆だった。
髪型は同じくも左側に赤のメッシュ、首のチョーカーのダイヤの意匠は青だった。どこかおどおどした雰囲気が漂っていた。服装からみて学生。私と同じ通学中なのだろう。
「今のバグみたいな移動...私にもさせてくれないかな..?」
「バグみたいな移動?...あぁウチらが今してたやつ...?」
「そう、それ...いきなりでごめんだけど、いい?」
「うーーーーーーーーーーーーーーん....」
「な、なんでもいいから、私にもその移動させてほしいの、お願い。私も急いでて...厚かましいけど..お願い...!。」
「ねぇ、アヨどうするの....?」
赤いメッシュのボブカットの女の子がもう1人に尋ねる。『アヨ』と呼ばれた女の子は顎に人差し指と中指を押し当てて何かを思考した。あれをして欲しいだなんて言われるのは想定外も想定外だったもので、かなり眉を寄せて悩ませていた。艶のあるニーハイ手を置いて口角を上げた。何かを企んだ卑しい目線をすみれに向けて。
「じゃあ、おねぇさん。ちょっとだけ『お相手』願えないかなぁ?ウチらちょっと試したいことあってぇ。」
「あ、アヨ?...」
「ん、あ、え?お相手?あなた、さっき急いでるって言わなかった?...私も急いでるし...後じゃだめかな?」
「ウチのあの移動さ大して速くないんだよね。車で行ったら時速40キロくらいかな。最大で。だから学校間に合わないの。」
「え?....」
「いやぁ通学の電車がテロ爆破されるなんて思ってもいなかったよね。おねぇさんもそーでしょ?」
「もう遅刻してもいいから後ででお願い...!今は」
「今。今お相手願ってるの。おねぇさんから掛けてきたんだからね。だから、ね。」
「ねぇアヨ...もう行こうよ...。」
「おねぇちゃんは黙って。座って見てて。」
圧を凝縮した声で姉と思しき子を黙らせた。待ってましたと言わんばかりの恍惚とした表情ですみれに顔を近づけて線路の石や岩を磁石のごとく引き寄せていた。避難アナウンスが鳴り響く駅内で佇む3人の女子高生に静寂を破る石や岩がギチギチ鳴り響く。
「おねぇさん、ころがすのすき?」
アヨの周りに漂う石や岩がすみれに向けて一斉に転がっていった。それそれが弾きあって彼女に目がけて転がる。弾き合う中で砕かれた岩石の粒も弾丸となって転がっていった。すみれの足裏に入り込み態勢を崩させて地に胴体を密着させた。
―ひゔぐッ...!
ヤバい....ヤバい子に声をかけちゃったかもしんない..。そしてこの子も私と同じような何かを持ってる...!なんなんもう!遅刻しそうだってのにッ.....!。私も何かしないと!.....
「あーおねぇさんってころがすよりもころがるのが好きな感じぃ〜?。」
―えっ?...
先程転ばせたはずのすみれの姿が見当たらずイキった声色が焦りと驚愕へ変わった。転ばせていた岩石たちが焦るようにホーム内に散っていく。消えたすみれの姿を母を求む乳飲み子のように目を回して駅内を探った。ひとつの自販機に目線が定まった。彼女がそこに存在した。
―ナ!なんであんなとこに?!
おねぇちゃんもウチもあのおねぇさんが転んで立ち上がる瞬間を1フレームでも見えなかった...!
しかも今から飲み物を買うかのような佇まいであの自販機にいるの!...イミフすぎぃぃいい!!.....
何かを意識したからあの交通事故を免れた。何かを意識したからあの線路の爆破事故を免れた....。
私があの時ペプシを飲みたいって咄嗟に意識しなかったら岩石のキャタピラという最悪に居心地の硬い死のベットに潰されていたかもしれない..。
「お、おねぇさん...まさかあなたも同じようなヤツ、持ってたりする....?」
「キミに声をかけたのヤバかったみたい。完全には...分かってないけど攻撃をされたとはみなせた。」
「ッ?!....」
アヨは次に瞬きをすると右頬の真正面に拳が位置したことに即座に理解した。その拳の持ち主は眉を吊り上げて口元に着いた血を拭った。が、拳は次第にやわらかい形へと変えてアヨの右頬を強く打った。
「イッ........!!!」
「そうみたい。多分おんなじってヤツ、あるみたい。」
「あはは...いたいなぁ...おねぇさん。でも....余計楽しくなってきちゃった.....♡。おねぇさんも持ってたんだね........。」
彼女は赤みがかった頬を摩りながらすみれこう呟いた。姉の制止や避難アナウンスは彼女の鼓膜から完全に遮断されていた。




