第一章1 『きっかけ』
これは平凡な女の子が『目的』を見つける物語。
ただの平凡な女子高生、猫兎すみれは常に自身の送る人生に退屈と疑問を抱いていた。これといった趣味や特技、関心のある対象すらなかった。そんな状況に、何もない人生を送るだけのつまらない、ただカカシのように生きてしまうことに焦りを感じていた。猫兎は今もこうして長いクセのある髪をこねくり回しながら鉄板に指を押し当てている。
「.......つまんない。」
呟いては身体を上向けてネグリジェの皺を指でなぞって活動休止の準備を行なった。
ふと頭によぎるこのさきの人生の構図を無意識ながらに考えてしまう。何の仕事をしているのか、どういった立場にいるのか、普段は何をしているのか、趣味はできたのか、人間関係はどうなったのか。今の状態から考えみるに明るい未来が届けられる確証はどこにもなかった。友人と呼べるほどの間柄がある人物は家族しかいなかった。猫兎は寝る前にこういった無意識な考え事をしてしまうことにイラつきを募らせる、いっそのこと家猫や植物のように、食べて眠るだけだったり、息を吸うだけの人生を送りたい。彼女は彼らに対してそういった羨望の眼差しをむけている。
―つまらない事にレパートリーはない。
日を重ねてはまた重ねて新しい『つまらない』を覚えるだけの日々、若くして生きる事にすら飽きてしまっている。猫兎のそんな諦観的な人生に両親もまた哀れんでいた。そんな哀れむ両親や家族にも怒りと不快感を覚える。酔生夢死だなぁなんて思ってんだろうなぁ、こんな何色にもなれない人生を送っちゃうかもしれない私をただ哀れむだけ。お節介がすぎるんだ。やめてよ、可哀想って。生きることに目的を見出せないなんてなんて可哀想なのって。やかましいうるさい鬱陶しい。でもなんで?私、何でこんなにキレてるの?何事にも興味がなくて趣味と言えるものもなくて特技だってなくて....何故キレてるんだろう?......
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「準備って?」
父から放たれたその単語にただの疑問を投げかける。
父がいう『準備』は物事のイントロ。
何事もイントロは存在する。地球の誕生、生命の誕生、生態系の誕生、文明の誕生。身近で言えば食事をするのにも準備がいる。具材、器具、調理、盛り付け。こうして食べることができる。野球やサッカーだとかも、知るきっかけだったり経験をしてみたりしておおまかな認識を得る事ができる。私に必要な『準備』ってのは様々な概念や観点、経験を通して本当の関心がそそられるものを見つけろという事。おおまかな認識を埋めていく。そうする事で目的が見出せるんじゃないか。今の私の身を案じてそういった話を聞かされた。
「見つからなかったらどうするの?」
「それもまた答えになるよ。きっとね。」
とても理解し難い解答。質問に対して曖昧で抽象的な答えを返すのはどこかバカバカしくてイラっとした。それに『答え』って何の『答え』になるの?あぁもう考えるのはキライ。哲学者ぶったそれっぽいことを言ってるだけ。心配してくれてるのは十二分に伝わってはいるけど時にはその心配が人を害することも知るべき。ただ気が悪くなっただけ。
「私、もう部屋行くね。」
父がいる食卓から生気を感じられない半目を擦りながら自部屋に篭る。今さっきの件でまた考え事ができてしまった。さらにイラつく要因が増えただけになったことに父を小さく恨む。考え事はキライ。胸が渦巻くしどこかもどかしくて、いい気分にはなれない。私は人間として生まれ落ちた事に後悔をしているのかもしれない。だって人間って考える生き物だもの。考えて生きる。それ、私にとってハードルが高すぎるんだよね。今持ち合わせてる人としての理性だとか知識だとか人格だとか全て捨てたい。投げ捨てたい、放り投げたい。
――はぁもう嫌。
「めんどいな、学校に行くのも。」
いつもの様に決まった時間に寝て学校に向けての睡眠に入る。この睡眠だけか私の味方だったのかもしれない。唯一、生きる事から離れられる。どこか安心感を覚える。何もしてないのに心地がいい。でもその心地よさは刹那に終わってしまう。それもまた儚いように感じられて見惚れてしまう。睡眠に対して好印象ではあるものの、死のうとは思わなかった。希死念慮だったり鬱とかでもならない限りそう言った気持ちにはなれない。生き物である限り死からは極端に遠ざけたがる。見返してみればこんな思想を持ち合わせておいて、死にたいなんて思ったことはなかった。無理矢理ポジティブに捉えてみよう。死にさえしなければ父の言う目的とやらも見つけられるかも。私はまだ17歳の高校2年生。それでも何だかどこか諦観している。スカしていてイタいとも言える。また明日の自分に聞いてみよう。
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「この間言ってた『準備』ってやつが無性に頭によぎるんだよね。これほんとにイヤ。」
「へぇ、それもまた『準備』になってるんだよ。」
「私、考える事ってキライなの。もうばかばかしい。」
「分かったよ、余計な事頭に入れて悪かった。 ただ色づいた人間になって欲しいと思っただけなんだ。」
ほんといらないお節介。親だからって人の人生の心配しなくたっていいのに。とりあえず生きてればいいんでしょ。まぁそれがつまらないから色づけって言いたいんだろうけど。でも何か腑に落ちる自分もいる。キライとは言っても無意識にそうなっている。気づけば、『準備』。ボっーとしてもまた『準備』が束の間に入り込んでくる。いったい私に何の『準備』が待っているの?何が始まるの?その『準備』から無数に枝分かれして考えが哲学書のように深くまた深く根を張る。父の私に向ける眼差しはどこか光とも無とも言える膜が張っていた。決して暗いとは言えないそんな膜が私に向けている。日を跨ぐ度に『準備』が囁く様に顔を覗かせる。心なしかそれにイラくなんて事が減っていった気がする。何かに向かっている?何の志も持たない私が何かの道を探している?少し信じがたい。
「でも考える事も悪くないでしょ?考えるってのが人の全てであり一番簡単なことでもあるんだよ。」
父が続け様にそう言って小指を立ててブラックコーヒーを口につける。宥める様な声でただそう呟いた。これが言いたかったとでも言う様に。父の思惑がつかめそうでつかめない。私に『目的』を見つける以外に何か他にして欲しいことでもあるのだろうか。はぁ何だか脳のキャパシティを使い切った様な気がする。ただ休みたい。休ませたい。
―――あれ、何これ?もう寝てた?....
突然、そんな感覚が襲っていた。依然として先程の会話を交わしていた父が目の前でテレビを見ている。何かが起こっていた。突然なものでどう言ったことが起こったのか説明がつかないし理解もできない。何故?何故朝起きた様な感覚が身体を走っている?思い当たる節を探ると、先程の思考に目をやる。『休みたい』そう脳裏に浮かんだ途端にあの感覚が襲っていた。まだ関係あるかの確証はないがそれ以外に心当たりは見つけられない。
「ねぇ、私って今うたた寝とかしてた?...」
「え?...いや?」
父に眠っていた様な感覚の正体を探るためにそう尋ねた。父は右眉を下げて、不思議そうに私を見つめてそう返す。
「考えすぎて疲れてるんじゃない?.....寝てきたら?」
「え...?でも私....朝の目覚めから覚めた様な気がして...」
「相当疲れてるみたいだねぇ、ちょっと早いけど寝た方がいいよ。」
父に促されて私はさっきの不思議な感覚を脳内で突きながら自部屋に足を動かせる。
___?!
「あれ...なんで?....どういうこと?.....」
気づけば自部屋の前にいた。足を動かそうという脳の信号を出す前に。あの身に覚えのない感覚に続いてまた理解不能な出来事が降りかかる。規則性も原理も何一つ分からない。そんな状況にひたすらに困惑とパニックが押し寄せる。先程父といたリビングから自室までの距離は然程長いわけではなかった。彼女は明らかに不自然な現象に遭っていたことを認識した。
――これは夢なの?....
信じがたいことが続いて今見ている世界の定義を疑ってしまう。特定の思考を巡らせる事によってその出来事が起きているのか?『休みたい』と考えたから目が覚めた様な感覚がきて、『部屋に行きたい』と考えたから今こうなっているのか?.......魔法や科学、超能力の類では説明が一切つかない謎の『事象』が発生している。
―ヤバい....何かがおかしい....もう寝ないと...!
「あ、あれ?わ、私ベットの上にいる?.....」
次に瞬きをした頃にはすみれは寝る準備を初めていた。寝るという行動を起こすための脳信号を身体に送る間もなく、ただベットの温もりに既に肌を触れさせていた。再三にわたって巻き起こる不可思議な現象にただキライな考え事を加速させるハメになった。いきなり仰向けになって床に就いて寝る『準備』が既に、彼女の意識を介すことなく完成していた。
「いったい、これって...どういう..何が起こってるの?....」
困惑の音を上げながら彼女は明日を迎える『準備』を進めた。




