閉店後
閉店後。
キャバクラの更衣室で、ユキは無言でヒールを脱いだ。
「……つかれた」
誰にも聞かせない声で呟く。
メイクはまだ完璧。 笑顔も、営業トーンも、さっきまで完璧だった。
中身だけが、空っぽ。
スマホを見る。
通知。
ナカジマ:
《今日も可愛かった♡♡♡帰り大丈夫?送る???》
agjtm:
《今日ヒマ?ちょっと顔出してよw》
既読、つけない。
全部、無視。
ユキはバッグを肩にかけて、店を出た。
向かう先は、一つ。
看板は小さい。
《BAR モユル》
ネオンもない。 客もいない。
知ってる人しか来ない店。
ドアを開けると、鈴が鳴る。
ちりん。
「いらっしゃ〜……あら?」
カウンターの向こう。 派手なシャツに、完璧なネイル。
モユルがいた。
「ユキじゃな〜い。珍し〜」
「……つかれた」
「でしょうね」
即理解。
モユルは、黙ってグラスを出した。
「今日はノンアル?」
「うん」
「偉いわねぇ」
炭酸水に、ライムを落とす。
だけど値段は、普通にバー料金。
詐欺師は抜かりない。
「……今日もATMたち元気?」
「うるさい」
「はいはい」
ユキは、カウンターに頬を乗せた。
メイクしたまま。
可愛さ、放置。
「……ナカジマさ」
「はい出た」
「もう、金ないのに来る」
「典型ね」
「で、agjtmは張り合う」
「地獄」
「で、私が回収」
「女神」
「黙れ」
モユルは笑った。
グラスを拭きながら。
「でもさぁ」
「何」
「ユキ、あんた優しいのよ」
「は?」
「本当に冷たい子はね、最初から期待させない」
ユキは、少しだけ黙る。
炭酸を一口。
「……別に」
「ほら、それ」
モユルはニヤつく。
「情がある詐欺師が一番タチ悪いのよ」
「失礼」
「褒めてる」
しばらく、沈黙。
BGMは古いJ-POP。
微妙に懐かしい。
「……ねぇ」
ユキが言う。
「私、悪い女?」
モユルは即答しなかった。
少し考えてから言う。
「悪いわね」
「……」
「でも、賢い」
「……そっか」
ユキは、それで納得した。
「賢くないと、生き残れないし」
「正解」
モユルは、グラスを置く。
「で?」
「なに」
「今日は何しに来たの?」
ユキは、少し考えてから言った。
「……静かなとこにいたかった」
モユルは、目を細めた。
「かわいいわねぇ」
「うるさい」
「はいはい」
外では、誰かが笑っている。
街は、今日も普通。
でもここだけ、時間が止まってる。
「……また来る」
ユキが言う。
「いつでも来なさい」
「でも有料」
「最低」
「最高でしょ」
二人は、少しだけ笑った。
この店は、今日も詐欺と癒しの境界線。
ユキの、唯一の安全地帯だった。
おぢ構文用の絵文字使えなくて泣いた




