表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、硝子の檻の中から、いきちを啜って生きることにしたのです  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

第1話 硝子の檻、あるいは人材派遣という名の椅子について


奥様、……いいえ、かつて私をゴミ屑のように捨て去った、親愛なる勇者様。


私は今、この手紙を、かつて貴女あなたたちが「最果ての地」と呼んだ、暗く湿った森の奥深くからしたためております。いえ、どうか怯えないでください。私は貴女に復讐をしようなどという、大それた考えは毛頭持っておりません。ただ、私の身に起きた、あまりにも奇妙で、そして蜜のように甘美な出来事について、誰かに聞いていただきたかったのです。


あの日。貴女が私の背中を蹴り飛ばし、「役立たずのFランク」と罵った日のことを覚えておいででしょうか。


冷たい石畳に頬を擦り付けた時の、あのザラリとした感触。口の中に広がった鉄錆のような血の味。そして何より、貴女たちの嘲笑が鼓膜を震わせた時の、頭蓋の芯が痺れるような屈辱。


(ああ、私は無力だ。無価値な肉塊だ)


絶望の淵で、私は泥水を啜りながらそう思いました。しかし、勇者様。運命とはなんと皮肉で、残酷な喜劇なのでしょうか。


私が意識を失いかけたその刹那、視界の闇に、ほたるの光にも似た、青白く不気味な文字が浮かび上がったのです。それは網膜に焼き付き、瞬きをしても決して消えようとはしませんでした。


╔══════════════════════════════╗

║ 権能覚醒:【人材派遣ディスパッチ】  ║

║ 対象:無                ║

║ 徴収率:70%(自動天引き)      ║

╚══════════════════════════════╝


なんと無機質で、冷徹な響きでしょうか。


私はその時、目の前に現れた一匹のみすぼらしいゴブリンを見つめました。腐った肉のような異臭を放つ、下等な魔物です。本来ならば、剣を持たぬ私が食い殺されて終わる場面でした。


けれど、私の唇は勝手に動き、まるで恋人に愛を囁くように、その呪文スキルを唱えていたのです。


「――契約サイン


瞬間。


ゴブリンの濁った瞳から、生気という生気が吸い出されるのが見えました。いえ、見えたのではありません。感じたのです。私の身体の奥底、背骨の髄へ向かって、温かい泥のようなものがドロリと流れ込んでくるのを。


(あ、あぁ……! なんだこれは、熱い、熱いぞ!)


それは、ゴブリンが得た「経験値」でした。

彼が森で虫を殺し、木の実を拾い、生きていくために行った労働の対価。その七割が、何もしない私の身体へ、勝手に、強制的に、流れ込んでくるのです。


私が指一本動かすことなく、ゴブリンは私の手足となり、私の代わりに傷つき、汗を流す。

彼が泥にまみれて得た報酬の甘い汁だけを、私が安全な場所で啜る。


これほどの背徳的な愉悦が、この世に存在するでしょうか。


私は震える指先で、虚空に浮かぶ「管理画面ウィンドウ」という名の、透明な硝子の檻を操作しました。そこには、ただ数字としての「ゴブリンA」の命が明滅しています。


「行け。水汲みだ。死ぬまで働け」


私の命令は絶対でした。ゴブリンは虚ろな目で、機械仕掛けの人形のように頷くと、森の闇へと消えていきました。


チャリン。チャリン。


私の脳内で、経験値の貯まる音が響きます。それはまるで、貴女たちが愛してやまない金貨の擦れる音色にも似ていました。


勇者様、私は気づいてしまったのです。

剣を振るう必要などない。魔法を覚える必要もない。


私はただ、この世界の「椅子」に座り、世界中の魔物たちを、英雄たちを、私の手足として派遣し、その生き血を啜っていればいいのだと。


さて、そろそろ筆を置きましょうか。

実は先ほど、私の愛すべき「派遣社員」が、とてつもなく大きな獲物を捕らえてきたようなのです。

鱗の一枚一枚が黒曜石のように輝く、それは美しい「滅びの魔竜」だとか。


彼もまた、私の忠実な下僕しゃいんとして、素晴らしい働きを見せてくれることでしょう。


それでは勇者様、またいつか、どこかの戦場しじょうでお会いしましょう。

その時、貴女が剣を向ける相手が、果たして誰の所有物ものなのか……よくよくお確かめになりますよう。


敬具


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ