剣を取る理由
王都は、騒がしかった。
魔族の被害は、
日に日に増えている。
城門の前には、
避難民の列。
傷を負った兵士。
泣き声。
誰もが口にするのは、
同じ言葉だった。
「守れなかった」
「間に合わなかった」
その中を、
アレクシオンは歩いていた。
剣は、まだ腰にない。
だが、
胸の奥にある違和感だけは、
確かに重さを増している。
(……まただ)
守れなかった話。
それを聞くたび、
胸が、ざらつく。
まるで、
自分の失敗を、
何度も突きつけられているようで。
――違う。
自分は、
まだ何もしていない。
それが、
一番耐えがたかった。
城下の広場で、
兵士の募集が行われていた。
「義勇兵を募る!」
「剣を取れる者は前へ出ろ!」
声は、荒れている。
命を懸ける仕事だ。
誰も、進んで名乗り出はしない。
アレクシオンは、
立ち止まった。
足は、
自然とそちらを向いている。
(……理由)
剣を取る理由を、
探していた。
――王国のため。
――民のため。
どれも、
嘘ではない。
だが、
それだけでは足りなかった。
視界の奥に、
ふと、あの姿が浮かぶ。
白い外套。
金色の瞳。
そして――
白の奥で揺れていた、
燃えるような赤い髪。
思い出した瞬間、
胸の奥が、熱を帯びた。
(……あれは)
聖女の色ではない。
祈りの色でも、
光の色でもない。
――生きている人間の色だ。
その赤が、
夜の闇の中でも、
はっきりと脳裏に焼きついている。
(……奪われた)
あの光は、
魔族に奪われた。
だから。
「……俺が」
気づけば、
声が漏れていた。
前に出る。
剣を取る理由は、
もう、整っている。
「志願します」
兵士が、
驚いたように顔を上げる。
「名前は?」
「アレクシオンです」
それだけ告げる。
理由は、
説明しない。
説明できるほど、
綺麗なものではなかった。
訓練は、過酷だった。
剣を振るう。
盾を構える。
倒される。
血が出る。
立ち上がる。
また、振るう。
倒れても、
やめなかった。
(……まだだ)
まだ足りない。
これでは、
あの時と同じだ。
誰も守れない。
夜。
訓練場の隅で、
一人、剣を磨く。
刃に映る自分の顔は、
ひどく、知らないものに見えた。
その向こうに、
また、あの赤が浮かぶ。
(……待っていてください)
誰に言うでもなく、
胸の奥で呟く。
待っていると、
決めつけている。
そのことに、
疑問はなかった。
剣を取る理由は、
すでに一つに収束している。
――取り戻す。
あの人を。
そのために、
強くなる。
それが、
正しい行いだと、
信じ込むことでしか、
前に進めなかった。
アレクシオンは、
剣を握りしめた。
赤い記憶を、
胸の奥に閉じ込めて。
知らないうちに、
彼はもう、
戻る理由を失っていた。
(第9話・了)




