奪われた光
別れは、
前触れもなく訪れた。
巡礼を終え、
一行が次の村へ向かう朝。
ローザリアは、
いつもと変わらない表情で祈りを捧げ、
静かに歩き出した。
それを見て、
アレクシオンは胸の奥に、
言葉にできない違和感を覚える。
(……このまま)
この旅が終わってしまう。
それは当然のことだ。
聖女は巡礼を続け、
自分は村に残る。
分かっている。
分かっているはずなのに。
「……ローザリア様」
気づけば、
その名を口にしていた。
振り返った彼女は、
穏やかに微笑む。
「ありがとうございました。
おかげで、皆、安心して眠れます」
その言葉は、
感謝以上の意味を持たない。
それなのに――
(……行かないでくれ)
喉まで出かかった言葉を、
アレクシオンは飲み込んだ。
言えるはずがない。
そんな資格はない。
彼はただ、
一歩、後ろに下がる。
聖女の旅は、
彼の人生とは別の道だ。
そう、思おうとした。
その瞬間だった。
――空気が、沈んだ。
肌を撫でる風が止み、
音が、消える。
ローザリアが、
ふっと足を止めた。
「……?」
次の瞬間。
地面が、軋んだ。
重い足音が、
森の奥から響く。
現れたのは、
黒鉄の鎧に身を包んだ巨躯。
赤く光る双眸。
その存在だけで、
本能が警鐘を鳴らす。
「……魔族」
誰かが、震えた声で呟く。
男は、
一行を一瞥することもなく、
ただ一人を見据えた。
ローザリア。
「聖女ローザリア」
低く、無機質な声。
「貴様を、主のもとへ連れて行く」
理解するより早く、
護衛の騎士たちが動いた。
だが――
男が、
片手を上げただけで。
衝撃が走る。
騎士たちの身体が、
玩具のように吹き飛ばされ、
地面に叩きつけられた。
一瞬だった。
誰も、
追いつけない。
アレクシオンは、
剣を抜いた。
だが――
足が、動かない。
(……違う)
これまで戦ってきた相手とは、
格が違う。
それでも。
「……待て!」
叫んだ声は、
届かなかった。
男は、
ローザリアの前に立つ。
彼女は、
逃げなかった。
恐怖を滲ませながらも、
まっすぐに、その存在を見上げる。
「村の人たちには、
手を出さないでください」
その声は、
震えていなかった。
男は、
一瞬だけ視線を向ける。
「無関係だ」
それだけ言って、
再び彼女を見る。
「抵抗は、意味を持たない」
ローザリアは、
小さく息を吐いた。
そして――
祈るように、目を閉じる。
「……分かりました」
その言葉に、
アレクシオンの胸が、
凍りついた。
(……なぜ)
なぜ、
そんなふうに受け入れる。
なぜ、
俺を見ない。
「ローザリア様!」
思わず、
声を張り上げる。
彼女は、
ほんの一瞬だけ、
こちらを振り返った。
その金色の瞳に、
彼が映る。
――ただの一瞬。
それだけで、
胸が締めつけられた。
(……違う)
これは、
自分だけを見てくれている視線ではない。
別れの視線だ。
男――
魔王親衛・第一武装官、ガルディオは、
静かに手を伸ばした。
次の瞬間、
世界が反転する。
光が、断ち切られた。
ローザリアの姿が、
視界から消える。
「……っ!」
アレクシオンは、
駆け出した。
だが、
もう遅い。
その場に残ったのは、
倒れ伏す護衛と、
静まり返った森だけ。
(……奪われた)
胸の奥で、
何かが、音を立てて壊れた。
あの人は、
ここにいるはずだった。
俺の前に。
俺の隣に。
(……違う)
違う。
違うはずがない。
だって――
――守ると、
決めたのだから。
アレクシオンは、
剣を握りしめた。
爪が、
食い込むほどに。
(……必ず)
必ず、
取り戻す。
あの光を。
そう誓った瞬間、
彼の中で、
何かが静かに、歪み切った。
(第7話・了)




