揺らぐ祈り
同行は、一夜で終わるものではなかった。
村に出没していた魔族は、
思っていたよりも執拗だった。
姿を見せず、夜ごと気配だけを残す。
結果として、
巡礼の一行は数日、その村に留まることになる。
ローザリアは、
その間も変わらなかった。
朝には祈りを捧げ、
昼には人々の話を聞き、
夜には静かに巡回する。
誰に対しても等しく、
穏やかで、優しい。
(……変わらない)
アレクシオンは、
それが少しだけ、怖かった。
剣を手に、
村の外れを見回りながら、
彼女の姿を探してしまう。
そこにいるだけで、
胸の奥が落ち着くから。
「……アレクシオン」
名を呼ばれ、
思わず肩が跳ねた。
振り返ると、
ローザリアが立っていた。
夜用の外套を羽織り、
月明かりに金色の瞳が映えている。
「一人で大丈夫ですか?」
その問いは、
護衛としてではなく、
一人の人への気遣いだった。
「だ、大丈夫です」
言葉が、少し詰まる。
彼女はそれに気づかないふりをして、
軽く頷いた。
「無理は、なさらないでくださいね」
その言葉が、
胸の奥に静かに沈む。
(……俺に)
なぜ、そんなふうに言うのだろう。
彼女は、
もっと遠くて、
もっと触れてはいけない存在のはずなのに。
「聖女様は……」
口をついて出た言葉に、
自分でも驚く。
「……眠れますか」
ローザリアは、
ほんの少しだけ目を瞬かせた。
「ええ。
夜は、静かですから」
そう答えてから、
少し間を置く。
「でも」
その一言に、
アレクシオンの意識が引き寄せられる。
「目を閉じると、
皆さんの顔が浮かびます」
困ったように、
小さく微笑んだ。
「それが、
私の仕事ですから」
仕事。
その言葉に、
胸の奥がざらついた。
(……仕事)
彼女は、
誰かのために笑い、
誰かのために祈り、
誰かのために眠れなくなる。
それが、当たり前のように。
(……俺も)
俺も、その「誰か」の一人なのだろうか。
そう思った瞬間、
胸が、熱を帯びた。
「……アレクシオン?」
黙り込んだ彼を、
ローザリアが不思議そうに見る。
距離は、
一歩分ほど。
近い。
近すぎる。
息遣いが、
分かってしまうほどに。
はっとして、
アレクシオンは目を伏せた。
(違う)
そんなことを考えていい相手じゃない。
彼女は――
聖女だ。
「……すみません」
理由もなく、
そう口にしてしまう。
ローザリアは、
首を傾げた。
「何が、ですか?」
「いえ……」
それ以上、
言葉にできなかった。
ローザリアは、
それ以上踏み込まず、
一歩下がる。
「では、
私は祈りに戻りますね」
その背中が、
闇の中へ遠ざかっていく。
アレクシオンは、
その場に立ち尽くした。
胸の奥で、
祈りが、形を失っていく。
(……神だ)
そう思っていれば、
この感情に名前をつけずに済む。
だが――
夜の静けさの中で、
彼は気づいてしまった。
あの人は、
遠くにある光ではない。
息をし、
眠り、
恐れを口にする存在だということに。
(……だめだ)
思えば思うほど、
彼女の姿が、
現実味を帯びていく。
それでも彼は、
剣を握りしめた。
(守らなければ)
その言葉だけを、
何度も心の中で繰り返す。
だがその裏で、
もう一つの感情が、
静かに芽吹いていた。
――奪われたくない。
それが、
祈りなのか、
欲なのか。
まだ、
彼自身にも分からなかった。
(第5話・了)




