表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/53

妄執の果てに

月色の光が、

部屋を満たしていた。


床に刻まれた古代のルーンが、

静かに、しかし確実に輝きを増していく。


リリシアンの詠唱は、

すでに後戻りのできない段階に入っていた。


ローザリアは、

その中央に立っていた。


恐怖はなかった。


震えも、迷いもない。


あるのはただ――

託した、という確かな感覚。


「……リリィ」


最後に、妹の名を呼ぶ。


リリシアンは答えない。

ただ、わずかに唇を噛みしめ、

詠唱を続ける。


月の名。

静止の理。

隔絶の領域。


世界が、

ゆっくりと歪み始める。


ローザリアの足元から、

淡い光が立ち昇り、

身体を包み込んでいく。


冷たくはない。

痛みもない。


それは、

夜の水に沈むような、

静かな感覚だった。


(……これでいい)


ローザリアは、

そっと腹部に手を当てる。


(あなたは……

 生きる)


それだけで、

すべてが報われた。


光が強まる。


身体の輪郭が、

少しずつ、

曖昧になっていく。


その刹那――

扉が、激しく打ち破られた。


「ローザリア――!!」


剣を抜いたアレクシオンが、

部屋へ踏み込んでくる。


だが、

彼が見たのは、

すでに完成へ向かう光景だった。


月光の渦の中で、

ローザリアの姿が、

溶けるように消えていく。


「……な……?」


理解が追いつかない。


叫ぼうとして、

声が出ない。


そのとき――

ローザリアは、

ほんの一瞬だけ目を開けた。


そして、

リリシアンを見て、微笑んだ。


それは、

すべてを託した妹へ向けた、

感謝の微笑み。


けれど――


リリシアンの背後に立つアレクシオンには、

その微笑みが、

自分に向けられたものに見えた。


光に包まれ、

消えていくのは――

彼が愛したローザリアだった。


「……ローザリア……?」


次の瞬間、

光が弾ける。


月色の輝きは霧散し、

部屋には、

何も残らなかった。


ローザリアの姿も、

温もりも、

声も。


ただ、

詠唱を終えたリリシアンだけが、

そこに立っていた。


沈黙。


剣を握ったまま、

アレクシオンは動かなかった。


逃げたのではない。

失ったのでもない。


彼女は、

まだそこにいる。


「……ほら」


誰もいない空間へ、

彼は静かに微笑む。


「そんな顔をするな」


低く、

優しく、

かつて誰にも向けなかった声で。


「君は……

 私を見ていた」


理由など、

もう要らない。


微笑んだ。

――だから、

自分を選んだ。


それだけで、

世界は完成していた。


「……安心しろ」


何もない場所へ、

そっと手を伸ばす。


「君は、

 どこにも行かない」


「私が……

 そうさせない」


その目に宿っていたのは、

悲嘆ではない。

憎悪でもない。


救われたと、

信じ切った者の恍惚。


――ローザリアは消えたのではない。


彼の世界に、

永遠に在り続けることになった。


(第48話・了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ