残されたぬくもり
朝の光が、
王妃の居室に差し込んでいた。
眩しさに、
一瞬だけ目を細める。
いつもと同じ朝。
そう思おうとして――
喉の奥に、
微かな違和感を覚えた。
「……」
息を整える。
吐き気、と呼ぶほどではない。
だが、
身体が光を拒むような感覚。
ローザリアは、
ゆっくりと身を起こした。
侍女を呼ぶ気には、
ならなかった。
(……少し、変)
疲れだろうか。
戴冠式の緊張。
続いた儀礼。
祝福の応対。
理由なら、
いくらでも思いつく。
それでも――
胸の奥で、
否定できない感覚があった。
立ち上がり、
窓辺へ向かう。
外では、
王都が動き始めている。
新しい王。
新しい王妃。
新しい時代。
そのすべてが、
正しい。
なのに、
自分の内側だけが、
少し遅れているような気がした。
(……聖魔法が)
微かに、
揺れている。
不安定、というほどではない。
だが、
いつもと同じ流れではない。
太陽の加護とは、
少し違う。
もっと――
深いところで、
静かに響くもの。
ローザリアは、
無意識に月の方角を見た。
まだ、
朝の空に溶けているはずの月。
(……違う)
そう思った瞬間、
胸の奥で、
ひとつの考えが
はっきりと形を取った。
――この揺れは、
私のものではない。
思考が、
静かに止まる。
否定しようとして、
できなかった。
医師の顔が浮かぶ。
神官の言葉が浮かぶ。
けれど、
誰にも聞けない。
聞いてしまえば、
確定してしまう。
それでも――
もう、分かってしまった。
ローザリアは、
ゆっくりと腹部に手を当てた。
まだ、
何も感じない。
重さも、
動きもない。
それでも、
そこにあると
確信できてしまう。
(……命)
胸が、
静かに締めつけられた。
喜びが、なかったわけではない。
けれどそれより先に、
そっと胸に広がったのは、
この温もりを、失いたくない
という想いだった。
それは、
聖女としてでも、
王妃としてでもなく。
ひとりの人として、
誰かを愛した証だった。
(……あなたの)
名は、
思い出さない。
思い出してはいけない。
あの夜を、
あの温度を、
あの声を。
これは、
過去ではない。
今の、
私の現実だ。
王妃として。
聖女として。
そして――
母として。
ローザリアは、
深く息を吸った。
逃げ道は、
ない。
けれど、
守る道は、
ある。
誰にも言わない。
今は、
まだ。
扉の向こうで、
王宮が動く音がする。
世界は、
変わらない。
祝福は、
続いている。
ただ、
ローザリアの中でだけ、
静かに、
決定的な何かが
生まれていた。
(……大丈夫)
そう、
自分に言い聞かせる。
この命を、
守る。
それが、
これからの私の選択だ。
たとえ、
何を失うことになっても。
(第43話・了)




