言葉にならないもの
夕刻、
訓練場の隅で、
剣が風を切る音がした。
一定の間隔。
無駄のない動き。
セレスタンだった。
リリシアンは、
少し離れた場所から、
その様子を見ていた。
声をかけるタイミングを、
測っている。
――言葉にすれば、
形を与えてしまう。
それでも、
一人で抱えるには、
胸の内が重すぎた。
剣が納められ、
セレスタンが気配に気づく。
「……どうした」
短い問い。
それだけで、
十分だった。
「少し、
話したいことがあるの」
リリシアンは、
そう言って近づく。
沈黙のまま、
並んで腰を下ろした。
しばらく、
風の音だけが流れる。
「……確かなことじゃない」
リリシアンは、
前置きをしてから、
言葉を探した。
「だから、
答えはいらない」
セレスタンは、
何も言わない。
促しもしない。
ただ、
聞く姿勢だけを保つ。
「姉さんが……
朝、食事に来なかった」
事実だけ。
「それ自体は、
理由があると思う」
「でも……
いつもと、違った」
言葉を選びながら、
一つずつ置く。
「閉じている、
という感じ」
「疲れている、とか、
落ち込んでいる、とは違う」
「……外に出ないように、
しているみたいだった」
セレスタンは、
視線を落としたまま、
静かに聞いている。
「それで……」
リリシアンは、
一度息を吸った。
「アレクシオンと話した」
名前を出すだけで、
胸が硬くなる。
「彼は……
落ち着いていた」
「良くも悪くも、
整いすぎていた」
それが、
一番うまく言えた表現だった。
「姉さんの様子と、
どうしても、
噛み合わない」
言い切らない。
断定しない。
ただ、
重ねる。
「……それだけ」
言い終えて、
視線を落とす。
沈黙が、
二人の間に降りた。
長くも、
短くもない間。
やがて、
セレスタンが口を開く。
「……分からない、
ということだな」
「ええ」
即答だった。
「何が起きたのかも、
誰が悪いのかも」
「でも……
見過ごしていい違和感じゃない」
セレスタンは、
小さく息を吐いた。
「正しい判断だ」
断定ではない。
評価でもない。
選び方への肯定だった。
「見えていないものを、
見えたふりはしない」
「だが、
見えなかったことにもしない」
リリシアンは、
わずかに肩の力を抜いた。
「……ありがとう」
「私、
疑ってるみたいで……
嫌だった」
「疑うな」
セレスタンは、
淡々と言う。
「疑いではない」
「観測だ」
その言葉に、
胸の奥が静かになる。
「今は、
踏み込まない」
「だが、
目は離さない」
「それでいい」
リリシアンは、
小さく頷いた。
夕暮れの光が、
訓練場を染める。
祝福の城は、
今日も穏やかだった。
だからこそ、
この違和感は、
埋もれてしまいそうになる。
(……見失わない)
そう、
心の中で繰り返す。
まだ、
答えは要らない。
今はただ、
言葉にならないものを、
共有できたことが、
確かだった。
(第38話・了)




