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誓いの名

婚礼の日は、

曇り一つない空だった。


王都の大聖堂は、

白い花と光に満ち、

集った人々の祈りが、

静かに天井へと昇っていく。


「聖女様……」

「なんて、神々しい……」


囁きが、

波のように広がった。


ローザリアは、

祭壇の前に立っていた。


白の衣。

金の瞳。

穏やかな微笑み。


すべてが、

聖女として完璧だった。


ただ――

胸の奥だけが、

どこにも触れていない。


アレクシオンは、

数歩離れた場所で、

その姿を見つめていた。


(……ローザリア様)


心の中で、

何度も名を呼ぶ。


この方が、

今、ここにいる。


それだけで、

世界が正しい形に整っていると、

信じられた。


神官の声が、

静かに響く。


「――誓いますか」


問いは、

形式だった。


答えは、

最初から決まっている。


「はい」


アレクシオンは、

迷いなく答えた。


その声には、

確信しかなかった。


視線が、

ローザリアへ向く。


彼女は、

一瞬だけ目を伏せ、

そして――


「……はい」


静かな声。


揺れはない。

拒みもない。


それを見た瞬間、

アレクシオンの胸が、

熱を帯びた。


(……選ばれた)


そう、

確信してしまった。


神官が、

次の言葉を告げる。


「――誓いの口づけを」


聖堂が、

さらに静まる。


アレクシオンは、

一歩、前へ出た。


ほんの、

半歩。


その距離が、

これまでで一番近い。


(……今なら)


心臓の音が、

耳に響く。


ローザリアは、

顔を上げた。


視線が合う。


その瞳に、

拒絶はない。


それが――

すべてだった。


彼は、

そっと身を屈める。


触れるのは、

額だけ。


誰にも疑われない、

形式的な誓い。


それなのに。


胸の奥で、

何かが確かに、

切り替わる音がした。


(……ローザリア)


――様、が消えた。


心の中でだけ、

初めて。


その名を、

敬称なしで呼んだ瞬間。


それは、

親しみではなかった。


許可を得たという、

 錯覚だった。


唇が離れる。


歓声と拍手が、

聖堂を満たす。


祝福。

完成。


人々は、

そう思った。


ローザリアは、

微笑みを崩さない。


だが、

その瞳の奥で、

何かが静かに、

閉じていく。


(……終わった)


夜ではない。

儀式でもない。


ただ――

戻れない線を、

越えたと分かった。


アレクシオンは、

その横に立ちながら、

確信していた。


(……これで)


この名を呼ぶ資格は、

自分のものになった。


そう、

疑いもしなかった。


光は、

どこまでも眩しい。


だがその中心で、

ローザリアは、

誰にも触れられないまま、

静かに立っていた。


(第34話・了)


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