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崇拝の視線

王宮の一室で、

アレクシオンは一人、

書簡に目を通していた。


婚約の報せ。

教会からの祝詞。

諸侯からの祝電。


どれもが、

同じ言葉を繰り返している。


――勇者と聖女。

――正しき結びつき。

――神々の祝福。


紙を置き、

静かに息を吐いた。


(……当然だ)


そう思うことに、

何のためらいもなかった。


剣を振るい、

血を流し、

命を懸けた。


その結果として、

この地位と、

この未来がある。


報われた、

という感覚はない。


ただ――

整ったのだ。


世界が、

あるべき形に。


ふと、

視線が扉の方へ向く。


(……ローザリア様)


名を、

心の中で呼ぶ。


その音だけで、

胸の奥が静かに満ちていく。


廊下を歩く足音が、

遠くに聞こえた。


意識が、

自然とその気配を追う。


(……今頃は、

 何をなさっているのだろう)


考える。


考えてしまう。


祈っているのか。

誰かと話しているのか。

それとも――

一人で、静かに過ごしているのか。


どの姿も、

容易に思い浮かんだ。


(……すべて、

 正しい)


聖女としての姿も。

王族としての振る舞いも。


そして――

それらすべてが、

自分の未来に含まれているという事実も。


胸の奥で、

小さな高揚が生まれる。


(……私の妻)


まだ、

口に出す資格はない。


だが、

そう呼ぶ日が、

もう定まっている。


その確信が、

思考を甘くする。


廊下の向こうに、

白い影が見えた。


ローザリアだった。


アレクシオンは、

反射的に姿勢を正す。


距離は、

数歩分。


近づきすぎず、

離れすぎない。


「ローザリア様」


丁寧に、

頭を下げる。


「お疲れではありませんか」


ただの気遣い。

それ以上でも、

それ以下でもない。


ローザリアは、

足を止め、

微笑んだ。


「お気遣い、

 ありがとうございます」


その声は、

穏やかで、

変わらない。


アレクシオンは、

その表情から、

何かを読み取ろうとした。


――疲れ。

――不安。

――迷い。


だが、

どれも見つからない。


(……さすがだ)


尊敬が、

胸に広がる。


この方は、

どんな状況でも、

揺るがない。


だからこそ――


(……私が、

 支えねばならない)


その思考は、

自然に浮かんだ。


彼女は強い。

だが、

一人ではない。


そうだ。

もう、一人ではないのだ。


「婚約の準備については、

 私が進めております」


報告する声は、

どこまでも丁寧だった。


「ご負担は、

 最小限に抑えますので」


ローザリアは、

小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


その一言が、

胸に落ちる。


――任せている。


そう、

受け取った。


(……信頼だ)


そうでなければ、

この沈黙は説明できない。


アレクシオンは、

自分の内側で、

何かが静かに定まっていくのを感じた。


彼女の予定。

彼女の時間。

彼女の未来。


それらを、

自分が整えていくのは、

 自然なことだ。


崇拝は、

変わらずそこにある。


だが、

その視線は、

いつの間にか――


守るものを見る目から、

管理すべきものを見る目へと、

 わずかに形を変えていた。


本人だけが、

それに気づかないまま。


廊下を去っていく

ローザリアの背を見送りながら、

アレクシオンは、

静かに思う。


(……すべては、

 うまくいっている)


そう信じて、

疑わなかった。


(第33話・了)


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