凱旋
王都は、
光に満ちていた。
鐘の音が重なり、
花弁が風に舞い、
人々の歓声が、
石畳を揺らす。
「勇者だ!」
「聖女様だ!」
「魔王は討たれた!」
その声の渦の中心に、
ローザリアは立っていた。
白い衣。
金色の瞳。
変わらぬ微笑み。
誰もが知る、
救いの象徴。
アレクシオンは、
その少し前を歩いている。
背筋を伸ばし、
胸を張り、
凱旋の列の先頭に立つ。
(……辿り着いた)
長い戦いだった。
血を浴び、
剣を振るい、
魔王城まで歩いた。
そして今、
自分はこの光の中にいる。
――勇者として。
無意識に、
彼は歩調を緩める。
振り返らずとも、
分かっている。
すぐ後ろに、
あの方がいることを。
(……ローザリア様)
胸の奥で、
その名をなぞる。
口に出すことはない。
まだ、その資格はない。
だが――
確信はあった。
(必ず、
私のもとへ来る)
その考えに、
疑いは一切なかった。
ローザリアは、
民に向けて微笑んでいる。
一人一人の歓声を、
拒まず、受け止め、
祝福に応える。
完璧な聖女。
その姿を見て、
アレクシオンの胸が満たされる。
(……正しい)
世界は、
正しい場所に戻った。
魔王は滅び、
聖女はここにいる。
そして自分は、
その先頭に立っている。
リリシアンは、
群衆の中で、
ふと足を止めた。
(……姉さん)
視線の先に、
見慣れた背中がある。
声も、
仕草も、
何も変わらない。
それなのに。
胸の奥に、
冷たい違和感が落ちる。
(……祈りが)
聞こえない。
祈っていないわけではない。
だが――
どこにも、向かっていない。
(……何を、
置いてきたの)
答えは、
見つからなかった。
エルシアは、
花弁を避けながら歩き、
小さく首を傾げる。
(……少し、
遠い……?)
そう思ったが、
すぐに打ち消した。
きっと疲れているのだ。
それだけだ。
だって――
世界は救われたのだから。
王宮の門が、
ゆっくりと開く。
歓声が、
さらに高まる。
アレクシオンは、
その音に包まれながら、
静かに思う。
(……すべては、
整った)
この地位も。
この光も。
そして――
あの方も。
ローザリアは、
列の中で足を止めない。
逃げない。
拒まない。
それだけで、
十分だった。
彼は、
一歩だけ歩みを緩め、
振り返らずに声をかける。
「……お疲れでしょう」
丁寧で、
柔らかな声。
「後ほど、
お休みになられてください」
労わりの言葉。
崇拝を含んだ、勇者の声。
ローザリアは、
一拍置いて、
静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
その声は、
穏やかで、整っていて、
どこまでも正しかった。
王族として。
聖女として。
ただ――
一人の人間としての温度だけが、
そこにはなかった。
光は、
確かに満ちている。
だがその中心で、
ローザリアは、
もう戻らない夜を、
誰にも知られずに抱えていた。




