双子の影
夜は、王宮の庭に静かに降りていた。
昼間の喧騒が嘘のように、
白い石畳には月光だけが落ちている。
リリシアンは、回廊の柱にもたれ、
ひとり空を見上げていた。
月は、欠けている。
(……姉さんは)
思考は、自然とそこへ戻る。
巡礼に出てから、
ローザリアは変わらず、手紙を寄越していた。
簡潔で、穏やかで、
いつもと同じ文面。
――皆、元気です。
――今日も、祈りを捧げました。
そこに不安はない。
弱さも、迷いもない。
それが、
リリシアンには何より怖かった。
「考え事か」
低い声が背後からかかる。
振り返ると、
長い耳を月光に透かし、
エルフの青年が立っていた。
「セレスタン」
彼は王宮に仕えるルーンナイト。
沈着で、感情を表に出さない。
それでも、
リリシアンの沈黙を見逃すことはなかった。
「姉さんが、巡礼に出ている間……
胸が、落ち着かない」
ぽつりと、言葉が零れる。
「理由は、分かっている」
自嘲気味に、視線を落とす。
「私は、聖魔法が使えない。
同じ王族なのに」
指先が、外套を握りしめる。
「姉さんは、光だ。
私は……影」
セレスタンは、すぐには答えなかった。
月を一度見上げ、
それから、静かに口を開く。
「影は、
光があるから生まれる」
慰めではない。
評価でもない。
ただの事実のように、
彼はそう言った。
「お前が影であるなら、
それは――
光が進みすぎないための、位置だ」
リリシアンは、唇を噛む。
「……姉さんは、
遠くへ行きすぎる」
それは予感だった。
根拠のない、不吉な感覚。
「誰も、姉さんを止められない。
王も、民も、神さえも」
セレスタンは、
その言葉を否定しなかった。
代わりに、
一歩、距離を詰める。
「ならば」
その声は、低く、確かだった。
「お前が、止めろ」
リリシアンは顔を上げる。
「止められないなら、
支えろ」
月光の下で、
金色の瞳と、静かな翠の瞳が交わる。
「それが、
お前の立つ場所だ」
胸の奥で、
何かが、かちりと音を立てた。
(……私は)
聖女ではない。
選ばれた光でもない。
それでも。
「……守る」
小さく、しかしはっきりと、
リリシアンは言った。
「姉さんを。
ローザリアを」
セレスタンは、
それ以上、何も言わなかった。
ただ、
肯定するように、わずかに頷く。
夜風が、庭を渡る。
欠けた月は、
それでも確かに、空にあった。
完全でなくとも、
失われてはいない。
リリシアンは、
その月から目を離さなかった。
――この影は、
いつか、光を覆う闇になるのか。
それとも、
光を守るためにあるのか。
その答えを、
彼女はまだ知らない。
(第3話・了)




