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愛した光

玉座の間は、

戦いのあととは思えないほど、静まり返っていた。


剣も、

斧も、

祈りの声もない。


ただ、

床に横たわる一つの存在だけが、

そこにあった。


「……触らないでください」


ローザリアの声は、

驚くほど落ち着いていた。


誰かが、

反射的に一歩踏み出しかけ――

その声に、止まる。


「その方には……

 誰も、触れてはいけません」


理由は、

説明しなかった。


説明する必要が、

ないと分かっていたからだ。


ヴェルゼリオは、

まだそこにいる。


死んではいない。

だが、

生きてもいない。


魔力は、

ほとんど残っていなかった。


このままでは、

やがて魔族としての肉体が崩れ、

穢れた形で消える。


それだけは、

許せなかった。


ローザリアは、

ゆっくりと歩み寄る。


白い衣が、

床に触れる。


誰も、

止めなかった。


聖女が、

その役目を果たそうとしていると、

本能で理解していたからだ。


「……ヴェル」


名を呼ぶ。


初めて、

誰にも聞かせない声で。


返事は、

ない。


それでも、

そこにいることは分かる。


「……あなたは」


言葉が、

一度、途切れた。


聖女として、

何を言うべきかは分かっている。


だが――

今は。


「……あなたは、

 ちゃんと、生きました」


それは、

祈りではなかった。


赦しでも、

救いでもない。


ただの、肯定だった。


ローザリアは、

その場に膝をつく。


胸の前で、

静かに手を重ねる。


聖魔法が、

淡く灯る。


強くない。

眩しくもない。


ただ、

優しい光。


穢れを焼き尽くす光ではなく、

抱きしめるような光だった。


「……行きましょう」


どこへ、とは言わない。


それで、

十分だった。


光が、

ヴェルゼリオの身体を包む。


黒い角が、

静かに溶ける。


冷たかった肌が、

光の中でほどけていく。


苦しみは、

なかった。


抵抗も、

ない。


それが、

彼の選択だったから。


やがて、

肉体は形を失い――

無数の光の粒となって、宙に浮かぶ。


夜空に散る、

淡い星のように。


誰も、

声を出せなかった。


それは、

勝利の光ではない。


討伐の証でもない。


一人の存在が、

確かに世界にあった証だった。


ローザリアは、

その光を見つめる。


手を伸ばし――

触れない。


触れたら、

泣いてしまうから。


「……さようなら」


それだけを、

心の中で告げた。


光は、

やがてゆっくりと、

空気に溶けていく。


最後まで、

音はなかった。


静かで、

穏やかで、

取り返しのつかない別れ。


夜が、

完全に終わる。


玉座の間に、

朝の気配が差し込む。


ローザリアは、

立ち上がらなかった。


立ち上がる理由が、

まだ見つからなかったから。


その背中を、

誰も責めない。


誰も、

慰めない。


ただ、

聖女が役目を果たした――

そう理解するだけだった。


だが、

ローザリアだけが知っている。


ここで終わったのは、

魔王ではない。


一人の男と、

一人の女が生きた夜だった。


(第29話・了)


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